17-9話
「何これ!」
グレー商会の女性向けエステ店『エステ ダックスフント』の店員が手にしているのは『エステ ワイルド・キャット』という大規模エステ店が近日オープンするというチラシ。その新店舗は明らかにこの店のライバルになりそうだ。
「なんて馬鹿なことを。この自治区でグレー商会に対抗する店を出すなんて。彼らの怒りに触れると商売どころじゃなくなるのに」
現在、『エステ ダックスフント』の店長をしているのは近所で評判の美人双子姉妹、マネー・カネー姉妹だ。この姉妹は元冒険者であり、冒険者を引退した後、この自治区にエステ・化粧品店をオープンした。
女性であっても、普通は冒険者を続けるうち筋肉質になるため女性らしい体のラインは失われ、肌は日に焼け小麦色を通り越し浅黒くなる。また、服装も動きやすさ優先で、おしゃれとは程遠い生活をしている場合が多い。そんな女性冒険者達は一般的にアマゾネスと呼ばれていた。
しかし、マネー・カネー姉妹は冒険者であっても美しさを忘れず、可愛らしく美しいままであった。そのためアマゾネス達にとってのちょっとした憧れとなっていた。姉妹は自分達のノウハウを生かすため、引退後、女性冒険のための店を作ったのだ。
しかし、この店も多分に漏れず、グレー商会に買収されてしまった。開店早々大人気の店だったが、開店資金の一部として借りていた銀行の利子が思いの外高く、借入金を返済できなくなってしまったのだ。当然、銀行にはグレー商会が関わっていた。
経営者であった姉妹は、いまでは単なる雇われ店長と店員にすぎない。それでも、いつかこの店を買い戻そうとしていた。そのため、無理な条件のエステチケットやシャムキャットブランドに類似の化粧品などを売り、必死に利益を上げようとしていた。
「マネー姉さん、どうするの? グレー商会本部に行って新しい店を潰してもらうの?」
「いくら私達のライバルになりそうな店だからといっても、そんな事はしたくないわ。そもそも、私達に関係なく、グレー商会が新しい店の邪魔をしに行くことでしょう」
「そして、最終的には私達の店のように乗っ取られるのね。可哀想に」
妹のカネーは当時の事を思い出しながらうつむいた。
「しかたないわよ。ここは、ダンジョン自治区。騙された人が馬鹿なのよ」
姉のマネーは諦めたようにそう言った。
「私、行ってくる! だって、店はまだオープンしてないでしょ。この街でオープンするのは、やめた方がいいって言ってくる。今ならまだ被害が少なくて済むと思うの。私達みたいな悔しい思いをする人達をこれ以上増やしたくないの」
妹のカネーはそう言って出て行った。新規オープンするあのエステ店に行くのだろう。姉は妹が出て行った扉を心配そうに見つめていた。
◇ ◇ ◇
街外れにある倉庫のような建物の前に来た。
「地図に書いてある場所はここね!『エステ ワイルド・キャット』。まだ店の扉に紙が貼ってあるだけだわ。外側の工事はまだやってないようね。とりあえず店内に人は居るかな?」
新しくオープンする店は、どうやらこの古い建物を改修して作られるようだ。私はその古い建物の入口にある扉を開けた。中にいたエルフの女と目が合った。
「あー! この女! インチキ女!」
建物の中入るや否や、いきなりそのエルフの女に指をさされインチキ呼ばわりされた。心当たりがありすぎて反論できない。そのエルフの後方から男が出てきた。
「待っていたぞ。お前がグレー商会の刺客だな」
今度は刺客呼ばわりされた。
「ち、違います! 教えてあげようと思って来たんです!」
私は、ここに来た目的を話した。そして、自分たち姉妹が被害を受けた内容についても事細かく話をした。最後に、自分達の力ではどうにもならないので、オープンを諦め早く逃げた方が良いと忠告した。
「マネー・カネー姉妹の受けた被害、そして現状は良く分かった。実は、本気でここに店をオープンするつもりはなかったんだ。ここに開くってチラシを撒けば、グレー商会のやつらが食いつくと思ってね。暴れてくれれば奴らを一網打尽にできるからな」
「ちょっと待って! あなた達っていったい・・・」
「お客様のようだ。その話はまた後で」
私の後ろの扉が乱暴に開けられ、ガラの悪い男達が十数人入り込んできた。私は急いで店の奥の方に逃げた。押し入ってきた奴らの中のリーダーらしき男がこれ見よがしに刃物をちらつかせながら言った。
「こんな所にエステ店なんて作られると迷惑なんだよ」
「なんですか、あなた達は」
私が話をしていた男は、強い口調で言い返した。いつの間にか手に杖を持っている。どこから出したのだろうか。魔術師なのかも。
「俺が親切に忠告してやったのに言っても分からないようだな。まあいいだろう。てめーら、みっちりと教えてやれ」
「「「「ヘイ!」」」」
押し入ってきた男達が一斉に刃物を構えてこちらに向かってきた。やばいです!このままでは確実にあの世行きです!
