21-4話
目の前にある鉄板の上では小麦粉を溶いた液が丸い形に焼かれ、その上にキャベツっぽい野菜の千切り、もやしっぽい草、イカ天っぽい揚げ物、豚バラ肉っぽい野獣の肉、イセエビっぽいサソリ肉が乗せられている。それらをエルフの大将が鮮やかな手つきで次々と作っている。
何をしているのかって? ラグドールの母ララドール、婚約者のラグドールとジェーンそして俺は一緒に晩御飯を食べることになり、六木本ヒルズの中にあるお店に来たのだ。店内には高価な調度品に幾つも飾られており、王族や貴族が通う高級店だと一目で分かる。王は一緒に来る気満々だったが嫁と娘の怒りがおさまらず同行は許可されなかった。
「これが最近、エルフで流行っている食べ物なのよ。今ではエルフのソウルフードと言ってもいいくらいでなの」
ララドールが連れてきてくれた店は『よっちゃん』。店名は庶民的だ。店に入るなりララドールが「イベ・リコブタウ・コッケイタ・マゴイセエ・ビジュクセイソ・バヨンマイ」と注文してくれた。意味は不明だが大将には通じた。エルフ固有の呪文か。しかし、しばらくすると先程説明したような既視感のある食べ物が目の前で焼かれはじめたのだ。
「こ、これは『ひろしま焼き』!?」
俺が思わず口にした言葉に、大将とラグドールがイラっとした反応を返した。
「ヨシオさん。エルフ国にいる間その言葉を口にしてはいけないわ。下手すると国外追放ですの」
ララドールが真剣なまなざしでそう言った。そういえば周りの客も不審な目で俺を見ている。
「この食べ物は十数年前にエルフ国のとある貴族が全財産と引き換えに手に入れた貴重なレシピ。この奇跡の食べ物のおかげで、エルフの食のレベルが大きく上がったのよ。それまでも同じような素朴な材料を使って料理を作っていたけど、今となってはそれは道端の草を食べていたようなものね。そのくらい大きな食革命が起きたの」
近くのお客さん達が相変わらず怪訝な顔で俺を見ている。俺、ラグドール、ジェーンは良く分からないながらも周りからの視線を感じつつ話を聞くことにした。ララドールは引き続き話を続けた。
「そのレシピを売ってくれた人はこの食べ物の名前の一部に必ず『オコノミ』を含め、一般的には『オコノミヤキ』と呼ぶことを条件にしたのよ。しかし食の革命に納得しない人達はそれを知った上で何故か『ヒロシマヤキ』と呼び始めた。異国の言葉なので意味は分からないけど『ヒロシマヤキ』と呼ぶ人は食革命に納得しない異教徒である可能性が高いの」
異教徒とは工夫をしないで不味い飯を出し、ぼろ儲けしていた食堂の店主たちだろう。しかしなぜ異教徒が『ヒロシマヤキ』を知っている?
「だけど異教徒を見分ける方法があるわ。一度目に正しい呼称を伝え、それで納得すれば異教徒に騙された可哀そうな一般人。二度目以降もかたくなに『ヒロシマヤキ』を連呼するならばそれは異教徒でありエルフ国の敵。下手すると国外追放なのよ」
「そ、そんなルールが! 知らなかったとはいえスミマセン」
俺の謝罪を聞いて安心したのか、大将や周りの人達の視線は消えた。まじで国外追放になるところだったのか。危ないところだった。
「今では『オコノミヤキ』が国の定めた正式な呼称となり、国民に受け入れられているのよ。みんな美味しいものに飢えていたのよね」
エルフの飯は相当不味かったのだろう。
「しかしレシピを売った人はなぜそのようなルールを要求したのか・・・何の意味があったのでしょうか。食べ物の名前がそんなに重要だったのでしょうか」
ララドールは静かに頷いた。
「きっと大切だったのよ。これに関してはオペラやTVドラマ、さらには映画にもなっているのよ。本当はそれを見てもらえば早いのだけど、時間が無いから異国人の語った話を簡単に説明するわよ」
「「「はい、お願いします」」」
さすがに王の娘と婚約者が国外退去になるとエルフ国の協力が得られない。今後のためにも詳しい説明を聞くことにした。内容を要約するとこうだ。
レシピを伝えた異国人、多分転生か転移してきた異世界人だろうが、その人の国はかつて戦争に負けた。戦後、食べる物が乏しかったその国の人々は手に入る食材を使って工夫して日々の飢えをしのいでいた。その中で生まれたのがオコノミヤキ。肉が手に入らないので各自が肉の代わりにイカ天など使って焼き始めたのが原型。最終的には好きなものを『お好み』でトッピングすることがこの食べ物の肝となった。そしてその地方のソウルフードになったのだ。だから必ず『オコノミ』というキーワードが必要。確かに『ヒロシマヤキ』の中にその言葉は一語も全く含まれていない。
「レシピを伝えてくれた人の国は今では裕福な国になったらしいの。でも貧乏な国だったころの素朴な材料を使ったレシピを大切にしている。エルフ国も伝統を重要視する国です。その伝統を引き継ぎ、そして激マズ料理の時代を忘れないよう、『オコノミヤキ』の呼称を守っているの」
そんな深い意味があったのか。激マズとか言っちゃってるし。話を聞いているうちにオコノミヤキが焼きあがったようだ。金属ヘラを渡され、俺達は鉄板上で直接食べ始めた。
「「「美味い!」」」
濃厚な甘辛いソースにマッチする豪華素材のハーモニー!!! ん? 豪華素材? 呪文をもう一度思い出そう。確かイベリコブタウコッケイタマゴイセエビジュクセイソバヨンマイ・・・安い脂だらけの豚三枚肉ではなくイベリコ豚、ブロイラーの卵ではなく烏骨鶏の卵、高価な伊勢海老トッピング、チープな謎麺ではなく熟成そばを四枚。
何一つ素朴な素材が含まれていないよ! 騙されているよエルフの人達!
伝統っていったい何なんだろう。それは置いておいて、偶然にも俺にとって重要な情報が手に入った。このレシピを伝えたのはたぶん日本人。時期は十数年前らしいが、キタノオンセン帝国女帝の双子の妹ラブ・スジーク(筋肉好代)が教えた可能性は低いだろう。彼女なら自分の領であるラブ領で始めるはずだ。また女神アマイちゃん(天井千代子)は時期的に無理だ。そうなると一緒に時空の狭間に巻き込まれた最後の一人、無限野玲詩妃さんの可能性が高い。婚約者を集めると同時に、無限野さんの情報も集めよう。
「ところでこの甘辛ソースはよく手に入りましたね。これマヨネーズと合うんですよね」
ララドール、大将そして周囲の客達は再び奇異な目で俺をにらんだ。え、俺またやらかした? 今度は大将がが口を開いた。
「お客さん。甘辛ソースではなくオコノミソースだ。その中でも甘め好きならオタク不幸ソース、少し辛めが好きならプーカソース。まさかとは思うがチワワソースなら異教徒確定だぞ。ちなみにマヨネーズトッピングは邪道。作法には気をつけな」
お好みでトッピングすることがこの料理の肝なはずなのにソース限定、マヨはNGとか色々と厳しすぎ! 再び伝統って何!?
そして飯くらい好きに食わせてくれーーー!!!