20-2話
「久しぶりだねヨシオ君。本当の勇者の座をかけて魔獣使い同士、正々堂々と戦おう」
そう言ったイケメンの歯がキラリーんと輝いた。女性達からの黄色い声援がいっそう大きくなった。
「何が魔獣使い同士だ! この場所では俺がシルバーウルフのポチを呼べないことを知っていて戦いを挑んだな! 卑怯なやつめ」
この村の周囲には魔獣除けが設置してあり、魔獣を犬笛で呼ぶことができない。実際に試してみたが、メンクイーンの言った通り効果は無かった。
「はっはっは、それは君が間抜けなだけだろう。魔獣使いたるもの常に魔獣と一緒に行動し心を通わせ、いつでも戦う準備を整えておくことは当然だろう」
「お前のところは魔獣と言いながら単なるペットだからいつも一緒にいるだけだろ。そのくせに正論を言いやがって! 砂漠ウサギの体当たりをみぞおちにくらって呼吸困難になってしまえ!」
砂漠ウサギの体当たりはマジ危険、くらった俺が言うのだから間違いない。
「今どき砂漠ウサギの体当たりをくらうような奴は、初めて砂漠に入ったOLくらいのものだよ。見かけに騙され近づいて頭を撫でようとして攻撃を受けるという間抜けな奴さ。あれは子供でさえ離れた場所から石を投げればすぐに退治できる可愛らしい魔獣さ」
俺がその初めて砂漠に入ったOLを体験したよ! 子供以下で悪かったね!
「くそぅ、ちょっとカッコイイからって正論ばっか言うんじゃねーよ! こっちは毎日面倒ごとが起きて正論とかかざしている場合じゃないんだ! どんな手段を使ってでもお前を倒す」
もはやどちらが勇者なのかわからない状況である。正義はどこにある。
「まあ、せいぜいがんばりたまえ。できれば無抵抗な相手は倒したくないんだけど、女神様および聖女との婚約がかかっているからね。これまでは本気じゃなかったけど、ここでは本気を出そうと思っているんだ」
過去二回の戦いでは俺がいずれも勝利している。負け惜しみにしか聞こえない。
「貴様ごときの本気がどの程度俺様に通じるのか試してみるが良いだろう」
俺の偉そうな態度に女子からブーイングが起きている。完全に悪役の立ち位置である。
「僕の魔獣はシルバーウルフ(ミニチュア・ダックスフント)のシルバーさ。君の魔獣はどこだい?」
イケメンは俺が魔獣を連れてきていないことを知って挑発してきた。
「い、今は居ないけど、いざとなったら呼びだすからな! それまでは俺自身が相手をしてやる」
俺はファイティングポーズをとり、聖女に準備が整ったことを伝えた。シルバー君はイケメンの横で今にも俺に飛び掛かりそうな状態となった。目が血走り、いつになく興奮しているのか、よだれをたらしながら「グルル」と呻いている。ご馳走を前にしている野生動物のようだ。嫌な予感がする。
二人とも準備が整った。
「それでは始めて下さい!」
聖女メンクイーンの合図とともに、シルバー君がこちらに猛然とダッシュしてきた。くっ、ビーフジャーキーを投げずにシルバーをコントロールできるのかぁ! イケメンがビーフジャーキーを投げることを想定していた俺は、動きが後手にまわった。
「悪いね。開始早々、勝負があったようだね」
イケメンは勝利を確信した顔でそう言った。残念ながらシルバーを避けることはできそうにない。普通の犬とはいえ人間よりは俊敏だし牙はかなり鋭い。このまま俺がかまれ、動けなくなったら、イケメンがとどめを刺しにくるだろう。攻撃力ゼロの俺には戦う術は無い。せめて、もう少し時間が稼げれば勝機があるのだが。
シルバーは俺の正面まで一気にダッシュし、そこから勢いにのったままジャンプした。そう、生き物の急所は首。野生の肉食獣は獲物の首をかみ切ってからゆっくりとお食事するのだ。シルバーは俺の首を狙っているに違いない。ヤバい、噛まれたらまじ流血騒ぎだよ、ていうか頸動脈切れたら俺の命が無いですよ!
