3丁目の勇者 サクラ
「サクラちゃーん!」
「よっちゃんどうしたの?」
「一緒に帰ろうと思って!」
「ごめ~ん、今から討伐なの」
「あ、そうなんだ~」
「うん。また明日ね!」
「うん。頑張ってね!ばいば~い!」
友達のよっちゃんの誘いを断り、私は異世界の魔王のところへ直接転移した。
石でできたお城の中はとても薄暗く、等間隔に壁に設けられた穴の中で、橙色の魔法の炎が灯っている。ただでさえ足元が見えにくいのに、石畳がでこぼこしていて余計歩きにくい。
私は、5メートル先まで照らし出せるよう、光魔法の呪文を唱えた。光が広がった瞬間、端の方でカサカサと暗闇へ逃げる何かがいたが、害はないのでスルーする。
広間の中心に、10メートルくらいの細長いテーブルがぽつんと置かれている。何度見ても、この長さの必要性を感じられない。テーブルの両端には椅子が置いてあり、その一つに、誰かが腰かけていた。
見た目は人型の18歳くらい。背が高く、黒髪赤目で肌は青白く、全身真っ黒の服を着ている。よく見るとイケメンだ。
「サクラ、遅かったではないか。我は待ちくたびれたぞ」
見た目にそぐわない重低音の声を広間に響かせ、不機嫌そうな顔をしている。
「ごめん。これでも学校終わってから直で来たんだけどね」
「そうか。悪かったな急に呼び出して」
「別にいいよ。で、何の用だった?」
「うむ。美味い肉が手に入ったのでな。お前と食べようと思って」
「…え?それだけ?」
「む。それだけとはなんだ。この肉はとても珍しいのだぞ」
「ああ、うん、ごめんごめん。誘ってくれてありがとう」
「別に礼などいらぬ。私が愛しい姫と一緒に食べたいと思っただけだ」
彼は魔王。私の討伐対象だ。
なのに、私は彼にめちゃくちゃ好かれている。
彼と初めて会ったのは半年前。
勇者としてこちらの世界に転移して、1年目の暑い季節に魔王城に辿り着いた私は、この広間で彼と対面した。彼は当時からあの見た目だったので、私は「ん?魔王って人型だっけ?」と疑問に思った。
すると彼は、私を見るなり瞬間移動で目の前に姿を現し、「そなたは…愛しの姫君ではないか!」と言った。
その場にいた討伐隊のメンバーは、皆ポカーンとした顔をしてその場にかたまったが、私はいち早く我に返り、この、頭に何か湧いているかもしれない魔王の顔をしげしげと眺めた。どう見ても初対面なんだけど。
勇気を出して「あの~私、姫じゃなくて勇者ですけど?」と言うと、魔王は目をキラキラさせながら、「いや。そなたは私が愛した姫の生まれ変わりだ!間違いない!」と言い切った。
つまり魔王は、こちらの世界で愛した姫は死んで、あちらの世界にサクラとして転生したと、そう言っているのだ。そして魔王は、転生した姫が必ずまた自分の元に戻ってくると信じ、当時の姿のままで待ち続けていたらしい。恐るべき執念である。
だが、私にはその姫としての前世の記憶は全く無いので、「愛する姫」と言われても全然ピンとこない。というか、勇者的にちょっと…いや、かなり迷惑だ。
魔王は瞳をうるうるさせながら、両手で私の手を包むように持ちあげ、「そなたの為なら何でもする」と囁いた。
なので私は、「じゃあ、討たれてください」と言ったのだが、魔王が捨てられた子犬のようにとても悲しそうな顔をし、その場にいた私の味方であるはずの仲間からは、「ひどいっ」「悪魔かっ」と言われた。
討伐しに来たんじゃないのかよと思いながら、「じゃあ今後一切、人間を苦しめるような悪さをしないでください」とお願いしたのだった。
それ以来、魔王はおとなしくなり、他の魔物の脅威も無くなり、この世界に平和が訪れた。今の魔王が居る限り、新たな魔王が誕生することはない。これで勇者としての仕事も終わりかと思ったのだが。
魔王はちょくちょく私に会いたいと連絡をよこし、断り続けると機嫌が悪くなった。それが他の魔物にも伝染して、そいつらの気性が荒くなる。
とうとうこの国の王様から、「勇者殿。魔王のご機嫌取りをお願いします!」と土下座する勢いで頼まれた。そして、魔王のところへ直接転移できる魔道具を手に握らされたのだった。
だから私はこうして魔王の呼び出しに素直に応じているというわけだ。
魔王の従者が料理をテーブルに並べるのを、私はぼんやりと眺めていた。魔王が言っていた肉の料理らしきものが手前に置かれる。なんか指のような形状をした物が皿からはみ出ているのだが…目の錯覚だろうか。他にもいろんな料理が並べられていく中で、ひと際目を引くものがあった。
あ、私の好物のアップルパイがちゃんと用意されている。
10メートル先の魔王を見る。遠すぎて全く表情が見えない。というか、全体的に姿がぼやけて見えるんですけど。声はテーブルの上に乗っている魔道具を通して聞こえてくる。
これ、本当に私が居る意味あるのかね?
首を傾げながらそんなことを考えていると、魔道具から魔王の声が聞こえた。
『どうした?何か気になることでもあるのか?』
「え、なんで?」
『今首を傾げただろう』
見えるのか!すごいな視力!
なるほど。この距離は魔物にとっては遠距離じゃないんだ。
「たいしたことじゃないよ。気にしないで」
『気になる。言ってくれ』
「あ~、うん。えっと、このテーブルの距離だと、人間の私には魔王が良く見えない、みたいな?」
『…そうなのか?』
「まあ、声聞こえるし。たいして困らな…」
「これでどうだ?」
「!!」
テーブルが…縮んだ。
1メートルあるかないかの長さになって、向かいに座る魔王の顔が良く見える。
「そういうことはもっと早く言ってくれ」
「見えなくても別に困らないし」
「…俺はお前に見てほしい」
「…」
いや、そんな切なげな顔されても。
じっと見つめられながら食事をし、食後に少しお喋りをしてから、私は自分の世界へ戻ったのであった。
小学生で、勇者で、魔王から溺愛される女の子。それが私、サクラなのである。