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悪鬼と妖精姫

 そこは深い、とても深い底だった。

 その果てしない底に、尖った耳をピクピクとさせながら座り込む少女の姿があった。


「はぁ…いつになったら自由にしてくれるのかしら…」


 辺りは真っ暗闇で部屋の大きさが把握できない。唯一の光源は数百メートル上にある円形のみだ。

 その暗闇の中で、彼女の腰まで伸びた金色(こんじき)の髪が柔らかに揺れる。

 母親譲りのその髪はあまりにも美しく、揺れる度に金の鱗粉が舞っているかのような煌きを見せる。

 見目麗しく誰もの目を引く彼女だが、その中でも人を惹きつけて止まないのがその紅玉(ルビー)の瞳だ。

 猫目に映える真っ赤な宝石は彼女の神秘性を高め、男は目が合えば離すことが出来なくなってしまう。


 彼女の名はミリス、妖精の小国カーネルの第4王女だ。

 この訳のわからない場所に軟禁されて半月が経とうとしている。


 妖精の王族の特徴である淡く発光する羽を羽ばたかせながら、彼女はつまらなそうに地面に転がり頬杖を突いた。

 それと同時に、ドレスから豊満なバストが覗く。

 これも世の男を惹きつける一つになっているが、箱入り育ちの彼女は余りに無防備で、隠そうともしない。


 ミリスは自身の美貌にすら気付いていない。何故なら、兄姉(きょうだい)が皆同じ様に、いやそれ以上に美しいのだから。

 さらに兄姉達は自分と違って頭が良く、すでに(まつりごと)にも参加している。

 彼女達にコンプレックスを感じずにはいられなかったが、同時に末っ子として甘えさせてくれる彼女らのことが大好きだった。


 さて、そんな彼女が何故ここにいるのか。

 頭上からこつこつと歩く音が聞こえる。


「ミリス王女、ご機嫌は如何でしょうか?」


「…バイロン軍団長」


 バイロンと呼ばれた男は指で顎を擦りながら、自身に向けられた紅色の瞳を見下ろしていた。

 全身黒尽くめで、目立つ銀髪は刺々しく立てられ、ハンサムと言って良い顔には柔和な笑みが浮かんでいるが、その目の奥には冷えた感情が垣間見える。


「いえ、バイロンお兄様。私はいつになったら出してもらえるのですか?お母様とお父様はどこにいらっしゃるのですか?」


「残念ですが、王女様。王とお妃様は今朝方、国家背任の罪で処刑されました。」


「そんなっ!!」


 ミリスは余りに衝撃的な知らせに全身を振るわせた。

 ミリスの目には、常に人のため、国のために最善を尽くす父と母の姿があった。そんな彼らが背任の罪に問われるのはどう考えてもおかしい。


「なんで、どうしてっ…!!お兄様はっ…お兄様はお止めにならなかったのですかっ!私達をあれほど愛してくださった父と母なのですよ!?」


「愛…?ふん、貴方達はそうでしょう。ですが私は違う。」


 柔和な笑みを酷く歪ませて自嘲気味に語るバイロン。その表情はもはやミリスが知るバイロンではなかった。


「私の肩書きを見ればわかる。兄姉達が軍総督や法務大臣などの重職を任せられる中、私はなんだ?軍団長止まりではないか!」


 総督は戦略や方針を決める権限を持つが、軍団長ではそれらを遂行するための指揮権しかなく、そこには大きな開きがあることは事実だ。

 だがバイロンの若さで軍団長に任命されることは異例のことであり、十分に厚遇されていると言える。


「そんなことで、愛を量れるものですか!少なくとも私はあなたを、尊敬できる兄として慕っていたのに…家族ではありませんか…」


「…家族、家族と鬱陶しい。そうか、あなたは知らないのか。聞きなさい、ミリス。私はあなたとは血が繋がっていない。」


「う、うそ…」


「嘘ではない。私はその昔、カーネルへと攻め入ったハーダイン王国の遺児だ。ハーダインは返り討ちに遭ったが、まだ幼かった私をカーネル王室は保護したのだ。私は…王族ですらなかったのだ。」


