20-7話
「意外と良い部屋ね。窓からの景色も申し分ない」
窓を開けると草原を駆け抜けてきた爽やかな風が部屋の中に入ってきた。ここは、新生ルイジアナ国。ルイジアナ王の子孫のイケメン王子と妹のマンチカン姫が再建しようとしている国。
なぜここにいるか? 実は私の先祖はルイジアナ王国出身。ま、平民だからあまり関係ないけどね。でも、先祖が住んでいたからちょっとくらいは興味があった。それでネットで新生ルイジアナ国移住の案内が目に留まったのよ。なんとなく目に留まった程度だったけど、二度見したよ! そこに『ミニチュア・ダックスフントが飼えます』って書いてあったから! あの可愛らしいミニチュア・ダックスフント、お金では手に入らないミニチュア・ダックスフントが飼える。しかも希望者には無料で!
何も考えず急いで移住に応募したわよ。後先考えてなくて、仕事とか引っ越しとかあるのにと、ちょっと心配したけど、でも間違いではなかった。何と十万人以上の応募があり、現在は募集が締め切られている。そして、まずは百人だけ移住許可が下りた。それに私が当選したのだ!
住む家は用意されていた。そこそこの広さの新築の家が格安で借りられるのだ。木造プレハブ建築というらしいけど、普通の家にしか見えない。こんなに綺麗なのに、ワンちゃんと一緒に住めるのだ。
周辺環境ははっきり言って田舎。だけど草原の中のおしゃれな石畳の道、女子の好きそうな小さな白い家、石造りの古民家などSNS映えしそうな景色が満載だ。これまで住んでいた王城の近くのワンルームマンションとは大違いで、あちらは家賃は高いし、部屋は狭くて窓を開ければ壁。ペットも飼えない。お店やデパートは近いけど仕事から帰って寝るだけにしか使っていなかった。
職場は少し遠くなったけど王城行きの馬車が定期運航しているから問題ない。少し早起きすればいいだけ。大きなスーパーは無いけど、小さなお店がいくつかあるし、野菜はここで作っているから新鮮。健康になりそう!
それもこれもイケメン兄妹のおかげ。と思っていたけど、色々と聞いてみると、あの勇者ヨシオがかかっわっているみたいなのよ。これまで何百年もかけても不可能だった国の復興が、勇者ヨシオにかかれば数日で可能に。そういえば、住宅も勇者ヨシオが関わっているから安く早く提供されたらしい。素晴らしすぎる。
ビジネス勇者でありダンジョン自治区領主でもある勇者ヨシオはケチャップやマヨネーズの開発者だ。そして、出汁の普及、カツ丼アルマジロのチェーン展開、砂漠ウサギの料理開発などもしている。金持ちは食い物にかける情熱も半端ないのだ。
それだけでなく、一部の人には教祖と呼ばれている。勇者ヨシオは密かに病気やケガで死にそうな人を魔法で治しているらしい。それも腕を失った人に腕が生えてきたとかのレベルの治療をしたとか。さすがにそれは盛りすぎだと思うけど、そのくらい凄いということだろう。皆に感謝されながらお金を稼ぐ。素敵すぎる!
そんな勇者ヨシオがなんと新生ルイジアナ国のマンチカン姫と婚約すると発表された。できたばかりでほとんど税収の無いルイジアナ国だけど、勇者ヨシオの資金と才覚あれば何も心配ない。もうこれだけでルイジアナ国大勝利、いやマンチカン姫大勝利だよね。私もあやかりたい。側室になれないものか本気で調べてみよう。
窓からは真っ赤な太陽が草原を茜色に染めていくのが見えた。
◇ ◇ ◇
マンチカン押しのトップオタ達は、マンチカンがルイジアナ国の姫に返り咲くことを夢見ていると勝手に思い込み、日々握手券を買ったりCD、グッズを買って応援していた。もちろんマンチカンにその気は全くなかったし、そんな事で国は興せない。しかしオタ達は自分達が妄想した夢を実現すべく必死に頑張っていた。
だが、数年に渡るトップオタ達の頑張りも空しく変化はなかった。それでもやめるわけにはいかないと必死にグッズ類に給料をつぎ込み、コンサート、握手会に通っていた。いつの間にか手段だったものが目的になっていた。
ある日、そこに圧倒的資金力とビジネスの才覚を持つヨシオが登場した。そして、あっという間にルイジアナ国を復興し、マンチカンを隣国の姫として返り咲かせた。これにはトップオタ達も驚いた。そして自分達の力の無さを思い知った。
彼らはもうマンチカンとヨシオとの婚約を聞いても驚くことはなかった。マンチカンの夢をかなえた相手が王子であり、それがヨシオなのだ。単に圧倒的資金力の前に、お金大好きマンチカンとオタ達が敗北しただけだが。
オタ達は不本意な気持ちを持ちながらも、マンチカンの夢(妄想)をかなえたヨシオを認めた。古民家の窓から夜空の星を眺める彼の手には、新生ルイジアナ国への移民当選はがきが握られていた。
◇ ◇ ◇
移民受け入れに関する仕事がひと段落付き、お茶でも飲もうとイケメンが居間に入ると、マンチカンが何やら熱心に本を読んでいた。
「マンチカン、その本は何だ?」
「えへへー、実家の地下書庫にあった本だよー。何度目かの引っ越しのとき、置き場所がなくなってこの城の書庫に運んでもらったの。久しぶりに見つけて懐かしいなと思って」
「ああ、あの本か。マンチカンが幼いころよく見ていたな」
そう言って、イケメンはマンチカンから手渡された本を手に取りパラパラと捲った。これは古代語の書籍。文字は読めないが挿絵を見ればある程度内容が想像つく。ある戦士が複数人の姫と恋に落ち、最終的にはその姫達を従魔のごとく操りながら悪に勝利するというラブ・ファンタジー小説のようだ。
「今見ても挿絵が緻密で美しいな。詳細は分からないけど、きっと古代の女性向けの小説だな」
「きっとそうよ。挿絵が素敵なのよね。皆が身に着けているドレスを見るだけでも価値があるの。これを見て舞踏会に参加したくなってプリンセス娘に応募したんだから。ルイジアナ国への移住が落ち着いたら、このお城で舞踏会を開いてね」
マンチカンはイケメンの横で、キラキラした目で挿絵を眺めている。
「そうだな。ささやかでも開国記念の何かは必要だな」
そう言いながら、無意識に本をペラペラとめくった。古代語の書類は未来を予言するものなどもあり、貴重なものが多い。だがこの本は解析するまでもなく、重要性が無いと見なされ放置されていたのだろうな・・・え!? これは?
そこには戦士が宝石付き指輪を姫に渡しているシーンが描かれていた。それが何となく、勇者ヨシオが妹のマンチカンに宝石付きネックレスを渡したシーンと重なった。
「はぁー、妹の婚約がここまで僕にダメージを与えるとは。何の関係もない挿絵でさえ妹に見える。お茶をしようと思ったけどもう寝るよ」
「それがいいよ。おやすみなさい」
イケメンは本をマンチカンに返して居間を出た。マンチカンはイケメンから受け取った本の表紙を大切そうに撫でた。そこには、古代語で『姫と勇者とミルクショコラ ~全姫攻略ガイドブック~』と書かれていた。




