18-6話
魔動馬車は、ほどなくオモイザワ村の入口に到着した。数か月ぶりだ。懐かしい。以前来た時にオモイザワ村歴史博物館に案内され、そこから続く洞窟を見学中に女神の眠る装置を発見した。それまでは、ここに女神が眠っていることは誰も知らなかったのだ。今はきっと厳重に警備され女神の件は隠されているだろう。
と思っていたのだが。
『歓迎! 女神の眠るオモイザワ村へようこそ!』
バレバレだよ! 大々的に村おこしに利用されているよ! 村の入口に巨大な看板が掲げられていたのだった。いいのかセキュリティ的に。
『女神の洞窟への直通ルートはこちら →』
直通ルートまでできているよ! 何やってんだよ! しかも沢山の人々でにぎわっているよ! 洞窟の崩落を直すだけにしては時間がかかると思っていたんだよ。新しい道だけでなく駐車場まで整備されている。そして洞窟入口に続く道の両側には屋台が出てお祭り騒ぎだよ。
ゴールデンウイークのサービスエリアなみに賑わう駐車場に馬車は停車した。俺は真っ先に馬車を降り周囲を見回した。なにせ王妃と姫がいるからな。警戒は必要だ。お祭りの雰囲気が楽しそうで、浮かれて思わず馬車から飛び出したわけでは無い。無いったら無い。
「ヨシオ様、祭りで浮かれるのも分かりますが、うかつに飛び出さないで下さい。赤い少女隊のメンバーが影ながら護衛をしていますが万が一と言うこともありますので私の指示に従って下さい」
「すいません」
ロッソRに怒られた。
しばらくしてスワン王妃が馬車から出てきた。スワン王妃は金髪縦ロールをスカーフで隠し、高級だがギリギリ庶民的なドレスを着ている。しかし隠したつもりでも王族オーラがガンガン出ているのが気になる。変装になっているのかこれは?
「ねえねえ、あの人って貴族か王族じゃない? オーラが半端ないよ! もしかしてスワン王妃だったりして!」
「そんな訳無いだろ。本物のスワン王妃なら見える距離に近づいただけで薔薇の花びらでギッタギタになるらしいぞ」
「それならこの距離なら完全にギッタギタだよね。そもそもこんな所に隣国の王妃がいるわけないよね」
通リすがりのバカップルの様子から見て、スワン王妃の方は大丈夫なようだ。確かに本物のスワン王妃を間近で見たことある人はほとんどいない。しかも襲われそうになったとしても、この中で最も強いのが王妃だから心配ない。一方、シャム姫はさすがにバレるかもしれない。彼女はアイドルとしてコンサートや握手会、TVにも出ている。顔がバレているのだ。
続いてシャム姫が馬車から出てきた。
「え?」
まさかのメイド服、しかもニーハイとネコミミ装着! とても良い・・・いやいや、これ絶対バレるだろう! 単なる可愛いメイドの格好をしたシャム姫そのものだろう! これはこれで似合っているけど、好みだけど、嬉しいけどそれ以前に目立ちすぎだよ。あ、さっきのバカップルに気付かれた。
「ねえねえ、あれってシャム姫に似てない? メイドの格好だけどすっごく可愛い! サイン貰いに行こうよ!」
「馬鹿だな。似ているけど違うよ。シャム姫は目線で人を殺せるんだぞ。あんなにホンワカして可愛らしいわけないだろ」
「そう言えばそうだよね。以前、デパートでミニコンサートを見に行った時、シャム姫様すごく美しかったけど目線が氷のように冷たかったよね。いつも以上に。もし私と目が合っていたら確実に死んでいたわ」
すいません、そのコンサートでシャム姫の機嫌を悪くしたのは俺です。確かに、ずっと冷たい視線で睨まれて死にそうでした。いや、一回死んでゾンビになっていたのかもしれない。とにかくシャム姫の方も大丈夫そうだ。襲われたとしてもこの中で二番目に強いので心配無用だ。ちなみに一番弱いのが俺だ。俺の存在価値? 気にしたら負けだ。
「そういえばミニコンサートで思い出したけど、あの時、ミケ様に馴れ馴れしく抱きついた奴がいたんだ。ミケ様がよろめいたところを支えただけって公式発表があったけど俺は絶対許さねえ! そんな羨ましい奴は見つけたら俺があの世に送ってやる!」
羨ましいって本音が出ているよ! そういえば、しかたなく参加したプリンセス娘の握手会で序列三位のミケが抱きついてきたんだよな。俺が教えてあげた髪型とリップが好評で、人気が急上昇して感激したせいなんだけど。でも、そのおかげでオタク達に命を狙われることになるなんて。
「それって、顔が平凡なシャム様押しの男のことでしょ。有名よ。そのちょっと前にマンチカン様を馬鹿にした発言してマンチカン様押しのトップオタ集団が探し回っていたもの。今もまだ似顔絵を配って探し回っているらしいわ。ほら、これが似顔絵よ」
似顔絵持っているんかぃ! バカップルに顔を見られなくてよかったよ。そもそもCDショップ的な所でプリンセス娘の情報を集めていた時、序列二位のマンチカンの手足短いなというつぶやきをマンチカン押しのオタクに聞かれたのが原因だ。当時は上手く逃げたものの、まだ探していたとは執念深い奴らだ。その後、ダンジョン自治区に移って本当に良かった。
「まじか! その男はシャム様押しのくせにムチムチして抱き心地良さそうなミケ様に抱きつき、さらには同じプリンセス娘のメンバーのマンチカン様を馬鹿にしたのか! 最低だな! 羨ましい! 許さねぇ、絶対見つけ出してやる」
所々で本音が出ているよ!
「見つけたらボコボコにして引き渡そうね」
バカップルは恐ろしい会話を残し、洞窟の方へと歩いて行った。俺はそっと近くにある出店の一つに近づいた。
「すいません。下さい! どれでも良いですから早く!」
「あいよ! 毎度アリ!」
それは祭りでよく見る子供向けのお面の出店。安くて薄っぺらいプラスチックお面が驚くほど高価な値段で売られているアレだ。俺は安くないお金を渡し『シルバーウルフ』のお面を受け取った。すぐに装着し馬車の方へと戻った。
「浮かれすぎ」
馬車の側にいたロッソRが馬鹿にしたような顔をしてそう言った。スワン王妃とシャム姫も唖然としているように見える。いや、浮かれているわけでは無い。しかし命には代えられない。
「俺も変装しようと思ってね。気にせず行こう」
「ヨシオ様は特徴の無い顔だから大丈夫だと思うけど」
しかしスワン王妃とシャム姫はなぜか俺を褒めた。
「なるほど、よく考えましたわね。お面に視線を集中させ私達に視線が来ないようにするとは」
「さすが! 違和感ありありで見ずにはいられない。ロッソもまだまだね」
「そうですか? 絶対浮かれているだけだと思いますけど」
ここは話の流れに乗るべきだ。俺の本能がそう言っている。
「さすがスワン王妃様とシャム姫様は俺の考えをお見通しでしたか。ロッソもまだまだだな」
「いや絶対浮かれているでしょ!」
皆でロッソRを生暖かく見守る構図となった。とにかく、俺はお面を付ける口実ができ生き延びる確率が上がったのだ。俺は一体何と戦っているんだろうか・・・