16-4話
「だから、どうしてお前なんだよ!」
「お前じゃないわよ、ラグドールよ! 喜びなさい、特別にラグと呼ぶことを許すわ」
シャム姫達と別れ馬車に乗り込んだのに、その馬車の中には城の財務局のラグドールがすでに乗っていた。しかも、なぜか高飛車だ。
「それでラグ、どうして馬車に乗っている」
「上司から命令されたからに決まっているでしょ。グルメ勇者ヨシオに同行しろって。全く余計な仕事だわ」
「グルメは余計だコスプレ女! それで、あの辺りの地理に詳しいのか?」
王が付けてくれた補佐はラグドールのようだ。となると、道案内役だろうな。
「先月まで自治区入口にある始まりの街に住んでいたんですよ。自治区内も親の仕事について何度も行き来しました。うちの親、儲からないのに商会やってるんですよ。でもあのあたりはガラの悪い冒険者=筋肉バカが多いし、魔獣はいるし、メシはマズいし、ろくな店は無いし。あと、商会での私の扱いは悪いし、イケメンは相手にしてくれないし」
「自分のところが商会なのにろくな店がないとはいかに。あと、お前の扱いとイケメンの件は本人の問題かと」
「うるさいです。とにかくあそこはろくでもない地域なのです。だから私は血の滲むような努力をし、一生懸命勉強して憧れの王城勤務を目指して頑張りました。公務員採用試験を何度も受け何度も落ち。やっと先月合格して城の財務局勤めを始めたばかりなのに・・・また未開な地域に逆戻り。あなたのせいよ!」
「ま、いいじゃないか。未開な地域でも。公務員なのは変わりないし」
「良くありません! 今回、私の大活躍が認められて未開な地域に異動になったらどうするのですか! 先月、親にも友達にも見送られて泣きながら別れの挨拶をしたばかりなのに何て言えばいいのよ! 憧れの王城勤務を返して!」
ラグが涙目でこちらを睨んでいる。でも大活躍するのが前提なんだ。
「最終的な目的地は始まりの街じゃなくて、自治区内だから。親ともそんなに会えないと思うから大丈夫」
「もっと悪いです!」
魔動馬車は始まりの街に向かってひたすら進むのであった。
◇ ◇ ◇
「水の都ベネ茶です。ここで少し休憩しましょう」
運転手はそう言って魔動馬車を停めた。俺はラグと一緒に馬車を降りた。目の前に広がるのは中世の街並み。ベネ茶は河口に形成された街。街中に水路が張り巡らされ手漕ぎ船で観光客が移動しているのが見える。浅い水路ではマラソン大会が行われているのか、中年オヤジ達が水しぶきを散らして激走している。
「ダンジョン自治区は砂漠が広がっているのに、その手前のここは水が潤沢なんだな」
「自治区は海に面しているし、雨が降らないわけじゃないのよ。むしろ朝は必ず霧雨が降るわよ。だけど、何故か草木はあまり生えないの。砂漠を過ぎればサバンナ、その奥は熱帯雨林なのに。不思議だよね」
特殊な気候なのか、それとも地質に問題があるのか。霧雨が降るなら草木を育てられる可能性がある。うまくいけば野菜も収穫できる。いずれにせよ現地での調査が必要だ。
休憩した後、再び魔動馬車は進み始めた。しばらくすると景色は砂と岩だらけになった。夕方には始まりの街に到着した。この先は本格的な砂漠なので馬車は使えない。魔動馬車は俺達を下ろし、城へと帰って行った。
目の前には西部劇に出てきそうな木や泥を固めたレンガでできた建物がいくつも並んでいる。発掘された遺跡を売る店、冒険者用の武器を売る店、携帯食料を売る店。しかし、どこも砂埃が舞い、謎の草が風に吹かれ転がっている。そこそこ大きな街のようだがおしゃれ感は全く無い。見渡す限り砂だらけ。ラグが逃げ出したくなるのもわかる。
