22-11話
「私がグレート・ユルフワ帝国帝王の子孫グレート・ユルフワ・ガリペラ姫になって味方を集め、さらにラブ・メグさんとエドワード王子との結婚をぶち壊してやるわ!」
しかしチャトラは首を横に振った。
「そんな無茶な、無理だわ! 本物の子孫ガリペラ姫になりすますなんて! 少なくともグレート・ユルフワ帝国の子孫達にすぐバレるわよ」
ドーベルは別の考えのようだ。
「・・・いや、やりようによっては上手くいくかもしれない。要は俺達の派閥の指導的立場の数人が本当のことを知っていればいい。他の皆は上が言うなら従うだろう。検討の余地はある。しかし、そうなると、ここにいるガリペラを政略に巻き込むことになる。当然、危険が伴うぞ」
姫に成りすまして味方も敵も騙すのだ。バレたらただでは済まないかもしれない。
「そのくらい大したことじゃないですわ。その程度の事でお役に立てるなら望むところですわ」
そういってガリペラは腰に手を当て悪役令嬢のごとく高飛車に答えた。ロリっ子(ただし二十歳)には全く似合わないポーズだがやる気は伝わったと思われる。
チャトラはガリペラを巻き込むことに反対していたが、ガリペラ本人の意思が覆らないうえ、一緒に居ればいずれにせよ巻き込まれることを考慮し、しぶしぶ了承した。ドーベルはその後、仲間達と計画を練るため家を出た。しばらく帰ってこないと言い残して。
ドーベルが家を出て一週間。その間は牧場では何もなく平穏な日々が続いていたが、一週間後の夕方、家の前に一台の馬車が停まった。チャトラとガリペラはその様子を窓越しに見ていた。
「こんな時間に誰かしら? ドーベルなら馬車は使わないはずだけど」
チャトラが警戒する間もなく、馬車から降りて来たのは地味な服を着ているが金髪縦ロールで隠しきれないオーラを放つ美しい少女。貴族なのは誰の目にも明らかだ。
「きれい!」
ガリペラは初めて見る貴族の少女の美しさに見惚れていた。しかし、チャトラは何かに気付いたのか顔面蒼白となった。
「あ、あれは・・・まさか・・・」
チャトラは慌てて家の扉を開けた。少女は一人でこちらに歩いてきている。周囲を見わたすと何人もの気配を感じた。ちらっと見えた馬車の中には顔は見えないが紅い服の人がいた。まさか紅い少女隊? 実在していたの? ならば間違いない、この人は・・・
「ごきげんよう。あなたが、チャトラさんですね」
少女が尋ねた。
「はい、私がチャトラです」
「ということは、後ろにいるのがグレート・ユルフワ・ガリペラ姫ですね」
「え!? そ、そう、ガリペラ姫だよ」
ガリペラはドーベル達と話をした設定を今になって思い出した。しかし、それ以上にこの気品ある少女が気になってしかたがなかった。
「きれいなお姉さん! お姉さんの名前はなんていうの?」
ガリペラはキラキラした目で少女を見つめそう言った。
「はじめまして。ハートフル・ピース王国から来ましたスワンと申しますわ」
その少女はハートフル・ピース王国のヒツジキング三世王子の婚約者スワン、後の王妃スワンである。
「スワン様がどうして・・・」
チャトラは唖然としてスワンを見ていた。
「中でお話しさせてもらってよろしいかしら」
「あー! すみません! 何もありませんがこちらへ! すぐ飲み物お出しします!」
チャトラは急いでお茶の準備をしようとした。
「大丈夫よ。場所だけ貸してくださいね。セバスチャンお願いね」
「かしこまりました」
チャトラが台所に目をやると、そこには、すでに高価そうな茶器を使って紅茶を準備しているダンディな執事がいた。
「彼はラブ伯爵のところの執事よ。彼の事は気にしないでね。考えたらきりがなくなるわよ」
いつの間に家に入り込んだのか、茶器はどやって持ち込んだのか、すでにお湯が沸いているのは何故、とか色々と疑問が涌いた。だが、スワンの言う通りそれらの疑問に蓋をしてスワンをリビングに案内した。セバスチャンが入れてくれた紅茶を飲みながらスワンが話し始めた。
