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1丁目の喫茶店 ドルチェ

 最近までこの世界に勇者がいることを知らなかったレイナは、アイカの提案で勇者ムネチカと会うことになった。彼は月刊勇者という雑誌に掲載された人気勇者ランキング1位に選ばれた強者である。

 アイカと同じバイト先に努めるムネチカが一番話を聞きやすいと思ったのも理由の一つだ。待ち合わせは、駅前商店街の裏路地にある喫茶店『ドルチェ』にした。マスターこだわりの豆を挽いて入れるコーヒーが美味しいと評判の店で、アイカ達のバイト先からも近い。


 約束の金曜日の18時に店を訪れると、先にアイカとムネチカが来ていた。店の一番奥の席で二人で楽しそうに会話しながらコーヒーを飲んでいる。ムネチカはただ座ってコーヒーを飲んでいるだけなのに、その所作はとても洗練されていて纏う空気というかオーラのようなものが威厳に満ちていた。


 これが勇者というものなのか。

 レイナは緊張して、自分の胸に無意識に両手を当てていた。


「あ、おねえちゃん!」

「初めまして。アイカの姉のレイナです。いつも妹がお世話になっています」

「どうも、ムネチカです。こちらこそアイカちゃんにはお世話になりっぱなしですよ」

「またまたぁ」


 くすくすと笑うアイカにムネチカは片目を瞑って微笑んだ。意外とお茶目なところのある御仁だ。


「今日はお疲れのところすみません」

「いえいえ。アイカちゃんのお願いには喜んで応えますよ」

「えへへ。ありがとうムネチカさん!」


 お茶目なだけではなく、なかなかダンディな人だった。


「早速ですが、ムネチカさんは勇者ですよね?」

「そうです」

「不勉強でつい最近までこの世界に勇者がいることを知りませんでした」

「アイカちゃんからもそう聞いていますよ」

「宜しければ、勇者について話せる範囲でいいので教えて頂きたいのですが…」

「話すほどの事でもありませんが…そうですね。私が勇者になったのはもう49年前の事です。当時私は無知で非力な高校生でした―」


 ムネチカの語りはレイナを驚かせ心を熱くした。アイカも詳しく聞くのはこれが初めてだったらしく、熱心に耳を傾けている。

 情報が溢れ、小学生でも知識が豊富な現代。何十年も前に勇者デビューした彼の苦労が垣間見れる話だった。

 1時間くらい話し込んでいただろうか。気付けば外は夜の闇に覆われ、街灯が道を照らしていた。


「あ、もうこんな時間ですね。すみません話が長くなりました」

「いえ、こちらこそ遅くまでお付き合いいただきありがとうございました。とても有意義な話を聞くことが出来てうれしいです」

「私も!すごく楽しかったです」

「それはよかった。また何か気になることがあれば、私でよければお答えしますので」

「はい。その時はよろしくお願いします」

「じゃあ、帰りますか」

「「はい」」


 店を出たところでムネチカと別れ、アイカとレイナは並んでアパートの方角へ歩き出した。5月だというのに夜風はまだ冷たかった。


「おねえちゃん、どうだった?」

「うん。すごくいい話だった」

「そうだね。私も勇者本人から詳細を聞くのは初めてだったけど楽しかった」

「勇者って大変なんだね」

「だね。想像以上だった」

「でもどうして私だけ、今まで勇者の存在を知らずに生きてこられたんだろう」

「あはは。普通は気付くんだけどねえ。おねえちゃん鈍感すぎ」


ピンポンパンポン♪


 突然頭上から館内アナウンスの呼び出し音のようなものが鳴り響き、道行く人々が何事かと辺りを見回しはじめる。レイナとアイカもお互いの目を見合わせて小首を傾げていた。


『あー。あー。聞こえますか?こちら異世界2178域アウトクルの案内窓口を担当しているハモンです。この度、2丁目のレイナ様が異世界初の聖女様に選ばれました。今から30分後にアウトクルへの転移を始めますのでご準備ください。宜しくお願いします』


「「え?」」


 レイナとアイカは唖然とその場に立ち尽くしていた。


「レイナさん!」


 さっき別れたばかりのムネチカがレイカたちの元へ駆け戻って来た。


「驚いたよ!聖女に選ばれたみたいだね。30分後に容赦なく転移させられるから急いで家に帰って支度した方がいい。アイカちゃんも手伝ってあげなさい」

「え?え?なんで私…聖女!?」

「おねえちゃん!早く家に帰るよ!」


 レイナの腕を引っ張りながらアイカが走りだす。姉妹の背中をハラハラしながら勇者ムネチカは見送っていた。



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