21-3話
宝箱の中から出てきたのはラグドールの父だった。
「お父さん、何やってんのよ! 相変わらず・・・馬鹿じゃないの!」
久しぶりの親子の対面だが感動とは程遠い。
「はっはっは、ラグドールが元気そうで安心したぞ。ジェーンも相変わらずお色気たっぷりだな」
「ラグドラド王、ご無沙汰しております」
ジェーンは片膝をつき丁寧に挨拶した。そういえば、ラグドールの父親って一応エルフ国の王だったよな。俺もジェーンにならって挨拶をすることにした。
「初めまして。ダンジョン自治区の領主ツツゴウ・ヨシオといいます。この度は、お嬢様を妻に迎える許可を頂きたくお願いに参りました」
「うむ、さっきも言ったが許可しよう。ヨシオ君のことはラグドールからのメールで聞いておる。実は事前に調べさせてもらったが何の問題も無い。そもそもこれは政略結婚であり、魔王に対抗するための勢力を勇者である君が中心となって集めているのだろう?」
さっきまでの軽薄な行動からは全く想像できないが、王は俺の行動の意味を理解していた。さすが王だ。
「その通りです。したがって、十人くらいの女性と婚約することになるかと。ちなみに横に居るジェーンもその一人なのですが、最終的に何人になるかわからないのです」
「なんだと!」
王の目が殺意を帯びた。やはり一夫多妻がゆるされているとはいえ多すぎだよね。せめて三人くらいだよね。王の怒る気持ちはわかる。可愛い娘なのに、十人くらいと婚約しようとする男に嫁がすとかありえないよね。しかし、戦略上俺も引けないのだ。
「ラグドールの事は大切にします。ですから何卒、婚約の許可をお願いいたします」
「ラグドールなどさっさと持っていけ! しかしジェーンはダメだ! この引き締まったエロい体を独り占めするなど許さん! 許さんぞーーーーーうがぁ」
ラグドールの怒りの鉄拳が王の腹に決まり、王は森の木をなぎ倒しながらそこそこ遠くまで転がっていった。
「死んでないよね」
「手加減したわ! あんな馬鹿は放っておいてお母様に挨拶に行きましょうダーリン」
どこからともなくエルフ達が集まってきた。
「姫様、後はお任せください」
そう言って、王と宝箱を運び始めた。俺達もエルフ達の後についてエルフ国に入った。
入国したものの人工物が全く見当たらない。エルフ達は自然の中に自然と調和して暮らしているのか。エルフ自体は豪腕で俺のイメージと違ったけど、エルフ国はイメージしていた通りなのかもしれない。
しかし、しばらく歩いているとそのイメージは崩された。地面が勝手に動き出したのだ。
「うわ、地面が動いている。魔法か!」
「動く歩道よ。どこにでもある機械よ」
「ヨシオ、怖いなら私がまた抱えてやるぞ、ふふふ」
よく見ると巧妙に芝にカムフラージュされた動く歩道の上にのっていた。ラグドールとジェーンは普通に動く歩道の上を歩いている。自然の中ですごい違和感。
それだけではない。周りをよく観察すると巧妙に木に擬態した家々、馬に擬態したバイク、小鳥のようなドローン・・・エルフ国はハイテク国家だった。
しばらくすると動く歩道はゆるやかな上り坂にさしかかり、俺達は丘の上へと向かって移動してはじめた。きょろきょろと見まわしているうちに、目の前に巨大な木が見えてきた。動く歩道はその根元へと続いている。しばらくして木の根元まで到達し、俺達は動く歩道から降りた。
「ここよ」
それは直径が百メートルくらいある大きな木、いや木に擬態したビルだった。上を見上げると、雲の中まで幹が伸びているのが見える。
「何これ?」
「何って・・・森の中のビルだから、森ビル? とか丘の上にある六本分の大木くらいの太さだから六木本ヒルズタワーて呼んでいるわ。さあ、入るわよ」
木に近づくと幹の一部が自動的に開いて中に入れた。中は普通の木造建築。映画館、美術館、ホテルなどが入っている巨大な複合施設のようだ。
「この籠に入って」
竹で編んだような大きな箱。出入口らしき所から俺達はそれに乗り込んだ。ラグドールが操作すると、凄い加速で上の方に動き始めた。エレベーターだ! しばらくすると箱は止まり、出口が開いた。
「さあ、ここが私の家よ」
そこは何の変哲もない木造住宅。しかし、窓から見える景色は青空と太陽。雲がはるか下の方に見える。雲海だよ! 飛行機から見える景色と同じ!