「冒険者ギルドを探すぞ。ギルドマスターに挨拶して冒険者カードを作れってシバが言っていたからな。ラグは冒険者カードを持っているのか?」
「ま、まあ、一応持っていますよ。父の商会の関係で必要だったから。でも女だし冒険者なのは形だけですよ。あ、そこの左にあるのが冒険者ギルドです」
そう言って、ラグは俺の後ろをコソコソとついてくる。確かに先月見送ってもらったばかりでは、知り合いに会うのが恥ずかしいだろう。少し申し訳ない気持ちになった。
冒険者ギルドの扉を開けると正面に受付があった。右の方には酒場があり、お約束通り顔つきの悪い奴らが酒を飲んでいる。俺に絡んでくれるだろうか。
「すいません、ギルドマスターにお会いしたいのですが」
受付に居たのは可愛らしいピンク髪のおかっぱ女性。猫獣人やキツネ獣人ではないようだ。そんなの居るかどうか知らないけど。
「はい、お名前を教えてください」
「ツツゴウ・ヨシオと言います」
「後ろの方はお連れの方ですか? お名前を」
「連れではありませ・・・」
「なに恥ずかしがっているんだよ。こいつはラグドールと言います」
「ラグドール! もしかして、ショコラな妖精・ラグドールちゃん!? 帰って来てたの? ていうか何その金髪だてメガネ。都会ではコスプレが流行っているの?」
別人の見間違い? 二つ名があるくらいラグは有名なのか? しかしショコラな妖精はないわぁ・・・
「あー、もう! ラグドールですよ。今日はお仕事で立ち寄っただけです。早くギルマス呼んで。それからショコラな妖精って呼ぶのはもうやめて!」
「小さい頃からあなたがそう呼べって言っていたじゃないの」
二つ名は本人による強制のようだ。これは恥ずかしい。そこに酒を飲んだ冒険者が近づいてきた。
「お前らダンジョン自治区へようこそ。まずは俺達が歓迎してやろう。ぐへへ。さあ、お嬢さんと一緒にこっちに来い」
お約束のイベントがキター! ここでピンチになると次期ヒロインが助けに来る、あるいは受付の可愛らしい娘が仲介に来て、いずれにせよ仲良くなれるイベントが生じるはずだ。根拠はラノベ。
俺達はとりあえず冒険者に連れられ、奴の仲間達が酒を飲んでいるテーブルまでついて行った。
「「「「「ショコラな妖精・ラグドールちゃん!お帰り!」」」」」
冒険者達に本当に歓迎された。何コレ?
「食べて食べて! ほらこの串焼きも美味しいよ」
「何言ってるんだ! そんな汚物のような肉を妖精が食うわけないだろ」
「汚物は消毒じゃぁああああ!」
「そんな肉、酒に漬けたくらいじゃ消毒されねえよ」
「そうか、じゃ俺が食おう! マズい!」
「自治区に美味い肉なんてあるわけないだろ、ガハハハ」
「はい、じゃあ城都で仕入れたチョコレート」
そういって、袋入りのチョコレートをそれぞれもらった。完全に子ども扱いだ。ラグは顔を真っ赤にしている。
「ひ~、もうやめて!」
そう言って受付の方に逃げて行った。その後も酒場にいる冒険者の方々から熱い声援が飛んでいる。愛されているなぁ。
そろそろギルドマスターが会ってくれるようだ。声援に追い立てられるように、俺達は部屋の中に案内された。
「ギルドマスターのマドギーワです。よろしく」
筋肉ムキムキの男かと思ったら、中に居たのは普通の冴えない事務官。はっきり言って弱そう。なぜ彼はたった一人でここに!ドラマになりそうなくらい似合わない。
「ツツゴウ・ヨシオです。こっちは、ご存知かと思いますがショコラな妖精・ラグドールちゃんです」
「も、もういいから、ちょっとした子供時代の出来心、黒歴史なのよ!」