17-5話
「ふざけるな! お前達、ここをやめたらこの街では生きていけないぞ! 分かっているんだろうな」
グレー商会の幹部であるアクドーイ支部長は机を蹴りとばしながら怒鳴った。
「俺達はうんざりしたんだ」
「後で冒険者に仕返しされるのはまっぴら」
「命には代えられないです。お世話になりました」
スッケ、カーク、ロクベエの三人はそう言って足早にグレー商会の事務所から出て行った。残されたアクドーイ支部長は怒り心頭だ。
「新しく来た領主が邪魔をしたのは分かっているんだ。ダンジョン自治区で一番偉いのは俺達だと言うことを教えてやらねばなるまい。おいデーゴと占いババア!」
「「お呼びでしょうか」」
魔術師のような服装をした男と女が音もなくアクドーイの前に現れた。
「仕事だ」
◇ ◇ ◇
「今日は朝から全然客がこないな。昨日、売り過ぎたのかな。それにしても・・・」
今日のコンビニは、昨日の事が嘘だったかのようにひとけが無い。店の前の人通りは多いのに誰も店に入ろうとしない。それどころか店に近づくのを避けているようにも見える。そこにロクベエがやってきた。
「おやっさん・・・」
「おお、ロクベエじゃないか。元気でやっているか?」
ロクベエは元ラクダドール商会の社員。以前、うっかりグレー商会の口車に乗って転職したのだ。
「おれ、グレー商会をやめてきました。そ、それよりも、大変なんです! 変な奴らがこの近くで無料占いをやっているんです!」
「それが何か問題なのか? 占いぐらい好きにやらせればいいじゃないか」
「俺も占ってもらったんですけど、そうしたらここのコンビニには呪いがかかっているって言うんです!」
「なにぃ! 呪い!? そんな事ありえない! ここでは一般的なものしか扱っていない。呪いの品なんかあったら、逆にそれは呪術師に高く売れる貴重品だ。こんな所で売っているわけがない!」
ラクダドールはロクベエから店の場所を聞きだし、すぐに向かった。場所はすぐに分かった。店の外には行列ができている。ラクダドールはその人垣の中にラグの姿を見つけた。
「ラグ! どうしたんだ!」
「あ、おとうさん。ここの占い当たるらしいのよ。ちょっと、色々と占ってもらおうかなんて思っちゃったりして。無料だし。てへへ」
いつの時代も女子はめざとい。
「ちょうど良い。俺も付き添わせてくれ」
「えー、そんなに私の事が心配なの? まあ、いいわ」
しばらくしてラグの順番となった。ラグとラクダドールは分厚いカーテンを開け、部屋の中へと通された。若い男と老婆がおり、そして机の上には水晶玉が置いてある。典型的な占いの館って感じだ。
「ようこそ、このグレー占いの館へお越しくださいました。私は占いババ様の助手をしているデーゴと申します。本日は開店記念として特別に無料で占います。知りたい事、困っている事など何でもどうぞ」
華奢でそれでいて理屈っぽそうな男は、さわやかな笑顔でそう言った。
「占ってほしいのは娘の事です」
「そうなの、実は・・・」
「ちょっと待ってください。せっかくなので当ててみましょう」
ラグがしゃべっている途中で男が遮った。目をつむり自分の眉間に指を当てた。そしてゆっくりとしゃべり始めた。
「あなたは、最近、困っていることがありますね」
「ど、どうしてそれを! そうなの、とても困っているの。折角都会に就職したのにまた田舎に転勤になりそうで心配なの」
「ふむ、そうでしょう。他にも・・・異性の事、お金に関する事、そして美容に関する事でもお困りではないですか?」
「そうなの! そうなのよ! 結婚相手どころか恋人も見つからない、最近少し良くなってきたけど実家は依然として借金だらけで私が就職して仕送りしている状態、そしてお肌の調子が悪いの! すごいわ! どうしてわかったの!?」
「あなたが入ってきた時のオーラで分かりました。私達はオーラを見ることができるのです。オーラを見ればその人の過去、現在そして未来がわかるのです」
「すごーい! でもさっき目をつむってましたよね」
「め、目で見ているわけではありません! 体全体で感じているのです。その人が持つエキサイティングでビビッドなコンプライアンスをルビーオンレールズするのです」
「良く分からないけど、すごーい!」
ラグは本当に感心しているようだ。そのやり取りをラクダドールは慎重に見ていた。これまでのやり取りはかなり胡散臭いが、盛り上げるためのエンターテイメントかもしれないので一概におかしいとも言えないと考えていた。
「どうやったら問題を解決して幸せになれるのかしら」
「なに、私達に任せて頂ければ安心です。占いババアがあなたのオーラを読み取り、それぞれの解決策を授けます。よろしくお願いいたします、ババ様」
老婆は無言で水晶玉に手をかざした。すると水晶玉がほのかに輝き始めた。
「うわぁ!!!」
ラグは感嘆の声をあげながら水晶に見入った。ラクダドールは相変わらず慎重に様子を伺っている。本当に輝いているのか、演出なのか分からない。
「・・・なるほど・・・」
老婆がそう言うと光は徐々に弱くなり、やがて元の水晶玉に戻った。
「ふむ、まずは仕事の件じゃ。しばらくはこの街で努力し業績を出すことじゃ。やがてそなたの業績が認められ城に戻ることになるじゃろう」
「本当! やったー!」
ラグはその場で跳ねながら喜びを表現している。よっぽど都会に憧れていたのだろう。
「異性の件じゃが、ここを出て西に100メートル行ったところで良い出会いがあるじゃろう。お金に関しては、ここを出て東に150メートル行ったところで解決できるじゃろう。それから、美容に関する事はここを出て北に70メートル行ったところで解決できるじゃろう」
「本当ですか! この後、早速行ってみます!」
「うむ、善は急げじゃ。そうするが良い。あと、そこに行くなら御利益のある札があるぞ。残念ながらこちらは有料じゃがのう。しかし、お前さんは見どころがある。本来ならあ10万HPDするところじゃが、なな、なんと1万HPDで売ってやろう。九割引きじゃ」
「九割引きなんて! 買います! 買わせてください!」
「ちょっとラグ、よく考え・・・」
「素晴らしいです、お嬢様。さあ、こちらが本来10HPDの札です。現地に行ってそれを使って下さい。御利益があるはずです」
男はラグに札を渡し、金を受け取った。ラクダドールは止めようとしたが、欲に目がくらんだラグは聞き入れようとしなかった。
「この地図に先ほど占った場所が記載してあります。他にも良いオーラを得られるラッキーパワースポット、逆に近づくと不運となる呪いのスポットなども記載してあります」
そう言って男はラグに地図を渡した。
「近いところからね! いや、遠いところからかしら?」
ラグは地図を手に取り、すぐに外に駆け出して行った。
ラクダドールが占いの館を出た時にはラグはすでにいなかった。ラクダドールはコンビニへと帰りながら考えた。特におかしな事はなかったし、コンビニの邪魔をするような言動も無かった。最後のお札は想定外だったが、初めから1万HPDと考えれば、そして彼らの人件費と考えれば、無理強いもしていないし非難できるほどでもない。ロクベエはいったい何を聞いたのだろうか。
ラクダドールは相変わらず客の居ないコンビニへと帰って行った。