3丁目の中学生 カイト
僕の妹は、1年ほど前から勇者をやっている。
まだ小学生だというのに、魔王討伐の旅をしながら魔物退治をしていたらしい。なんでも、たくさんの能力を持って異世界に転移したみたいで、戦闘には困らなかったとか。
ネットでよく異世界系ファンタジー小説を読むけど、いわゆるチートってやつだ。
しかも、国王を土下座させたとか、魔王に溺愛されているとか、討伐隊メンバーからは陰で小悪魔と呼ばれているとか、いろんな話を耳にする。その業界ではかなり有名な勇者だ。
先日学校の友達に見せてもらった、『月刊勇者』の特集“国内勇者人気ベスト100”には、うちの妹が割と上位にくいこんでいた。我が妹ながらとても誇りに思う。
妹は同じ年の子と比べると背が低いほうで、艶のある黒髪ロングストレートに大きな瞳がくりくりとした、とても可愛らしい色白の女の子だ。ちょっと達観したような物言いをするけど、見た目に反してそんな感じだから、僕の友達なんかは「ギャップ萌え」とか言っている。
妹は幼稚園の頃から男の子によくモテた。身内が言うのもなんだけど、かなり可愛い。男の子が興味を抱かないわけがない。今も、変な虫がつかないように、僕はなるべく登下校を一緒にしている。妹も僕に懐いていて、二人の仲は良好だ、と思う。
そんな可愛い妹が、人間だけではなく魔王にまで好かれるとは。
しかも、月に数回自分の元へ呼びつけている。妹も最初は誘いを無視していたけど、次第に魔王の機嫌が悪くなり、それがあっちの世界に悪影響を及ぼすとかなんとかで、魔王の誘いを受けないといけないことになった。正直ムカつくし気分が悪い。異世界の魔王じゃなければ警察に通報しているところだ。
この前リビングで本を読んでいた妹に、「魔王に溺愛されてるってほんと?」と心配して聞いてみたら、心底どうでもいいという感じで「さあ」と、妹は本から視線を上げずに無表情で答えた。
小学6年生の女子って、もっとこう色恋沙汰に興味があるのかと思ったけど、妹はそういうことには無関心だ。兄としてはホッとするけど。
妹は今日も魔王のところへ行ってしまった。携帯に「今日は放課後直接魔王のところへ行くから一緒に帰れない」とメールが入った時は、僕が魔王を討伐してやろうかと思ったくらいだ。まあ、返り討ちにあうだけだけど。
こうして家で妹の帰りを待つだけだなんて…。
もやもやした気分でいると、玄関の方から「ただいま」という声が聞こえた。リビングのドアが開き、妹が姿を現した。
「おかえり!」
「うん。パパとママは?」
「山崎さんとこで集会。遅くなるってさ」
「そう」
「魔王、何の用だったの?変な事されなかった?」
「別に何も。たいした用じゃなかった」
「お腹減ってない?」
「食べてきたから大丈夫。お風呂入ってくる」
そう言って、妹はリビングを出て行った。
いつも通りだ。魔王に呼び出された日は、家に帰るとあんなふうに“時間を無駄にした感“が溢れ出ている。もういっそのこと討っちゃえばいいのに。どうして生かしておくのか、僕にはその理由がわからなかった。
リビングでテレビを見ていると、お風呂上りの妹がやってきて、ソファに腰かけた。バラエティ番組の司会者が、ゲストにツッコミを入れているのを耳で聞きながら、僕の視線は妹に向いていた。妹はテレビの中でどっと笑いが起こる度に、小さな口を綻ばせている。
「なあ、サクラ」
「なに」
「どうして魔王討伐しないの?しちゃえばもう付きまとわれることも無くなるだろ?」
「魔王倒すと、また何年かしたら新しい魔王誕生して、その度に何か月もむこうに行って戦わないとだめでしょ。今の魔王生かしておけば、そんな面倒くさいことしなくて済むし。会いに行くのも月1~2回くらいで1時間程度だし」
「まあ、サクラがそれでいいならいいけどさ。僕としては心配だけど…」
「大丈夫。ほんとに嫌になったら魔族殲滅すればいいし」
「う、うん、そうだね」
「心配してくれてありがとう、お兄ちゃん」
「!うん!」
少し恥ずかしそうにありがとうと言う妹を、可愛いなぁと思いながら、僕は異世界で妹を守ることはできないけど、こっちの世界では必ず守る!と、改めて強く心に誓ったのだった。