18-8話
元村長の話は衝撃的だった。この世界にはやがて困難な出来事が生じる。生き残るのは勇者とその仲間達だけ。ビジネスと食い物でこの世界に貢献しながらもガッツリと金を儲け、ついでに、あくまでついでに金にモノを言わせて美人で可愛らしい妻を手に入れる予定だったのに想定外だ。
しかし疑問がいくつかある。勇者とは本当に俺の事なのか、困難な出来事とは何か、確実にそれが生じるのか、仲間達とは誰の事で何人なのか、そもそも未来を描いた壁画は正しく解釈されたのか。
『アルマジロ亭』から『シルバーウルフのしっぽ亭』への道すがら、歩きながら考えてみるが分からないことだらけだ。本当に生き残る運命なら武力の無い俺にできることは何だろうか。もっと情報収集が必要だな。宿へ戻ったらスワン王妃にも聞いてみよう。
「あ、変なシルバーウルフだ!」
子供に興味を持たれてしまった。うむ、シルバーウルフのお面を付けたままだからな。多少、ちびっこ達に絡まれるのは想定の上だ。それは良いとして、石を投げるのはやめて! ほらほら、小石と言えど当たったら痛いから。お母さんはどこかなー? とりあえず石を投げるのやめようか?
「やめろって言ってるだろ!」
「うわー! 変なおっさんだ!」
お面を外して怒鳴りつけたら子供達は逃げて行った。全く、最近の子供は甘やかされすぎだ。この世界の子供の事はよく解らないけどきっとそうだ。
「あのー」
「はい?」
背中越しに声をかけられた。振り返ると、そこには大きな帽子をかぶり、黄色いワンピースを着た小学生くらいの女の子がいた。さっきの悪ガキ達の友達だろうか。しゃがんで目線を同じにしてみると、大人になると相当な美人さんになることが予想できる整った顔つきの少女だった。
「これ、あなたですよね」
少女はポケットから紙を取り出し広げて見せた。そこに書いてあるのは俺の似顔絵。プリンセス娘のトップオタ達が勝手に作った俺の指名手配似顔絵じゃないか。くそう、まさかこの女の子はプリンセス娘のファンか。とりあえず、似顔絵の男とは無関係である、で通そう。
「全然違います。似てないし」
「こんな平凡な顔がそこら辺に居るとは思えません。この何の特徴も無い目とか完全に一致していますしー」
誤魔化そうと思ったが、この小学生女子やたらとしっかりしている。
「プリンセス娘のファンの人に会ったらここで見かけたって言ってしまいそうだなー あーでも、そこにあるカフェでジュース飲んだら似顔絵の事忘れそうなんだけどなー」
俺が似顔絵の男であると確信しているようだ。小学生のくせに駆け引きに長けているとは恐ろしい奴め。ゆすり、たかり絶対ダメ! しかしだ。ジュース一杯で忘れてくれるなら安いもの。命には代えられないからな。俺は損得を瞬時に判断し、取引に応じる事にした。
「わかったよ」
「やったー!」
俺は少女に連れられカフェに入った。観葉植物がいたる所に置いてあり、おしゃれ感満載でインスタ映えしそう。
「母さん、お客さん連れて来たよ」
「自分とこの店かよ!」
少女の策略にまんまとはまってしまった。まあ、いいか。
「おたまじゃくしの卵ミルクティーがお勧めだよ!」
「コーヒーをアイスで」
「母さん、おたまじゃくしの卵ミルクティーを二つね!」
俺の意見は無視され、謎の飲み物が注文された。ほどなくして持ってこられたそれはタピオカミルクティーに似た飲み物だった。
「ふーん、この底に沈んでいるのがおたまじゃくしの卵か。珍しいな」
「タピオカミルクティーっていうんだよー」
「やっぱタピオカじゃねーか!」
「あはは、からかっただけです。そのくらいいいでしょ。あなたも私を馬鹿にしたんだから」
「え?」
初対面だと思うけど・・・会ったことあったっけ? でも以前、俺が馬鹿にしたって言っているし。こんな美人になりそうな少女なら覚えているはずだが、そう言えば見たことあるような無いような・・・思い出せない。ただ、何となく思い出してはいけないような気もする。俺のカンがそう言っている。ここは初対面で通そう。
「初対面だと思いますが」
「そんなぁ、私の事忘れたの! ふえーん」
明らかな嘘泣きだ。
「本当に覚えがないんだ。よく考えたら小学生の知り合い数人しかいないし」
その数人は、オモイザワ村の児童養護施設にいる子供達だ。しかし、彼らの顔は全員覚えている。ここにいる女の子はその中にはいない。
「何度も会っているのに! プリンセス娘のデパートでのミニコンサート&握手会とか、オモイザワ村の復興コンサートとかの会場で」
コンサート会場で隣になった人? でも覚えがないな。いや、観客席でないとすると舞台上!?