 思えば、親や兄姉達の誰とも似ておらず、常にその羽を服の下に隠してきた。

 確かに周りの大臣のバイロンに対する態度はどこか気遣わしげだった。

 ミリス自身は不思議に思う程度で気にせずバイロンに懐いていたが。


「そ、それでもっ!お父様とお母様はあなたを愛していました!バイロンお兄様もそれを感じていたはずです!」


「ええい、うるさいうるさいうるさい!!!!」


 いつも沈着冷静なバイロンが、まるで迷いを振り払うかのように叫び始める。

 すると間もなく、バイロンの身に異変が生じる。その口元から四本の鋭い牙が生え、瞳は真っ赤に染まった。その手には、薄い赤色の刀身を持つ刀が握られている。 

 その背後には、彼に抱きつく女性の姿があった。しかし、それはヒトではない。目はいくつもあり、その下半身には足が8本も付いている。その姿はまるで蜘蛛だ。


 ミリスの顔が驚愕に染まる。それと同時に、今のバイロンがかつての彼とは変わってしまったことを悟った。何かが彼に取り憑いているのだと。


「王女よ…。貴様はまだ他の兄姉同様、生かしておいてやる。改革の成功までもう少しだ。事が成せば、お前だけは妾にでももらってやろう。」


 バイロンの姿をした何かが、醜悪な笑みを浮かべながら去っていった。

 一刻も早くここから出て、兄姉たちの元へ行きたい。

 そう思っても、この部屋の壁は堅く、何故か妖力を使うことが出来ない。それゆえ、空を飛ぶこともままならない。

 両親が亡くなったこと、兄の変わり果てた姿、自身の無力さに感情がごちゃ混ぜになり、その日ミリスの泣き声が止むことはなかった。



「ん…」


 身震いしながら起き上がったミリスは、いつの間に寝てしまったのかと思う。

 気持ちは寝たことで持ち直したものの、重くのし掛かる現状にミリスの気分は鬱ぎがちになる。

 そんな時だった。


「うおおーーー!!」


 上から声が聞こえ見上げると、二つの影が落下していた。

 一方は男でもう一方は女。二人共にミリスが見たことがない容姿に見たことがない服装をしている。

 一度もカーネルから出たことがないミリスは多種族を見たことがない。

 ただ本で知る限り、あれはヒューマンではないのか。彼ら(ヒューマン)は空を飛べただろうか。

 助けようと反射的に飛ぼうとするが、何かが纏わりついてくる感じがして、やはり思うように羽根が動かない。

 その間にもものすごいスピードで落下していき、ついに男のヒューマンは地面に叩きつけられる。

 ミリスは手で目を覆い隠した。彼が絶命した、と思った。妖精と言えどもあの速度で落下すれば死亡する。


「いっ………てええぇえぇぇ!!!!尻が痛ぇ!」


「受身ぐらい取れるようにしたほうがいいですよ、秋舷。」


 だがミリスの予想に反して彼らは生きていた。女の方は見ていなかったが、怪我した様子もなく、澄まし顔で男を助け上げていることから、しっかりと着地したらしい。

 さらに見ると、男は落ちている最中には持っていなかった刀を持っている。それは女も同様だった。

 一体どういうことか、と彼女は混乱する。もしや、彼らはヒューマンではないのだろうか。


「あぁ、やはり宝物庫に秘密裏に侵入するなんて無謀だった。ここは正々堂々、尋ねればよかったのです。」


「初めまして!ところであんたのとこの宝物庫に眠っている刀は妖刀ですからください、てか?ぜってえ同じ結果になってたって!」


 宝物庫の刀とは、大臣達や兄姉達も気味悪がっていた、あの刀だろうか。

 その刀の噂なら街中にも出回っていると聞いているとミリスも聞いている。

 彼らはそれを聞き付けて来たということだろうか。


「あ、あの、貴方達は誰…?」


 二人はびくりとして辺りを見渡し、上とは別に微かに輝く羽を生やした少女を見つけた。その顔は酷く不安げだ。


「人に名を尋ねる時は、まずは自分から名乗るもんだぜ、お嬢ちゃん。」


「ぬ、盗人の癖に偉そうにっ!」


「俺らは盗人じゃねえし、ここにいるあんただって言えたもんじゃないんだろ?」


 男の言葉に頭にきたのか、ムッとした表情で返した。

 先程の会話からして、この二人は盗み目的の侵入者としか思えない。気になる点はいくつかあるものの、ミリスも引くに引けず只黙りこくった。


 男は埒が明かないとでも言うように、はぁ、と息を吐いてミリスに向き直った。


「俺は秋舷で、こいつは織姫だ。二人ともヒューマンで、訳あってここを訪れた。あんたは?」


「私は…この国の第4王女、ミリス。」


 ミリスは少し躊躇った後、畳んでいた羽を広げた。羽は淡く光りだした。それを見た二人は驚きを隠せないでいるようだ。

 妖精王の羽は光り輝く。その血を継いだ一族も同様で、そうでない妖精とはすぐに見分けがつくのだ。


「へえ、話に聞いていただけだったが、本当に光るんだな。なんていうか…すげえ綺麗だ。」


「…そ、それはいいとして!どうしてここに閉じ込められることになったの?というより、あの高さから落ちて平気なんて、貴方達本当にヒューマンなの?」


 まじまじと見つめてくる秋舷の無遠慮な視線にミリスは赤らむ。親族を除く大抵の異性は、ミリスが目を向けるとすぐに目を逸らしてしまうため、ここまで見つめられることは初めてだった。


