16-10話
「アカシックレコードは全世界、全宇宙の出来事や知識が過去から未来まで記録されているデータの集合体。常識よ、常識」
ラグがここぞとばかり得意げな態度で説明した。ムカつく。
「アカシックレコードのデータはクラウド上にあるのにゃ。バックアップ用のデータセンターは世界中にあるのにゃ」
クラウドなんだ。バックアップも完璧なんだ。ミキティも見かけによらず詳しい。システム構造まで知っていた。
「かつて賢者は精神集中により脳の一部を活性化し、アカシックレコードを読みに行ったらしいわよ」
「今は魔動携帯を使うのにゃ。専用のアクセスポイントを通じてクラウド上のデータにアクセスするのにゃ。接続料はかなり高いけど高速なのにゃ」
今はお手軽なんだ! そしてとても親近感のある仕組みだ。
「現在、アカシックレコードから知識を引き出しているのは主に賢者の子孫達。でも、そいつらは役立つデータをほとんど引き出せてないの。かつての優秀な賢者と区別するためスマホ世代と呼ばれているわ」
異世界も俺の故郷と似たような問題を抱えているようだ。
「ちなみにスマホ世代の別名はググラーなにょだ。また、スマホ世代同士の会議ではググれカスが合言葉らしいのにゃ。意味は良く知らなにゃい」
ミキティ、それは合言葉じゃ無いような気がするよ。それよりも、その情報をどこで手に入れたのだろうか気になる。
「賢者のレベルによってアクセスできるデータ範囲が異なり、規制だらけのレベル1から規制無しのレベル10まであるらしいわ。ちなみにスマホ世代は全員レベル1よ」
「レベル1は変人の集まる某地下掲示板や見栄っ張りが集合する写真サイト、あるいはバカ発見器と呼ばれているつぶやきサイトしか読めないのにゃ。そしてそれらの内容をろくに確認もせずコピペするのがスマホ世代なのにゃ。あいつら、本当にバカなのにゃ。猫獣人の長老はレベル3だからkiwiペディアが読めるのにゃ。でもkiwiペディアも嘘情報が多いから注意が必要なのにゃ」
「ありがとう。アカシックレコードに関連する設定がかなり斬新なのが分かったよ。ていうか、ミキティって理系大学卒?」
「長老に寺子屋で教えてもらったのにゃ。猫獣人はマウスの扱いが上手いから賢者に向いているらしいのにゃ。今、うまい事言ったのにゃ」
猫獣人の国の教育レベルがよく分かりません。
とにかく、教えてもらった情報から推測すると、剣に刻んであった文字『明石区レコード店』は『アカシックレコード レベル10』を意味しているのかもしれない。腕の再生方法なんて故郷でも実現できていない。これはかなり高度な情報のはずだから。
◇ ◇ ◇
「今月に入ってから二人も行方不明だぞ。どうなっているんだ!」
ここは以前ヨシオ達が立ち寄った派遣会社。タキシードを着たちょび髭の小太りの親父はグレー商会の幹部であるアクドーイ支部長だ。彼は机に拳を叩きつけた。報告にきた部下のロクベエは震えあがった。
「親分の言う通り、ダンジョンと始まりの街の間を冒険者の格好で往復し、困っている冒険者を見つけたら治療や食事で恩を売ってこの派遣会社に連れてきてたんだ。でも二人とも交代の時間になっても街に帰ってこない。連絡がつかなくなったんだ」
どうやら奴隷を確保するためのスカウト人員が二人行方不明となっているようだ。
「誰か探しによこしたんだろうな」
「ええ、ダンジョンまで探しに行ったんだ。でも居なかった。通り道でも会わなかった」
「全くどいつもこいつも! どうせ酒場で酒でも飲んで寝ているんだろ。それから親分じゃなく支部長と呼べ! とにかく獣人奴隷が必要だ! 怪我をしていたあの猫獣人でさえも高く売れて、今は獣人在庫はゼロだ! 商機を逃しちまうだろうが! 今すぐ代わりのメンバーに担当させて獣人を確保しろ。お前も行ってこい」
「わかりました親分!」
「支部長だ!」
ロクベエは派遣会社の事務所を出て大通りのラクダドール商会へと向かった。ダンジョンに行くための食料を準備をするためだ。通常は魔獣に車を引かせる魔獣車を使うのだが、ケチなアクドーイ支部長はそれを許さなかったため歩いていく必要がある。途中で食事休憩は必修だ。
「そうだ、もうラクダドール商会の社員じゃなかったんだ。でもグレー商会の商品は高いし。他の店で買うか」
ロクベエは元ラクダドール商会の社員。金に釣られてグレー商会に転職したが、あまりの劣悪な労働環境と酷い仕事内容に早くも嫌気がさし始めていた。ロクベエは街で安い魔獣の干し肉などを買い、すぐに近隣のダンジョンへと出発した。
この始まりの街はサバンナの端にある。ここからダンジョンまでの間は砂漠だ。砂漠と言っても砂丘のような砂砂漠ではなく、赤茶けた岩山や岩石が広がる大地だ。小さな草が時々生えているが、大きな草木はほとんど生えていない。
ロクベエは赤茶けた砂漠の中を歩き始めた。しばらくすると正面から小さな子供が歩いてくるのが見えた。猫獣人の少女のようだ。一人旅なのか、仲間とはぐれたのか。背中に大きなリュックを背負っている。ロクベエは派遣社員にスカウトしようと少女に声をかけた。まずは仲良くすることが大切だ。マニュアルによると、怪我を治してやる、あるいは食べ物を渡すなどが良い方法らしい。
「大変そうだね。一人で歩いてきたの?」
「お腹空いたの。ペコペコなの」
「食べ物ならあるよ」
ロクベエは自分のリュックから食べ物を入れた袋を出した。万が一のため食料は多めに用意してある。少しくらい分けても問題無い。一切れの干し肉を取り出しパンにはさんだ。
「ほら、食べな」
ロクベエは干し肉パンを少女に渡そうとした。その瞬間、何故か殺気を感じ、手に持った干し肉パンを手放してしまった。次の瞬間、少女が背中に背負ったリュックが巨大な口と舌を持つ怪物となり干し肉パンを一気に食べた。
「ギャー! ミ、ミミックだ!」
ロクベエは食料の袋を放り出し、始まりの街の方へと逃げて行った。
ミミックは宝箱に擬態する魔獣。ダンジョンでは良く見られる。宝箱と間違えて開けようとすると食われてしまうが攻撃力自体は低い。ミミックは環境に適応して進化するためその種類は多く、中には手足を持ち自分で歩ける種類もいる。このミミックは人形(猫獣人)を作り背中に乗って移動するタイプ。なので本体は背中に背負ったリュックだ。
この猫獣人型ミミックはロクベエが残していった食料を全て平らげた。そして何事もなかったかのように普通のリュックに戻った。そこにいるのは可愛らしい猫獣人の冒険者。しかし顔をしかめていた。
「ごちそうさまなの。でも不味すぎるの。肉は塩とスパイスが足りないし加工時の鮮度が悪くて生臭いの。パンは硬くてパサパサで味が無いの」
グルメな猫獣人型ミミックは始まりの街に向かって歩き始めた。