「・・・もしかしてプリンセス娘の序列二位のあのマンチカン?」
「やっぱり知っているじゃないの。ルイジアナ・マンチカンよ」
思い出した。プリンセス娘のオタ達から指名手配を受ける原因となったマンチカン。CDショップっぽいところでマンチカンの写真を見ながら俺がつぶやいた「手足短いな」という独り言をマンチカンオタに聞かれたのが事の始まりだ。
「思い出してくれたようで嬉しいですー」
「思い出すも何も会ったの初めてですよね。ステージ上にいる時に目が合ったから会ったというのは無しだからね」
「ちっ!」
アイドルなのに本心出てるよ、気を付けて!
「しかし、小学生なのにプリンセス娘総選挙二位だったんだ。凄いよ。素直に称賛するよ」
「ありがとうございますー。でも、あなたの推しはシャム姫とミケですよね。褒められてもあまり嬉しく無いですー」
「いやいや、推しとか無いから」
「その割には選挙でシャム姫に大量に投票したらしいですよねー。シャム姫がカモをゲット出来て嬉しいって喜んでいましたよ」
素直な小学生の発言ありがとう。でも、内輪の発言をここで言うのやめて!
「でもシャム姫はしかたないです。お城での仕事仲間ですよね。納得いかないのはミケです。あなた、ミケのビジュアルコーディネートを担当しましたよね。おかげでミケ人気がうなぎ上りで二位の私の座が脅かされているんですけど。なぜミケなの? どんな関係なの? 抱き合っていたし、もしかして恋人? 恋愛は禁止なんですけどー」
マンチカンは怒りを滲ませながら矢継ぎ早に質問してきた。たしかにコーディネートしました。偶然ですけど。
「ほんと、偶然会っただけなんだ。コーディネートも偶然」
「へー、偶然会った人にそこまでするんだ。じゃあ、私にも何か」
「そうは言っても会ったばかりだし、そんな義理は・・・」
「熱心なファンのお兄さん達に居場所おしえちゃおうかなー。『シルバーウルフのしっぽ亭』に平凡な顔の人がいましたって」
「何でもやらせて頂きます」
くそう、なぜ宿泊先を知っているんだ。さすが、小学生にもかかわらず序列二位になっただけのことはあるな。
「じゃあ婚約して」
「は?」
「あなた金持ちでしょ。今はいいけどアイドル活動って不安定だし、十八歳越えるとおばさん扱いだし将来が不安なの。あなたみたいな金持ちをキープしておくと安心でしょ。もちろん保険って意味だから。ねえ、母さん、いいでしょー」
「まあまあ、マンチカンがもうすぐお母さんになるのね。孫が楽しみだわぁ」
「・・・」
小学生の言う事なので生暖かく見守っていればそのうち気が変わるかもしれないが、将来美人になりそうな少女だから条件としては悪くない。いや、むしろ良いかも! しかし問題はあと十年以上待たないといけない事と、結婚してもお金を搾取される未来しか想像できない事だ。とりあえずは、命に関わる件を収めることができれば良い取引かも。
「喜んで婚約させて頂きます。だからトップオタ達の行動なんとかしてくれよ」
「その位ならいいか。言っておきますー。婚約したこと忘れないで下さいね。約束ですよー」
マンチカンはウインクをして、恥ずかしくなったのか頬を紅く染めながら店の奥の方へ行ってしまった。今のは演技なのか素なのか。いずれにせよ末恐ろしい。何代か先だろうけどプリンセス娘のセンターは確実だろう。
しかしヨシオは知らなかった。マンチカンにキープされている男が二十人以上居ることを。