「…もったいつけてもしゃあねえか。ぶっちゃけると、王族が保管している刀を譲ってもらいに来た。」


「やっぱり盗みに入ったのね。」


「だから盗みじゃねえって…!」


「あの刀は妖刀と言って、持つものの心を狂わします。私は妖刀のせいで家族全員を失いました。それらを封印するために世界中集め回っているのです。」


 今まで沈黙を守ってきた織姫が、身長の低いミリスに目を合わせるように屈み、誠実に語り掛けた。

 自分と境遇が似ている、いや、それ以上に過酷だとミリスは思った。まだミリスには兄姉達がいる。

 それなのに織姫は秋舷とは対照的に礼儀正しく、優しい雰囲気を感じさせた。

 ミリスも彼女の真摯な態度に、少しだけ警戒心を解くことにした。


「確かに、刀は宝物庫にあったわ。でも今は、バイロン軍団長…私のお兄様が持っているみたい。」


「なるほど、じゃあそいつと話をつければいいんだな?」


「今のお兄様は聞く耳を持たないと思うわ。まるで人が変わってしまって…。」


 バイロンが謀反を起こしたこと、その際にここに閉じこめられたこと、父と母が処刑されてしまったことなど、心に溜まった膿を吐き出すように語り出した。

 そのうち涙が溢れ、それに気付いた織姫が慈愛に満ちた表情でミリスを包み、優しく後ろ髪を撫でた。


「…なるほどな。そのバイロンって奴、もう妖刀に憑かれているぞ。」


「そ、そんなっ!元に戻るの…?」


「妖刀と精神の癒着具合に依ります。彼が妖刀を手にしてからどれ位ですか?」


「わからない…様子がおかしくなったのは半月前、謀反を起こした前日だったと思う。」


「時間的にはまだ間に合う範疇ですが…妖刀は心の闇に付け入って精神を浸食します。その闇が深ければ深いほど、浸食速度も早い…いづれにしろ早く対処すべきでしょう。」


 ミリスの話では人としての理性を完全には失っていない。まだ間に合うはずだ。


「そんじゃあ壁壊してここからさっさと出るか!」


「無理よ!壁は堅くて。上まで飛ぼうとしたけど、妖力をうまく制御できなくて…」


 ミリスはパタパタと羽を動かすして、飛べないことをアピールする。

 その羽は本来の輝きよりも随分と淡く、彼女も何処となく元気がない。


「そりゃやってみないと分からんさっ!」


 突如として秋舷の前に現れる二振りの刀。一方は長年の相棒である雷斬、もう一方は先日手に入れた小烏丸だ。

 雷斬の「円」では物質の線は見えない。ならばと小烏丸を手に取り、壁に向かって振り抜いた。

 途端に無数の黒い刃が発生して、壁を切りつけ始めた。それはまさに烏の羽が舞うようで、それ故に"濡れ羽の舞"と名付けられた。

 その数、数十回。壁は壁は悲鳴を上げて崩れ始める。


「よっしゃ、もう少し!」


「す、すごい…」


 その様子を見てミリスが感嘆の声を上げる中、再度秋舷はその力を振るう。

 遂に壁は崩れ落ち、その先に現れたのはーーまたもや壁だった。


「…」


「…」


「…んにゃろおぉ!」


 破れかぶれで現れる壁を崩す、崩す、崩しまくる。そうして崩していくと。

 ようやく外界の光が差し込んできた。残すはあと一回となったところでーー


「あ、無理だわ…」


 先に秋舷の体力が尽きた。刀を支えにして座り込む秋舷の足が、生まれたての子鹿のようにプルプルと震えている。


『ふむ、しょうがない。生気を補給せねばな。織姫よ、こやつの前で裸になれ。』


「なっ、い、いやですっ!」


『なら、どうする?ここを脱出するには秋舷の力が必要ぞ。お主は思うように力が発揮できんのであろう?』


「ぐっ!それはそうですがっ!」


 ミリスがいる中で妖刀を振るうことも躊躇われたが、そもそも力の源である妖気が集まらない。

