22-9話
軍人ドーベルが帰ってきてから一カ月。ドーベルは、平時はこの地域の治安維持が任務であり、国境付近に出没する盗賊、魔獣あるいは野生動物から街を守るのが仕事だ。だが帝国からの指令により、年に数度、別の任務を与えられることもある。今回はめずらしく二か月にも渡る長い任務でここを離れていた。
「それで今回の任務は何だったの。この領から呼ばれた兵の数も多いし、いつもより期間も長かったようだけど」
深夜、ガリペラが寝たのを見届けてチャトラとドーベルは酒を飲みながら話をしていた。
「普通の国境警備だ。ラブ領に行っていた」
「ラブ領? 長期だったからてっきり他国かと思っていたわ。でも、なぜあなた達が行く必要があるのかしら。ラブ領にも軍人がいるはずなのに」
「俺にも分からぬ。仕事は通常の国境警備。出入りする馬車の積み荷を確認するくらいのことだ。いつもやっていることで特別なことは何もない」
ラブ領はニシノリゾート共和国と接しており、ニシノリゾート共和国およびその先にあるハートフル・ピース王国との交流が盛んである。
「じゃあ、そこを警備していた人達に何かあったのかしら」
「それなんだが、俺達と入れ替わりに帰っていった部隊は別の領の軍人だった」
「どういうこと? ラブ領を警備しているのはラブ領の軍人では無いの?」
「そのようだ。俺も行って初めて知ったのだが、ラブ領の軍人は全員が帝都に集められ帝都周辺を警備している」
「おかしいわね」
帝都には帝都の軍、さらに帝王直属部隊がある。いずれもかなりの規模であり、ラブ領から軍人を集める理由はない。また戦力的に問題が生じたとしても、他の領から一律に人を集めれば良いだけであり、ラブ領の全軍人を呼ぶ合理的な理由はない。
「そうなんだ。何が何やら。帝王の考えることは良く分からぬ」
「ラブ領を支配下に置きたいのかしら」
「支配下?」
「ええ。次の帝王選挙で現帝王息子エドワードの対立候補になりそうなのはラブ・メグ嬢くらいでしょ。あそこが帝王派と選挙を戦えるのはラブ・メグ嬢の能力とお金があるからよ。帝王カイザーはそれら両方とも手に入れたいでしょうね」
キタノオンセン帝国の帝王選挙は実力主義。金、権力、指導力、ダンスの能力、全ての資質が問われるのだ。ラブ領は裕福であり金銭的に問題なく、双子のラブ・メグ、ラブ・スジークのいずれの資質もエドワードよりかなり上だと思われている。
「しかし、彼女はすでにエドワード王子の婚約者だ。彼女が選挙に出る必要は無いはずだ。帝王カイザーが彼女の能力と領の経済力を手に入れるのは時間の問題だ」
「あなたも知っている通り帝王カイザーも王子エドワードも純血主義。ラブ家の娘を本当に受け入れるとは思えないわ。ラブ家だって分かっているはず。素直に娘を差し出すかしら」
ラブ領は国境に面しているため他国からの移民も多く国際結婚も普通だ。ラブ家も過去に他国の貴族との婚姻などもあり国際化に理解がある。
「なるほど。婚約そして結婚を利用してラブ家を取り込めれば良いが、ダメな場合はラブ・メグ嬢が選挙に出るだろう。それに備え軍事力を削ぎ、他にも色々と圧力をかけるということか」
「きっとそうよ! 情けない奴らね。選挙は実力で当選すべきだし、金もうけぐらい自分達でやればいいのに」
「それは無理だな。純血主義で自分の領に閉じこもっている王子がラブ家の娘に勝てるとは思えない。ましてや世界を駆け巡る商人達に商売で敵うわけがない。カイザーならバカ息子エドワードの実力を認識しているはず。ラブ家と正面切って戦うより、取り込むか、からめ手で攻めるのは当然だな」
「確かにそうね。カイザーは卑怯だが馬鹿でじゃないし。でもエドワードは馬鹿なうえに卑怯者・・・」
直後、チャトラはテーブルを盾にして身を隠した。テーブルには黒いナイフが突き刺さった。見ると二階の階段上に黒い人影が見えた。ドーベルはすでに階段を駆け上がっている。
「そこまでだ。この娘がどうなってもいいのか」
物音を聞いて部屋から出てきたガリペラが捕まった。謎の黒い人影は二階の廊下でガリペラの首筋にナイフを突きつけている。
「え、誰?」
ガリペラは起きたばかりで何が起きたか認識していない。
「貴様・・・わかった、その娘から手をはなせ。何が目的だ」
「夫婦そろって死んでもらうことだな。お前たち犬は知りすぎたのだ」
「カイザーの手の者か」
「はっはっは、勘違いしないでほしい。カイザーなどすでに過去の人物。これからはエドワード様が新しい世界を作るのだ。お前たちは邪魔なのだよ。おとなしく・・・ぐぎゃ!」
男が床に倒れた。その後ろにはチャトラが立っていた。
「遅いぞチャトラ」
「ごめーん、久々だったから外壁伝って二階に入るのに手間取っちゃった。もう大丈夫よガリペラ」
「な、何が起きたのですか」
「詳しくはまた明日話してあげるわ。今日は遅いからもう寝なさい。私達もゴミを片付けてから寝るわ」
「いい子にしているんだぞ」
そう言って笑顔のドーベルは謎の男の足を持ってずるずると引きづりながら外に出て行った。チャトラも「おやすみなさい」と言って、何事もなかったかのように一階に降りて行った。
「何だか良く分からないけど、解決したみたいだから寝よっと」
ガリペラは不思議に思いながらも安心して眠りについた。
◇ ◇ ◇
ガリペラが朝起きると夫婦喧嘩が勃発していた。
「あなたが余計な事を言うからでしょ」
「お前だって煽っていただろ」
「しかたないでしょ、馬鹿王子の話の流れからだとそうなるわよ」
「いやいや、それにしても挑発しすぎだろ」
どうやら謎の人物が家に侵入してきたのに気づいた二人は、あえて挑発し相手の出方をうかがっていたようだ。
「ガリペラちゃんがケガするところだったのよ。あなたこそ、さっさと仕留めておけば良かったのに」
「そこはスマン。いつも夫婦二人だったから、つい相手を見極めようとして遅くなったのは確かだ」
「今度からはサクッと殺ってよね」
「ああ」
夫婦の話を耳にして、とんでもない家に来てしまったのではないかと思い始めたロリっ子ガリペラ20歳(無限野ばあさん89歳)であった。