21-8話
「途中までは上手くいっていたのだ!」
ジャー少佐はヨシオとの水上バイク戦の最中に逃げ出し、少し離れた場所にある小さな入江に潜んでいた。当初の予定では、ジェーンと結婚し王族の一員となることで、結婚詐欺を権力で有耶無耶にするはずだった。しかし、何故かゴールにはジャー少佐が騙した女性達が集合していたため、ゴールすることを諦め逃げ出したのだ。
「偶然にしてはできすぎだ。ジェーンか、ジェーンが先手を打ったに違いない! おのれ第三姫ごときが! 計画が台無しだ。しかし、これからどうするべきか」
ジャー少佐は入江の岩に腰掛け今後の行動を思案していた。
「無様な負けっぷりだな」
ふいに入江の奥の林の中から声をかけられた。
「誰だ! お、お前は・・・キッコロ! 何の用だ」
林から出てきたのはエルフ国のキッコロ、ラグドールの幼馴染だがあっさりと振られたあのキッコロである。
「君を笑いに来た、そう言えば君の気が済むのだろう?」
「済むわけないだろ。こっちは命を狙われているんだ」
ジャー少佐とキッコロは隣国で同じくらいの年齢ということもあり遊び仲間だ。
「ジャー少佐の自業自得だね。絶対に勝てる戦いなどないよ。ほんと僕も残念だよ。もうパーティーの幹事を君に頼めなくなるからね。遊び相手としてダークエルフの女性も良かったのに。まあ、こっちはエルフの女性達と上手くやっているからいいけどね」
キッコロとジャー少佐はお見合いパーティーという名のもと、結婚する気も無いのにお互いの国の女性達と遊びまわっていた。世間で最もヒエラルキーが高いとされているリア充のパーティーピープルという奴だ。
「キッコロはラグドールに隠れて上手く遊んでいるようだな。そして、そのうちラグドールと結婚して王族入りか。羨ましいものだ。俺の方は、もうダメかもしれない。ジェーンのせいで・・・」
ジャー少佐は唇を噛んだ。
「その事なんだが、実はラグドールにフラれた。ラグドールは成金勇者のヨシオとかいう人間と婚約した」
ジャー少佐は目を見開いた。
「それは本当か! 俺が聞いた話ではそのヨシオはジェーンとも婚約したようだ。ジェーンとラグドール。美少女二人。とんでもなく羨ましい・・・いや、けしからん奴だ。だが、その婚約を破棄させようとして、先程失敗に終わった」
ジャー少佐はうなだれた。
「ジャー少佐、諦めるのか。ジェーンを見返したいと思わないのか!」
「もちろん何とかしたいと思っている。しかし、俺には血筋しか残されていない。金もないし権力もない。今の時代、少佐とはいえ薄給の公務員に過ぎないからな」
ジャー少佐は遠くに見える王の島を見ながらそう言った。
「俺は諦めるつもりはない。いつかエルフ国の権力を手に入れるつもりだ。そのためには協力者が必要だ。たっぷりと金を持った協力者が」
「俺もあきらめたくはない。ダークエルフ国の王になりたいさ。だが、今の俺にそんな都合の良い協力者がいるわけないだろ」
「今の俺達には何の権力もない。しかし未来永劫そうではない。俺達が権力を握った暁には協力者に少し便宜を図ってやればいい。つまり商人にとっては投資というやつだ。まあ、どこの王族にもお抱えの商人というものがいるからな」
キッコロは自信満々にそう言った。
「キッコロ、お前には協力者の心当たりがあるというのか。まだ権力に近づいてすらいない俺達に投資する、そんな都合の良い協力者が本当にいるのか」
ジャー少佐はキッコロの真意が計れないでいた。冗談なのか出まかせなのか騙されているのか、それとも本当なのか。その時、林の中から仮面をつけた人族の男が出てきた。キッコロはその男と握手をした。
「紹介しよう。協力者だ」
「初めましてジャー少佐。グレー商会のアクドーイと申します」
「グレー商会というと、ハートフル・ピース王国で急成長中のあのグレー商会か」
「さようでございます」
グレー商会は人々の弱みに付け入り、派遣という名の奴隷売買、地上げ、詐欺などの手法で急成長してきたブラック企業。ダンジョン自治区への進出はヨシオの活躍によりとん挫したが、それ以外の地域では急成長している。
「しかし、本当に協力してくれるのか。グレー商会が俺達のバックに付いてくれるのならこんなに有難いことはないが」
「疑う気持ちもわかります。私達は商会であり利益優先ですからね。何の価値もない人に協力することはありません。しかしあなた達には可能性がある。さらに言えば、今回は特別な理由もあるのです」
「特別な理由?」
「私達がせっかく作り上げてきたグレー商会のダンジョン自治区支店が、新しく来た領主によって潰されてしまった。こう言えばお分かりでは」
ジャー少佐はそれを聞いて不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど、その領主というのが成金勇者ヨシオだな。つまり奴は俺達の共通の敵」
アクドーイは満足そうに頷いた。
「そういうことです。あの領主が失脚すれば、これからあなた方に投資する金額などささいなものでしょう。さらにジャー少佐も、恥をかかせた女への仕返しができます。もしその気がありましたらご連絡ください」
アクドーイはそう言って林の中へと帰っていった。林の中にはグレー商会の社員達が待っていた。
「どうでしたか? お頭」
「支店長と呼べ! まあ、上手くいきそうだ」
「そうですか。ジャー少佐という男が付き合っている女性を探し出すのは、あまりに数が多くて大変でしたが無駄にならずに良かったです」
「ああ、偶然だがタイミングも丁度良かった。ジャー少佐を孤立させこちら側に引き込むのが狙いで女達集まってもらっていたのだが丁度良くあの領主が来た。おかげで憎悪の方向が領主と第三姫になった」
アクドーイとグレー商会の社員は林の中へと消えていった。
◇ ◇ ◇
王の城にいるヨシオ達御一行は、その後ジェーンの両親との情報交換を含め贅沢な時間を過ごし、翌日の昼過ぎにダンジョン自治区へと向かった。
「もうちょっとあのリゾートホテルでゆっくりしたかったんだが」
「わたしも、もっとリゾートホテルでダラダラしたかったなぁ」
「リゾートホテルじゃない。王の城だ。王の城で私より寛いでいたな、ヨシオもラグドールも」
スイートルームという名の客間で、もうこのまま住んでもいいんじゃないかなと思ったくらいだ。面倒なことはすべてニーハイビキニのメイドがやってくれるし、食べ物は美味いし。
「そういえば、夕食でたこ焼きとかイカ焼きとかソース焼きそばとかかき氷とか出てきてびっくりしたよ。ラグドールはひたすらたこ焼きだけ食べていたけど」
「あれは外はカリカリ、中はねっとりで熱々。美味しかったなー 初めて食べたよ。もしかして異国からレシピを買ったのかな」
ジェーンが頷いた。
「ある異国人が『海水浴場にはこの料理が似合う』と言って売り込んできたらしいのだ。そもそもダークエルフもエルフも食べ物には機能性しか興味がなかったからな。昔から栄養価は考慮されているが不味い料理ばかりだった。栄養価を無視して美味しい料理を作るなんて概念は人族の影響で最近できたものだ。だから料理の基礎が全く異なり、プロであるほど美味しい料理が作れないのだ。相当な金額を払ってレシピを手に入れたのは間違いないだろう」
エルフ国ではオコノミヤキ。ここではたこ焼きか。これはやはり異世界人というか日本人が関わっているのは間違いない。無限野さんがこの世界にいるのかもしれない。