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17-1話

「うわぁ」


 ラグがそう言ったきり無言になっている。ここはダンジョン自治区の入口にある始まりの街。その中心部から少し外れたところにぽっかりと出来ている謎の森。砂漠の中のオアシスのようだ。そして、その森の前に設置されている巨大な門の内側に目的地があるようだ。『うさぎのしっぽ亭』を引き払い、マドギーワにうまく押し付けられ買ってしまった豪邸へ引っ越ししているのだ。引っ越しといっても、皆、手荷物しか無いのだが。


「広いのにゃ」


「広いの」


 ミキティとミミちゃんもその広さ感動しているようだ。敷地面積は東京ドーム10個分。いや、地方出身なんで東京ドームに例えられても良く分からないのだが、きっとそのくらいの広さのはずだ。この付近だけなぜか青々と森が広がっている。その中にヴェルサイユ宮殿っぽい異様に豪華な二階建てのお屋敷が鎮座しているのが遠くからでもはっきりと見える。


「あれみたいね。ここに貴族の宮殿があるのは知っていたけど来たのは初めてよ。何なのよこの森は。ここだけダンジョン自治区と気候が違うの、世界が違うの? そしてあの豪華な建物は何。王城よりも豪華に見えるわ。本当に入っていいの? まさか私を貴族に売ろうなんて考えてないでしょうね! いくら私が美しいからといってひどいわ!」


 ラグは明後日の方向の妄想をしているようだが無視しておこう。開いていた門をくぐり森の中をしばらく歩き屋敷の前まで来た。俺達にタイミングを合わせたように屋敷の大きな扉が開いた。


「お帰りなさいませご主人様」


 中にはダンディーで渋い男が居た。一見すると普通のじいやに見えるが、何故か只者ではないオーラを感じる。


「私、ここの屋敷の管理を任されておりますセバスチャンと申します」


「この屋敷を押し付け・・・購入したヨシオだ。よろしく頼む」


「城の財務局所属で、現在は領主ヨシオ様担当のラグドールよ」


「ミキティなのにゃ」


「ミミちゃんなの」


「皆様、よろしくお願いいたします。お話は冒険者ギルドのマドギーワ様から聞いております。こちらにいるのが皆様のお世話をするメイド達です。他にも庭師、料理人がおります。何なりとお申し付けください」


 部屋数は二十室くらい。建物の大きさに比べ少ないが、一つ一つの部屋が豪華。これが2億HPDなら安いと思えてきた。たぶん金銭感覚おかしい。


 二階の奥の最も広い部屋に俺が、その手前の部屋にラグドール、その向かいにミキティとミミちゃんが入ることになった。皆、それぞれの部屋に入り内部を確認している。


「おーほっほっほっほ! ごきげんよう。わたくしがショコラの妖精・ラグドールちゃんですわ。皆様、ひれ伏すが良いですわ」


 ラグの部屋からおかしなテンションの声が聞こえてきた。貧乏暮らしだったのに慣れない貴族の豪華な調度品に囲まれてしまい悪役令嬢にでもなったかのようだ。しばらくそっとしておこう。それにくらべ、ミキティとミミちゃんは落ち着いている。


「とても落ち着くのにゃ。ここなら敵に攻撃されても安全なのにゃ」


「お家に戻ったような気分なの」


 二人とも、いや一人と一匹は豪華な天蓋付きベッドの下に潜り込み、目をギラギラさせながらベッドの外を見ている。まるで軒下に隠れている猫のようだ。気に入ったのなら何よりだ。


 しばらくして、ラグのテンションが戻ってきたので俺の部屋で打ち合わせをすることにした。


「それでは第一回ダンジョン自治区改善計画会議を開催します」


「「「パチパチパチ」」」


 テーブルの上には高そうなクッキーとチョコレート、そして香りの良い紅茶が置かれている。お嬢様のお茶会か。ミキティとミミちゃんが美味しそうに食べている。


「緊急で行う事業は三つある。植樹とサソリの養殖、それから中央部へ向かう道路の整備だ。そのための拠点として、この屋敷を購入した」


「はいはいはーい!」


「ラグさん発言をどうぞ」


「植樹はこれまで何度も行いましたが、せっかく木を植えても砂漠ウサギに食べられてしまいます。さらに雨が降らないので植物を植えても育ちにくいです」


「そうだろうな。そのために対策を考えた。俺の計画を聞いてくれ」


 植樹ではなくタネを植えるのだ。乾燥に強く成長の早いマメ科の植物。そのタネと少量の砂を保水力のあるスポンジのような物体で包む。その包んだタネを地面に埋め、最後に拳程度の大きさの石を載せる。これは故郷で聞きかじった緑化方法の一つだ。


「石を載せる意味が分かりません。むしろ発芽の邪魔になるのではないでしょうか」


「ラグの意見はもっともだ。しかし、これには重要な意味がある。石を載せることで自動的に散水が出来るのだ」


 理屈はこうだ。砂漠は日が昇っている間は暑いが、朝方はむしろ寒い。陸地は温まりやすく冷めやすい性質のせいだ。一方、海の水は温まりにくく冷めにくいため一日を通しての水の温度変化は小さい。


 このため、朝方、日が昇ると同時に陸地が温められ上昇気流が生じ、そこに海上の湿った空気が流れ込む。これがダンジョン自治区の海沿いで霧が毎日発生する原因だ。そして、この霧が地面に置かれたまだ冷たい石に触れると結露して水になり、そして石の下に流れて集まってくるのだ。その水はスポンジに浸み込み植物に吸収されることになる。


「というわけだ。ラグには良さそうなマメ科のタネと、スポンジっぽい保水し易い物質を探してほしい」


「そっちは分かったわ。試してみる価値はありそうね」


 ラグには意図が通じたようだ。しかし、一人と一匹はお菓子を食べて紅茶を飲んで気持ちよさそうに寝ている。


「一方のサソリの養殖って何よ」


「もちろんサソリはここで採れる数少ない美味しい魔獣だから増やして食べるのが第一の目的だ。だが、サソリは乱獲され数が減っている。砂漠ウサギの天敵でもあるサソリが減ったせいで砂漠ウサギは数が増え、植物を食い荒らし、そして砂漠化が進行している。だからサソリを増やす必要があるのだ」


「わかったわ。具体的には何をするのよ」


「サソリ保護区を作る。そして、ダンジョン自治区の中央へ行く道路はサソリ保護区の中に造る。植林も保護区内のその道路に沿って行う」


 つまり、せっかく植えたマメ科の植物を砂漠ウサギに食べられないよう、その付近で天敵のサソリを養殖して増やす。その作業を行うため冒険者を雇うのだ。


 そして植林が完成したら、その草木の中を通る道路も完成することとなる。草木は防風林にもなり、砂で道路が埋もれることを防ぐだろう。草木が作り出した日陰では人間や動物が休むことができるだろう。


「でも馬が通れるようになるためには、途中に水場とか馬の餌を食べる場所とか必要になるわ」


「ああ、しばらく馬車は無理だろう。そこで、当面は別の方法で移動してもらう」


「別の方法?」


「自転車だ」

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