23-4話
クララはにやりと笑い、ヨシオを抱えて館の外へと飛び出した。ヨシオの攻撃力はほぼゼロ。普通の地球人の体力であり魔法も使えない。唯一持っている武器AiエクスカリバーEXは防御と治療にしか使えないという謎仕様。そう、ヨシオは自分の婚約者の誰よりも弱いのだ。
「ヨシオがさらわれた!」
ジェーンとラグドールは血相を変えヨシオを追った。シャム姫を含む残された婚約者達も二人の後を追った。
「あっちだ! 砂漠の方に向かっているぞ!」
ジェーンは砂漠の方を指さした。ヨシオを抱えたクララとカタタターキが走っているところが見えた。しかしその姿はすぐに建物に遮られた。小道を縫うように逃げているようだ。ジェーンとラグドールはすぐに走り出した。シャム姫達も後を追った。
「間に合わない! 屋根伝いに行くぞラグドール!」
「りょーかい!」
ジェーンとラグドールはエルフ族であり、身体能力は人間の数倍だ。二人は民家の屋根の上に飛び上がり、屋根伝いに飛ぶように走り始めた。このペースならすぐにヨシオに追いつくと思われた。しばらく追跡していると、二人の前に砂漠が現れた。
「奴ら、もう砂漠の入口にいるぞ! このペースならすぐ追いつく」
ジェーンとクララは屋根から地上に降り砂漠の縁を走り始めた。カタタターキとクララはヨシオを抱えたまま、砂漠の入口を目指して一直線に進んでいる。その先には魔獣を使った馬車、砂漠横断用の魔獣車があった。
「あの魔獣車に乗り込まれたら追いつけないよー」
突然ジェーンとラグドールは砂に足を取られた。
「「きゃぁ!」」
二人の居た足元の砂が崩れ始めた。二人は砂と共に砂に飲み込まれた。こうなるとエルフといえど砂の動きが止まるまで行動の自由は効かない。最悪なことに、これを引き起こした犯人がすり鉢状となった砂の底から現れた。
「グルルルグガァアアアア!!!!」
真っ赤な体に長い触覚、そして大きな二つのはさみ。巨大なサソリの魔獣が現れた。サソリとは、この世界では巨大なイセエビでのことあり、毒は持っていない。しかし、そのハサミは人間を易々と寸断するほど鋭利であり、またしっぽは家を簡単に粉砕するほど強力、そして肉食である。
「なんでこんなのがいるのよーーー!!!」
ラグドールが砂まみれになりながら下の方へ転がり落ちていく。ヨシオが領主になってから、この付近に危険な魔獣が出没することはなくなっていた。
「どう考えても、奴らの罠だ!!!」
ジェーンも必死に登ろうとするがすべり落ちていく。上からどんどん砂が流れ込んでくるためだ。そう、これは蟻地獄。もちろんすり鉢の底に居るのはサソリ。平地であればいくら巨大なサソリとはいえジェーンやラグドールの敵ではないが、ここはいかにも足場が悪すぎる。
幸いなことにしばらくすると砂の流れは落ち着き、ジェーンとラグドールは蟻地獄の途中でなんとか留まることができた。だがサソリは諦めておらず二人が力尽きて落ちてくるのをじっと待っているようだ。
そこに、シャム姫達が到着した。シャム姫が二人を見つけて声をかけた。
「ジェーン! ラグドール! 大丈夫かしら!?」
「スマン、ピンチだ。奴らの罠にかかった。カタタターキにはもう追いつけない」
「しくじったわー」
ジェーンとラグドールががっくりとうなだれた。すでに魔獣車は出発しここからは見えない。
「近所に冒険者用のコンビニがあるはず! 誰か、ロープを借りてきて!!!」
シャム姫が大声で叫んだ。ちなみに冒険者コンビニはヨシオがラグドールの育ての父親に依頼して始めたビジネスだ。ここから少し離れたところに、そのコンビニチェーンの一つが見えた。
「あそこね! わかった、借りてくる!」
事実上、最も最後に婚約者となったミケは婚約者序列最下位でパシリである(と勝手に思いこんでいる)。ミケが走り出そうとした瞬間、男が道を遮った。その男はミケやシャム姫達に警告した。
「皆、動くのをやめるでござる。動くと拙者がこの砂漠ウサギを投げ込むでござるよ。いくらエルフが強いと言ってもこの状況では簡単には逃げ出せない。拙者はあなた達に恨みは無いけど悪く思わないでくれたまえ。全てはあのビジネス勇者が悪いのでござるよ」
ミケを止めた男はそう言って手に持った砂漠ウサギの首を掴んでプラプラさせた。砂漠ウサギが投げ込まれると、サソリがそれを捕食しようと暴れ、ジェーンとラグドールが危険に晒される。
「あ、あなたは! ハイエーナさん!?」
黒い縁取りのメガネをかけ、チェックのシャツを着てリュックを背負った小太りのキモ男。それはミケの追っかけをしていたハイエーナだった。