「急に押しかけて驚いたでしょう。私がここに来た経緯を説明したいのですが、その前にハートフル・ピース王国とキタノオンセン帝国の関係についてお話します。ハートフル・ピース王国は以前からラブ領を通して経済などを中心に色々な面で交流していたのです。いい関係を長年築いてきたのです。だけど、キタノオンセン帝国の新しい帝王になってからは段々と交流がなくなってきて、その上、帝国から頻繁にスパイが来るようになったのです。誰が考えても、これは戦争の前触れだと気づきます。そんな時、仲良くしていた帝国のラブ伯爵から、娘のメグちゃんが帝王の息子と婚約することになったと聞いたのです。確か帝王の息子って・・・」
チャトラはすかさず口を開いた。
「エドワードです。彼は無能な上、卑怯者です。自分の能力と親の権力の区別もつかないダメ男です。メグ様には相応しくないです」
スワンは笑いながら頷いた。
「手厳しいわね。私も同意見ですわ。でも帝国がどうなろうと私は他国の人間なので口出しできないのです。帝国とはできれば仲良くしたいし、戦争なんて無駄なことはしたくないのです。でも戦争になれば対応せざる得ない。もちろんメグちゃんにも幸せになってもらいたいと思っているのです。だけど聞くところによると、戦争の最前線になるのはラブ領とか。正直、悩ましい問題ですわ」
「そ、そんな! ラブ伯爵はそんな人じゃありません!」
チャトラはラブ伯爵を必死に擁護しようとした。
「知っています。でも、ラブ領の兵は帝国中央に集められ身動きが取れない状態。そしてラブ領には着々と他の領の兵が集まっています」
「まさか・・・ラブ伯爵への嫌がらせだけでなく、戦争を始めようとするなんて。ラブ領の住民が戦争に巻き込まれてしまいます!」
チャトラはがっくりとうなだれた。しかし、スワンは明るい口調で答えた。
「大丈夫。そのために私がここに来たのです。戦争を回避し全てを解決する希望がここにいるのです。ガリペラさん、あなたよ!」
「え、えーー!!!」
一週間前に確かに巻き込まれるとは聞いていたが、まさか他国の王妃になるような人まで関わる壮大なことになるとは考えて無かったのだ。ガリペラは唖然とした。
「詳しくはそのうちドーベルやラブちゃんから話があると思うけど、まずはガリペラは姫となって旧グレート・ユルフワ帝国派閥のシンボルとなり、派閥を大きく、さらに強固にするのです」
スワンはにっこりとほほ笑んだ。
「待ってください! 確かにガリペラが言い出したことですが、それではガリペラが危険な目に」
「大丈夫、秘策があります。旧グレート・ユルフワ帝国派は中立をやめ、息子エドワード派に付くのです。それもガリペラ姫の一存で」
「「・・・」」
「そうそう、エドワード派になった後、機会を見てガリペラはエドワード王子の婚約者になるのです。うまくエドワードを誘導しラブちゃんとの婚約を破棄をさせて下さい。ここまではほぼガリペラさんの考えたシナリオ通りです」
「「・・・」」
「ラブちゃんは帝王選挙に出馬できるし、普通にやればエドワードに負けることはないでしょう。でも、帝王やエドワードのこれまでの非道がムカつくから、私はこれをぜひガリペラにやってほしいと思っています」
「「何をですか!?」」
二人は食い入るようにスワンに尋ねた。
「帝王選挙の最終局面でガリペラの方からエドワードに婚約破棄を叩きつけ、ラブ派にに寝返るのです」
「「 ひどい!! 」」
ドン引きである。
「これで次の帝王は確実にラブちゃんになりますわ。初めてこの策略を思いついたとき、私はなんて素晴らしいアイデアだ! と思いましたわ! 最後に婚約破棄でとどめなんて素敵すぎる! うふふ」
あまりのスワンの喜びようと、ガリペラの悪女役っぷりにチャトラとガリペラは顔を見合わせた。しかし、二人はがっしりと手を握り合い声をそろえて言った。
「「でも面白そう!!!」」
「そう言ってくれると思いましたわ。だけど私にはガリペラが悪女を演じられるか心配だったのです。それを確認するためここにきました。短時間でしたがよくわかりました。あなたはそれだけで愛らしいし、あなたらしく自由にやればうまく事が運びそうです。皆が待ち望んでいた旧帝王の子孫が何も知らず平民として暮らしていたという設定にしましょう。正当な血筋を持つのに政治に無関心で男から見て操りやすく可愛らしい婚約者候補の登場です。エドワードはきっと熱狂的に受け入れるわ」
こうして見かけ十歳のロリっ子令嬢(実年齢二十歳、消えつつある無限野婆さん八十九歳)の設定が誕生したのであった。