17-11話
スワンの王妃が占いババアに親し気に話しかけた。
「お久しぶりですね、ユルフワ・ガリペラ姫」
はて、どこかで聞いた名前だ。でもまったくピンとこない。
「ふぉっふぉっふぉ、そなたの目は誤魔化せぬようじゃの。しばし待たれよ。化粧室はどこかのう。心配するな、我らの戦力は全員地面に倒れておる。逃げはせぬ」
占いババアは店長のマネーに連れられ化粧室に案内され、それから一分後に一緒に戻ってきた。
「おひさしぶり、ユルフワ・ガリペラだよ」
そこには圧倒的に可愛らしいゆるふわ女子が居た。一目で好きになってしまいそう。ぼーっと彼女を見ていたら赤い少女隊の一人から咳払いが聞こえた。顔は隠されているがたぶんロッソRだ。俺は我に返り、今更のように声を荒げた。
「だ、誰だ! お前は! さっきのババアはどこに行った!」
俺はとっさに周囲を見回したがババアは見当たらない。おのれ、やはり逃げたのか!
「ここに居るよ。あれはユルフワ・ガリペラだよ」
そこにはやはり愛らしい女子が一人いるだけ。
「え? まさか、魔法!? 魔法的な何かでお前が化けていたのか!」
「勇者ヨシオ、半分当たっていますが魔法ではありませんことよ」
スワン王妃が説明してくれた。
「ユルフワ・ガリペラ姫はメイク、いや整形メイクのスペシャリストなのです。いつもは化粧で可愛らしい女性に化けて貴族をたぶらかしていますが、その素顔は誰も知らないのです。私も何度かお茶会で見かけたことがありますが、毎回別人だと思うくらいでしたわ。今回はその整形技術を使ってジャガ男爵に取り入っていたようですわね」
「整形って言うな、メイクよ! ぷんすか!」
自分で”ぷんすか”っていう人、久しぶりに見た。
「男爵家のメイド長、いや占いババアに化けていたということは、やはりユルフワ・ガリペラ姫がこの計画の黒幕のようですね。はるばる私がこの自治領に来たのは、それを確認するためですわ」
「ちょっと待ってくれ! ユルフワは僕と一緒にジャガ男爵家を立て直し、やがてこの独立領を支配し、ゆくゆくは全世界を手中に収め、幸せな家庭を築くと約束したんだ! な、そうだろ」
ジャガ男爵はユルフワに必死に訴えかけた。
「この状況でそれ言う? あんた馬鹿? 男爵家で働いていた元メイドの婆さんが話を持ち掛けてきたから利用しただけよ。私がその婆さんに化けて指揮を執り、前帝王の息子チャールズに金を出させグレー商会が実行する。もう少しでダンジョン自治区を手に入れることができたのに。新米領主に邪魔されるなんて、ほんと使えないわねジャガ男爵」
「そ、そんな、愛を誓い合ったのに・・・」
ユルフワ・ガリペラは、かつてキタノオンセン帝国のラブ姉妹の姉メグと帝王の座をかけて戦った。その時はメグを悪役令嬢に仕立て上げることに成功したが、結局は実力の差で破れた。
その後起きた女帝メグに対するクーデターでは、ガリペラを可哀そうに思った貴族達が勝手に行動したことになっている。しかし、ガリペラが首謀者であることは皆気付いている。証拠が無いので彼女の責任は問われなかった。
キタノオンセン帝国内ではさすがに活動が難しくなっていたガリペラは、ジャガ男爵、前帝王の息子そしてグレー商会を利用して国外に拠点を作ろうとしていたのだ。
ちなみに、当時、帝王の息子チャールズの婚約者だったためガリペラ姫と呼ばれているが、彼女は平民である。もちろんプロの平民であり、平民であることを利用して他の貴族からいじめられているか弱く健気な女性を演じ、同情を集めながら最終的に女帝になることを狙っているヒロイン気質な女である。
「計画をダメにしてくれたお礼にお前達に呪いのプレゼントだよ」
ユルフワ・ガリペラは隠し持っていた水晶玉を俺達の方にかざした。水晶玉が光り出した。
「やめてくれガリペラ! 罪をつぐなって一緒にやり直そう!」
「いやよ。だって、あなたお金も地位も持っていない無能でしょ。もう利用価値もないし呪われて一生不幸になってしまえ!」
水晶玉の光がより強くなった。
「スワン王妃は外へ逃げて下さい!」
振り返るとスワン王妃どころか、マネー・カネー姉妹、赤い少女隊のメンバーもすでに居なくなっていた。見捨てら・・・これで心置きなく戦える(涙)。
「はぁ!」
ガリペラの掛け声とともに水晶が赤く輝いた。
「お前達には、野菜を食べないとビタミン不足になる呪いをかけたよ」
「うわーーー! もうお終いだ! ビタミン不足になるなんて! シミ、そばかすがぁ!」
ジャガ男爵はダメージを受けひざまづいた。いや、野菜を食べないとビタミン不足になるのは普通だから!