「ぐぁ!」
鈍い痛みを肩から首にかけて感じた。俺はそのまま、後ろに倒れた。やはり、ストーリーの強制力には対抗できないのか。あまいちゃん、シャム姫様ゴメン。もうこの世界に居ることはできないようだ。俺はこのまま地球に戻るのかなぁ。戻った時には食いちぎられた首はもとに戻っているかな。
薄れゆく意識の中で・・・いや、薄れてないな。首筋から熱いものが噴出し・・・てないな。あれ? シルバー君は? 居ない。 視界の中でイケメンがなぜかワナワナと震えているのが見えた。
イケメンが契約魔獣と言い張っているミニチュア・ダックスフントのシルバー君は、俺の肩をジャンプ台にして観客席に飛び込んだようだ。よく見ると、観客席に座っている美人信者の膝の上で頭を撫でられてご機嫌そうに寛いでいる。どうやら、初めからあの美人信者を狙っていたようだ。確かに御馳走だ。
ジャンプ台にされただけの俺は、当然ながら何のケガもしていなかった。
「シ、シルバー! 早く戻って奴を攻撃しろ! ほらビーフジャーキーがここにあるよ」
そう言ってイケメンがビーフジャーキーをひらひらさせたが、シルバーは片目を開けてチラッと見ただけで、そのまま目を閉じた。よっぽど美人信者の膝の居心地が良いようだ。
「どうやらシルバーに裏切られたようだな。本当に心が通っていたのか怪しいものだ。いや、むしろシルバーが魔獣使いで、お前が使役されていたのではないのか?」
俺はここぞとばかりイケメンを挑発した。勝つためには時間が必要だ。出まかせでもなんでもいいから、時間稼ぎをせねば。
「そうだったのか。いや、確かに。いつも指示に従ってご飯あげたり散歩したりと、そういわれれば僕の方が使役されているような気がしてきた。いや、でも・・・」
俺の巧みな話術により、イケメンが迷い始めた。いいぞ! その調子だ。
「・・・な訳ないだろ! 危うく騙されるところだった。もう許さないぞヨシオ君! 僕自ら決着を着けてあげるからね」
もう正気に戻ってきた。まずいよ。相手は魔獣使いで現役のプロ野球選手だ。さすがに俺よりも弱いということは無いだろう。イケメンはゆっくりとこちらに近づいてきた。もう先程のような奇跡は起こらないのか。
その時、会場にざわめきが起きた。
「!!!」
「あ、あれは」
「何ということだ」
「まさか生きているうちに本物を見ることができるとは」
「素晴らしい!」
「素敵!」
どうやら、俺の使役する魔獣が間に合ったようだ。
「えっ!?」
先程まで薄ら笑いを浮かべていたイケメンは驚き、その動きを止めた。
「お兄様、これはどういう事かしら。ヨシオ様は私の婚約者よ。これ以上失礼なことをするならもう一生口をきいてあげないからね!」
ステージに現れたのはイケメンの妹のマンチカン、プリンセス娘の序列二位の女子小学生マンチカン、先日俺が強引に婚約させられたルイジアナ・マンチカンだ。
「何故!」
イケメンは突然現れた妹に戸惑っている。
「何故だと? これが俺の使役する魔獣だ」
マンチカンの実家の喫茶店はこの村にあるのだ。ダメ元で教会のバトル侍女にお願いして連絡をとってもらったのだが、運良く実家にいたようだ。
「そんなのオカシイだろ! ルール違反だ!」
「残念ながら、ルールでは仲間の『生き物』を一匹ほど連れていくことが認められている。人間も生き物だ。そうだよね、聖女メンクイーン!」
「・・・生き物です。ルール違反ではありません」
メンクイーンは悔し気に言った。
「ルール違反ではないのだ。さあ、どうする? まだ続けるのか? 天使のように可愛らしい妹のマンチカンから一生口をきいてもらえなくてもいいのかなぁ?」
「もう、ヨシオ様ったらぁー 天使のように可愛らしくてシャム姫様よりも美人なんてぇー こんなところで言われて恥ずかしいですー」
そこまでは言っていない。ちなみにこれはシナリオに従いイチャイチャしているフリをしてもらっているだけなのだ。今回の戦いの経緯とお願いを書いた手紙をバトル侍女に託しておいたのだ。
「く、くそう、卑怯者め! 妹を人質にとるなんて!」
イケメンは唇をかみしめ悔しそうだ。
「お兄ちゃん、私はお兄ちゃんの妹よ。ずっとずっと可愛い天使のような妹よ。それなのに、女神様や聖女様の方が大切なの?」
マンチカンは上目遣いで可愛らしくイケメンに言った。
「いや! お兄ちゃんにはマンチカンの方が大切! 絶対大切! 聖女メンクイーン、この勝負は俺の負けだ。マンチカンはずっとずっと俺の妹だ!」
「おにいちゃーん!」
「マンチカーン!」
兄妹はひしっと抱き合った。何この安っぽい芝居。しかし周囲の観客達は皆涙ぐんでいる。涙ぐむ要素あったかな。もしかして極悪勇者によって妹を人質に取られたが勇者の称号よりも愛をとった兄という感動物語的な何かなのかな。俺が悪役になっているように思うが気のせいだろうか。
兄と抱き合ったマンチカンが俺の方に向かってウインクした。マンチカンに女優魂を見た。