「お母さんただいま!」
「おかえりラグドール。おひさしぶりねジェーン。そしてはじめましてヨシオ君。ラグドールの母のララドールです」
お母さんはほぼラグドールと同じ顔と体型をしていた。姉妹と言っても分からない。さすがエルフ。
「お久ぶりですララ様」
ジェーンは王に対したのと同様にひざまづいて挨拶した。俺も同様に挨拶することにした。
「初めまして、ダンジョン自治区の領主ツツゴウ・ヨシオといいます」
「かしこまらなくてもいいのよ。お茶でもしながら一緒にお話しましょう」
俺はこれまでの経緯をララドールに報告した。ララドールは特に気にすることもなく俺とラグドールとの婚約を了承した。
「うちは十人子供が居て上九人が全員女なのよ。その九番目の子供がラグドール。主だったエルフ国やダークエルフ国の王族や貴族のところにはこの子の姉たちががすでに嫁いでしまって。だからラグドールの嫁ぎ先が無くて正直困っていたのよ。それをいいことにラグドールはエルフ国を出て自由に暮らしていたようだけど」
ララドールは不満そうな顔をした。
「田舎暮らしが退屈だったの。でもお金持ちの男を見つけてきたわ。ね、ダーリン」
急に馴れ馴れしくなるラグドールであった。そういえば、ラグドールは都会のOLに憧れて国を出てきたって言っていたな。テクノロジーだけを見るとエルフ国の方が相当高度だが、寿命が長いせいか人口密度が低いせいか、ほのぼのとした田舎の雰囲気がエルフ国には漂っている。
「ジェーンとの婚約は認めんぞ!」
そこに意識を回復したラグドラド王が乱入してきた。あんな凄いラグドールの一撃を受けたのにすでに回復しているとは。母親の承諾をとって、さっさとダークエルフ国に行こうと思ったのに面倒なことになった。しかたなく俺が王と話をしようとすると、ジェーンが目配せしてきた。何やら考えがあるようだ。
「ラグドラド王。私は自分の意志でヨシオと婚約することにしたのだ。その理由は、ここだけの話にしてほしいのだが。実はダンジョン自治区ではヨシオの発案でブドウの栽培を始めていたのだ」
「ほほう、それは興味深い。事前に無かった情報だな。しかしダンジョン自治区にブドウ畑はなかったはずだが」
王の目がキラリと光り、真面目にジェーンの話を聞き始めた。
「ここ最近始めた極秘事業だからご存じないのも当然かと。最近、はじまりの街から自治区中央に続く道路と砂防林ができあがりました。しかしそれはブドウを栽培するためのカムフラージュ」
「な、なんだと!? あれは豆とオリーブではなかったのか! ま、まさか」
「マメ科の植物にまぎれさせ巧妙に栽培していたのだ!」
巧妙にとか言われても、隠すつもりは無いのだけど。まさかブドウの木って麻薬扱いなの?
「それは気付かなかった! ヨシオはなかなかのやり手のようだな。しかし植えただけで良質のブドウの木が育つとは思えぬが」
「もちろん簡単ではありません。魔獣、気候、水、土など様々な問題がありました。しかし幾多の困難をヨシオのアイデアで乗り越え、ついにブドウの木の栽培に成功したのだ」
「おお! 成功したのだな!」
王が俺の方を見た。何だか壮大な物語になりつつあるようだ。
「しかもダンジョン自治区は乾燥地なので、そこで採れるブドウの糖度は高い」
「糖度が高い=アルコール度数が高く美味いワインが出来るのだなぁ!」
王が興奮して声を荒げた。
「はい。まだ試作段階、でもエルフ国のワインよりも圧倒的に美味いのは確か。この存在がヨシオと婚約した理由の一つ」
いや、それは理由の一つではなく理由の全てだよね。
「もちろん試作ワインは私が全種類飲んで確かめた」
「全て飲んだのだな! 無いのか! ここにそのワインは無いのか!」
王が涙を流している。そんなにワイン飲みたいの? しかし重いから持ってきてないんだよな。
ジェーンはおもむろに腰に付けていた水筒を取り出しコップに黄白色の液体を注ぎ始めた。それ砂漠を横断する時に飲んでいたやつだよね! 明らかに水じゃないよね!
王はコップを手に取り液体を舐めた。くわっ! と目を見開き、そして一気に飲んだ。
「試作段階でこのレベルとは素晴らしい! ヨシオ君、良い取引になりそうだ。ジェーンとの婚約を認めよう。その代わり毎年ワインを持ってくるように」
王は俺の方を向いて歯をキラリとさせながら頷いた。
「あなたはジェーンの父親ではないでしょ!」
「私の婚約がワインへの興味以下だと思うとなんだかムカつく!」
ララドールとラグドールの両拳が王の腹にさく裂し、王は部屋の端まで転がっていった。そして王はどこからともなく集まってきたエルフ達によって何処かへ運ばれていった。