「スッケさん、カークさんやってしまいなさい」
男がそう言うと、私の後ろの方から二人組の男が出てきて私達を守るように剣を構えた。
「はっ! たった二人か」
「もっと居るぞ。カモーン! 世紀末覇者達よ!」
店の奥から出て来たのは十数人の凶悪な人達だ。
「ヒィー! どっちが悪人なのー!」
こうして見比べると、店に押し入って来た人達の方がかなり善良に見える。そのくらい世紀末覇者と呼ばれた人達は服装も顔つきも悪そのものだ。その世紀末覇者達は、押し入ってきた人達、たぶんグレー商会の手先を一瞬でボコボコにした。それを確認してスッケさんはカード、金色のような虹色のような、とにかくキラキラ輝くカードを取り出し皆に見せた。
「控えおろう! この方をどなたと心得る! 恐れ多くも王の代理人、ダンジョン自治区の領主ヨシオ様なるぞ! 頭が高い!」
ええ!?
「ははー!」
とりあえず、私も皆にならって土下座した。
「良い良い。頭を上げなさい。スッケさん、カークさん、そして世紀末覇者の皆さん、ご苦労でしたな」
「イエス、ボス! ボスが派遣して下さったマスターセバスの指導を受けたおかげです」
「ボスに感謝の祈りを!」
「「「ジークヨシオ! ジークヨシオ! ジークヨシオ! ジークヨシオ!・・・」」」
「良い良い。ささ、彼らを詰め所に連れて行きなさい」
「「「イエス、ボス!」」」
世紀末覇者と呼ばれていた人達は、スッケさん、カークさんと共に押し入ってきた人達を迅速に運び出して行った。詰め所ってどこだろう。
領主ヨシオの説明によると、世紀末覇者達は王から送られてきた助っ人らしい。毎朝セバスチャンの指導の下、ブートキャンプを行うことでかなり逞しくなったと言っていた。ブートキャンプとは何だろうか、気になるが関わってはいけないような気がする。
「ところでこれを売っていたのは君の店だよね」
領主ヨシオから見せられたのは、シャムキャット化粧品をまねたエステ ダックスフントの化粧品だ。
「私達の店で扱っている商品です。でも悪いものではありません! 本当です! シャムキャットの製品と比べれば質は悪いですが、値段も安いですし、普段使いに適したもの・・・いや、本当はわかっています。シャムキャットブランドと間違えて買ってくれることを狙っていました。申し訳ありませんでした」
本当はこんな製品売りたくなかった。私達は単なる雇われ店長でしかない。決定権は何も無いのだ。
「実はあなた達の事は少し調べさせてもらった。グレー商会に邪魔されるまでは非常にまじめにやっていたようだね。そこで、提案なんだけど」
「はい。甘んじて罰は受けます」
どんな罰なのか。できれば、姉の罰は軽くしてほしい。銀行に騙されたのは私なのだから。
「いや、罰を受ける必要は無い。あなた達は加害者であるが被害者でもある。銀行で契約書を調べさせたのだが、明らかに契約内容におかしな個所が幾つもあった。だからあの契約書は無効だ。ちなみに、正しく利息を計算し直したところ、あなた達はすでに借入金を払い終えていることがわかった。店はすでに、あなた達のものだ」
「店は私達のもの・・・本当ですか!」
「ああ、むしろ払い過ぎた利子を銀行から返してもらう必要がある。そして、提案というのは商売のことだ。実はアマゾネス・・・女性冒険者達からエステ店を充実させてほしいとの要望出ている。具体的にはエステの予約が取れないといってアマゾネス・・・女性冒険者が暴れてギルマスが困っているんだ。この際、店を拡大して、ついでに本物の『シャムキャット』ブランドの製品を扱いたいと思わないか?」
「店の拡大は出来ると思いますが・・・」
何を言っているのかこの人は? 男だからエステや化粧品業界の事は分からないのかもしれない。この業界、いくら権力やお金があってもどうにもならない事はあるのです。
「・・・『シャムキャット』ブランドの製品を扱わせて頂けるならこんな嬉しいことはありません。この業界の人間であれば誰もが一度は夢見ることです。『シャムキャット』は世界的に有名なブランドですから。でも、いくらヨシオ様が領主と言えど無理です。『シャムキャット』はシャム姫様の個人的なブランドです。販売する権利を得るだけでも多くの審査があると聞いたことがあります。また最終審査は姫様と直接話をするらしいです。元冒険者の私達じゃとても無理です。そもそも書類を受け付けてもらえるかさえ怪しいです。せめて、姫様との面接にさえこぎつければ・・・」
「やってみれば?」
「だから無理ですって! お金や権力があっても意味は無いのです! 必要なのは美に対する情熱と、美を実現するための技術です!」
「でも両方持ってそうだけど。冒険者の時でさえ美人姉妹だったんだろ」
「だから無理ですって! 貴族でない私達では無理なのです! 私達は子供の頃から美を磨いてきたわけではありませんから。冒険者だった私達と貴族では美に対する考え方が異なるのです」
「そうなのかな? じゃあ、良く分からないけど、まずは直接会って話をすればいいじゃないか」
「だーかーらー、それが出来れば苦労はしないと・・・」
「いま時間があるから話なら聞くけど」
背後から急に声を掛けられた。振り向くとそこには美しい女性が立っていた。
「えええーーーー!シャム姫様!?」