18-11話
女神が閉じ込められている氷柱の周囲を皆で取り囲んだ。俺一人だけが輪の内側、操作パネルの前に移動した。
まずはキーボードを操作しパスワードを入力する。キーボードは安心の日本語109キーボード。キーの上にプリントされた”かな”を見ながら、今時かな入力する人はいるのだろうか、などと思いながら全角/半角キーを押し日本語IMEを起動しローマ字を入力、日本語に変換する。
『とうふ』
と入力し最後に勢いよくEnterキーを押す。スペースキーの左右がごちゃごちゃしている日本語109キーボードだが、唯一の良いところがEnterキーが大きいところだ。”ターン”て感じで勢い良くキーを押すと仕事した感が出てとても満足度が高くなる。
『正解です。起床シーケンス開始します』
無機質な音声と謎の機械音が洞窟内に響き渡った。そして俺がEnterキーの満足感に浸っている間に周囲には蒸気が立ちこめた。
「「おおーー!!!」」
歓声が起きている。さすが勇者様、勇者様が謎を解いた! などと村長と村長代理が興奮している。全くもって大したことはしていないが良い気分だ。女神の氷柱が融け始めたようだ。
しばらくすると氷は全て無くなり、中に閉じ込められていた女神が現れた。
「スイーツ女神様!」
「美しい・・・」
それは正に女神。作り物のように均整の取れた美しい顔立ち、それでいて冷たい印象にならない可愛らしさを兼ね備えたつくり。さらに均整のとれたプロポーション。いつまでも見ていられるあざといポーズ。実際、しばらくの間、皆でボーっと見ていた。しかし、女神は氷の中にいた時と同じポーズのまま動かない・・・まだ寝ているのか?
「女神様?」
村長のアンゴーラが意を決して話しかけるが反応が無いようだ。もう一度、話しかける。
「女神様!」
「女神様? 私のこと?」
「「「 !!! 」」」
女神が小さな声で返事をしたように聞こえた。しかし、未だ女神動かず。そっと女神の腕を触ってみた。冷たいままだ。周囲の氷は融けたが体はまだ凍ったままなのか。にもかかわらず、頑張って返事をしてくれた女神。もう少し待つべきか。いや、女神に尋ねればよくね?
「女神様、この後どうすれば良いでしょうか」
「このまま飾っておいてくれれば良いです」
心なしかさっきより声が大きくなったように思える。
「このまま飾る?」
「ええ、このまま飾っておいてくれれば良いです。嫌ですか? でも、これ作るのかなり大変だったんですよ。何度もデータを取り直して、ポーズも色々考えてなかなか仕事を引き受けてもらえない人気のフィギュア原型師様にお願いしたんですよ。だから、できれば飾っておいて欲しいなんて思っているわけで。でも、絶対ってわけじゃないからね、もし良ければってことで。もちろん別の場所でもいいですけど」
いつの間にか俺達の背後に少女が居た。目の前にいる女神を少し幼くしたような中学生くらいの少女が。
「もしかして・・・」
「起こしてくれてありがとう。天井千代子といいます。あまいちゃんとか、チョコりんとか呼んでね。てへ」
何となくプリンセス娘的なポーズを決めているこの少女は、たぶん俺と一緒に時空の歪に飲み込まれた女子高校生の天井千代子さん。そして彼女は初代プリンセス娘センターでスイーツ女神のはずだ。
「あのー、どこから出てきたのですか」
「あっちー」
あまいちゃんが指さす方を見ると、洞窟の壁の一部がドアのように開いていた。そちらに移動して中を見ると、大理石に囲まれたそこそこ広い部屋があり、中には天蓋付きのゴージャスなベッドが置かれていた。
「あの冷凍装置ではなく、こちらのベッドで寝ていたのですか?」
「そうよ。ふかふかの羽毛100パーセントの布団付き魔道具よ。そしてこの部屋全体も魔道具。でも仕組みはよく分かんなーい」
「じゃあ、あっちの女神はつくりもの?」