「拙者の事、覚えていたでござるか。三次元はゴミだと思っていたけど、ミケちゃんだけは天使かも。ぐへへ」
ハイエーナはねっとりとした目つきでミケを見た。
「なぜ、あなたがこんな事を!」
ミケはあとずさりながらそう言った。周りにいるシャム姫達は砂漠ウサギを投げ込まれることを恐れ、その場で推移を見守っている。
「拙者達が必死にミケちゃんを護っていたのに」
ヨシオがこの国に転移た直後、ミケとマンチカンの敵として執拗にヨシオを追いかけまわしていたのはこのハイエーナのグループだった。CDショップに居たハイエーナ達が、ヨシオのつぶやきを聞いて勝手に暴走したのが原因だ。
「なのに、ミケちゃんはあいつと婚約したって聞いた。やっぱり三次元は信用できないでござるよ」
「なぜそれを・・・」
ヨシオとの婚約は関係者以外はまだ知らないはずだ。
「魔王の部下と名乗る人から聞いたでござる。あんなハーレム野郎にミケちゃんを奪われるくらいなら、拙者が破壊する! 拙者が世界中のリア充を破壊してやるでござる! そして世界はセカンドインパクトで二次元になるでござる!」
「意味が全然分からない!」
ミケは首を横に振った。しかし、その間にハイエーナの仲間と思われるオタ達が十数人集まってきていた。皆正気では無いようだ。ハイエーナ達はじりじりとミケに近づいてきた。
「馬鹿なことはやめて!? それに、そのかわいそうなウサギを逃がしてあげて!」
ミケはオタ達を落ち着かそうとしていた。シャム姫達はいつでも飛び出せるように準備をしていた。
「そうだね。じゃあ、この砂漠ウサギは逃がすことにするでござる」
ハイエーナは素直にウサギを手放した。砂漠ウサギは人のいない方へと逃げて行った。ミケはほっとした。分かってもらえたと思ったのだ。
「ありがとう」
ミケは笑顔でそう言った。
「なーんてね! 実はウサギなんていらないでござるよ。拙者にはこの魔道具があるから!」
ハイエーナは黒いリモコン装置のような魔道具をポケットから取り出した。
「そ、それは! 魔獣を操る魔道具! その使用は世界中で禁止されているはずよ!」
シャム姫がハイエーナを睨みつけながら言った。この魔道具とペアとなる制御装置を体に埋め込まれた魔獣は自由を奪われ操縦者の言いなりに行動する。
「さすがシャム姫様、ご存じでござったか。これがあればあの巨大サソリだって操ることができるのだ。事実、今はサソリは落ち着いているでしょ。拙者がそう命令したからね。そう、実は拙者は魔王軍七天王の一人、魔獣使いのハイエーナでござるよ! あはははは!」
ハイエーナは何が面白いのか、高笑いをしている。
「さあ、ミケちゃん、仲間を助けたかったら拙者の言う通りにするでござる。さからうとサソリが暴れて仲間が危険に晒されるでござるよ。まずは何から命令しようかなー そうだ自己紹介してよ。いつも舞台でやっているやつ。こんなに近くで見たことないから、一度じっくりと見たいと思っていたでござる。さあ、早く! 仲間がサソリのせいで怪我してもいいのかな?」
ミケは唇をかみしめながらも応じることにした。
「わかりました。今から言います。”あなたのハートを・・・”」
「声が小さいうえ気持ちがこもってないでござる! やり直しを要求するでござる!」
ハイエーナは不機嫌にダメ出しした。
ミケはこんな状態でいつも通りにやれるわけないでしょ! と思った。しかし、手抜きを指摘されたような気持にもなったミケは開き直って真面目に自己紹介をすることにした。
「ああ! もう! じゃあ、よく見てね! ”あなたのハートをもふもふしちゃうぞっ! プリンセス娘の癒し担当、みんなの太陽! ミケちゃんです!”」
腰に手を当てピースの角度は30°、振り付けもばっちりと決まった。
ハイエーナは感激して涙と鼻水を流した。そして「ミケちゃんは俺の嫁!」とつぶやきながらミケに触ろうとした。身を守ろうとしたミケは無意識にネックレスの宝石部分に手を触れた。次の瞬間、宝石が爆発的に輝き、ミケの体は光に包まれた。
「「「「「ギャー、目がぁ! 目がぁーーーー」」」」」
至近距離にいたハイエーナが目を押さえて地面を転がった。ハイエーナの仲間達も呻きながら地面を転がった。
「何? 何が起きているの?」
シャム姫達は少し眩しそうだが見えているようだ。
光が収まると、そこには魔法ステッキを持ちインディゴブルーのフリフリ衣装を身に着けた魔法少女がポーズをとっていた。
「”プリンセス・インディゴブルー参上!”って何このセリフ!?」
そのセリフを言ったミケ自身が最も戸惑っていた。