今度は水晶が黄色く光った。
「運動不足になると体脂肪が増える呪いをかけたよ」
「ぐはぁ! デブになるのは嫌だぁ!」
諦めるのはまだ早いぞジャガ男爵! 運動すれば大丈夫だから!
「適度な体操をしないと体が硬くなるよ」
「うわぁ! スポーツで怪我しやすくなるやつじゃん、ああぁ」
風呂上がりにストレッチするだけでも効果あるから!
「食べ過ぎると胃がもたれるよ」
「うぅ、美味しいものがたくさん食べられないなんて!」
歳をとると誰もが通る道だから! 野菜と魚を中心にすれば結構いけるから!
「ああ、もうだめだ・・・呪いで体が動かない」
ジャガ男爵は床に倒れた。なんて精神的に弱い奴だ。ガリペラは俺の方を見た。
「ほう、お前にはこの呪いが効きにくいみたい。しかし、年が経てば経つほど、二十年、三十年と経てばこの呪いが身にしみちゃうよ」
「それ、すでに医者に言われてますから!」
「それでは、この水晶玉の最終奥義でお前の息の根を止めちゃうよ」
ガリペラはそう言いながら俺に向かって水晶玉を投げた。
「ぐはぁ! 息が、息がぁ」
全力で投げられた野球ボール大の水晶玉は、程よいスピンを伴いながら物理法則に従い俺のみぞおちにめり込んだ。いい投球だ。俺は息ができなくなり涙目で床に倒れた。息の根を止めるってそういう意味だったんだ。しかも究極奥義って。
ガリペラは悠々と歩いて外へ出て行った。床に転がっている水晶玉の下から電池が顔を出していた。ライト付き水晶玉、いやガラス玉・・・コンサートで使えるかなぁ、そんなことを考えながら俺は気を失った。
◇ ◇ ◇
気が付くと冒険者ギルドの医務室にいた。赤い少女隊のメンバーが運んでくれたらしい。しかし、彼女達の姿はすでにない。
「ヨシオ様、気が付いたようですね」
ギルドマスターのマドギーワが入ってきた。
「大変な目に逢ったよ。スワン王妃はどちらに?」
「ヨシオ様の館におられます。シャム姫も。ところで、今回の関係者の処分はどうしましょうか」
「それはすでに決めている」
グレー商会の手下達は城から送ってもらった犯罪者達と一緒に植林、さそり養殖、道路工事をさせる。契約詐欺に加担した銀行員は、ここ冒険者ギルドでマドギーワの下で働いてもらう。結婚詐欺のブランドショップ店員は俺のコンビニで働かせる。マネー・カネー姉妹は引き続きエステ店を経営してもらう。
「ガリペラは逃げたようですが、ジャガ男爵は拘束しました。どう致しましょう」
「彼には重要任務がある。この自治領のキラーコンテンツ、カレー屋の経営だ!」
マドギーワは胡散臭そうな目で俺を見た。