「さっきも言ったけど苦労して作ってもらったとても大切な実物そっくりフィギュアよ! 顔とかプロポーションとか胸とかほんのちょっとだけ盛ってるけどほんのちょっとだし。出来が良かったからこの時代に持ってこれるようお願いしていたの。壊れてなくてよかったー」
あまいちゃんはほっとしているようだが、極めて紛らわしいです。
「お話し中、申し訳ありません。スイーツ教の聖女を仰せつかっておりますメンクイーンと申します。お目にかかれて光栄です。早速ですが女神様・・・」
「あまいちゃんだよ」
「女神さ・・・」
「あまいちゃんだよ」
「天井様、教会に移動して詳しい話をお聞かせ願えませんでしょうか」
「いいよ!」
洞窟の近くにあるスイーツ教の教会の一室に皆で移動した。早速、一緒に来ていた各国代表とあまいちゃんが地図を見ながら挨拶をしている。
「なるほどねー。あなた達がハートフル・ピース王国代表ね」
スワン王妃はいつ通り穏やかな顔で話をしている。シャム姫はキラキラした笑顔で初代センターのあまいちゃんを見つめている。ロッソRは緊張した面持だ。
「ハートフル・ピース王国の首都は砂漠に埋もれたの? へー、それで移転したんですね。他は何も変わってないんだ」
あまいちゃんはウンウン頷きながら納得している。
「そしてこちらがキタノオンセン帝国代表ね。あの騎馬民族がこんなに国を大きくするなんてびっくりね。それにしてもメグちゃん凄いポインポイン・・・」
すでに胸にしか興味がいっていないようだ。自分のと比較しショボーンとなっている。
「ルイジアナ王国代表? え、国がなくなったの? ゴメン、気がつかなかったよ」
あなたは装置の中で寝ていたから当然気付いていないでしょうね。子孫のイケメンもマンチカンも先祖の事を知っているあまいちゃんに興味津々だ。
「さらにグレートユルフワ帝国も滅んだの!? ひとりぼっち? 亡国の姫様・・・」
ユルフワとあまいちゃんが抱き合って涙を流している。ただ女子中高生の涙に深い意味は無いことを俺は経験上知っている。
「そしてニシノリゾート共和国かぁ。温泉付きのリゾート地が欲しくて私が軽井沢をパク・・・オマージュしてして作ってもらったオモイザワ村別荘分譲地が発展してまさか国にななるなんて。それで私が女神ということに? 私ちょっと凄くない!?」
あまいちゃんは色々と驚きながらも喜んでいるようだ。
「そういえば、勇者、勇者ヨシオがいるはずだけど・・・あなたですね」
あまいちゃんは、懐かしそうな笑顔で俺の方を見た。
「勇者ヨシオ、筒香義男です。俺のことは、また後で話をさせて頂きます。まずはあまいちゃんの事とこの世界の未来について教えて下さい」
あまいちゃんは頷いた。
「これから起きる困難な出来事に対処するため、私は千年以上前の世界から来ました。私が目覚めると同時に各国代表に集まってもらうようメッセージを残しておきました。どうやらメンクイーンが各国に連絡し準備をして下さっていたようですね」
「スイーツ教では天井様に関するあらゆる資料を集め神話として伝承しています。天井様の目覚めとともに各国代表が集うことも予言されていました」
多分ノートにでも書いてあったのだろう。
「皆様にこれから起きる困難な出来事についてお話しします。ズバリ、それは民衆の反乱です」
民衆の反乱。今のところ、そんな前兆は全く無い。一部で国の権力争いはあるが、民衆は国の統治に概ね満足している。多少の不満はあるかもしれないが反乱を起こすほどでは無い。各国代表も同じ思いだろう。
「残念ながら何もしないと世界中で争いが始まります。人々は疑心暗鬼となり、疑い戦い逃げまどい傷つけ合い疲弊し、やがてほとんど滅亡することになります」
予言は本当だったのか!
「何が原因なのでしょうか」
聖女メンクイーンが尋ねた。
「当然、皆さんもそれが気になるでしょう」
あまいちゃんは一旦目を伏せ、そしておもむろに目を開き俺を指さした。
「原因はヨシオです」
「えっ俺!?」
皆が一斉に俺を見た。世界が俺のせいで滅亡!?