 かと言って男性に肌を晒すなど、織姫にはすぐに決断は出来なかった。


「その刀、喋れるの?」


「え、ええ。雷斬と言って、神刀だそうです。」


「そう…。」


 世間知らずのお姫様であるからなのか、ミリスはすんなりと受け入れた。


「その、その人に裸を見せれば、また力を取り戻すのね?」


『そうじゃ。極限まで高められた精力は生気へと転換され、それが力の源となるのじゃ。』


「わかったわ。それでは…」


 彼女は一切躊躇することなく、ワンピースのドレスを脱ぎ捨てた。

 現れたるは神々しいほどにきめ細やかで白い肌。

 体は細くくびれているが、それに釣り合わない大きさの乳房がある。形も良く、俗に言うところの釣り鐘型だ。桃色の小さな頂が、寒さ故かピンと張っている。


「わ、わあ!!ダメです!服を着て下さい!!」


 しばらく呆気にとられ言葉を失っていた二人だったが、織姫が我に返り彼女にドレスを着せた。


「私はっ、私はどうしてもバイロン兄姉達の元へと行かねばならないのです!バイロンお兄様を救いたいのです!」


「…わ、わかりましたっ!(わらは)も腹を決めます!さあ秋舷、見るなら見るのです!」


 彼女の必死の思いにとうとう織姫は袴を脱ぎ始めた。

 晒の中に収まっていた程よい大きさのお椀型の胸が露わになったところで、水が差される。


「悪りぃ、もう大丈夫だわ…」


「…」


「ちょっ、悪かったって!いたっ!だ、大体俺の意志じゃねえし!」


 片手で胸を隠しながら、顔を真っ赤に染めてポカポカと秋舷を叩く織姫であった。



「うおりゃっ」


 ようやく動ける状態になった秋舷が一撃を放ち、壁は見事に打ち砕かれた。

 断面図を見てみると、幾重もの層がミルフィーユのように重なって一つの壁を築いていた。


「そんじゃ行くぞ!お姫様はどこか安全なところへ避難しときな!」


「いや!私も戦うわ!」


 そう言って広げた羽は七色に眩く輝いた。本来の光を取り戻したそれは力強さを感じさせる。


「申し訳ないのですけど、出来れば待っていてほしいのです。でないと私が思うように動けないので…」


 織姫はそう言って鞘に収まっている妖刀を握る。


『それであれば問題なかろう。妖精の小娘からはお主と似たような力の波を感じる。同じ力に通じておるなら、妖気に侵されることもなかろうて。』


 閉じ込められていたあの部屋で、二人が同じように力を制御できなかったことを考えると、雷斬の言うことには真実味がある。


「?それなら何故、バイロンは妖気に…?」


「この力は王族だけが持つもの。バイロンお兄様は…王族ではありませんでした。」


 妖精族は一様に鮮やかな羽を持つ。

 しかしそれらは個々が元々持つ輝きではなく、王族によって分け与えられた光粉を振りかけることで得られているのだ。

 故にその力を自在に制御できるのは王族のみなのだ。


「…なるほど、なんとなくバイロンの心の闇ってやつが見当が付いたぜ。」


「…それでもバイロンお兄様は私にとって大切な家族だから。」


「それじゃあお姫様にも来てもらわないとな。とは言え、あんたを守りながらってのも厳しいものがあるが…。」


「大丈夫、自分の身は自分で守るわ。私の部屋に寄ってくれる?」


 ミリスは決意を固めた瞳で二人を見返した。



 王の間へと続く通路は宮廷魔術師やら仕官、騎士達で埋め尽くされていた。

 彼らの目は瞳孔が定まらず様子が明らかにおかしい。


「…姫は…捕獲…他は…殺す…殺せ…」


「妖気で操られてますね。」


「だな。だからと言って殺すわけにはいかんし…お姫様、早速出番だぜ。」


「…ミリスでいいわ。」


 ミリスはそう言うと、両手に持った(おおゆみ)を構える。射出部分には縦長の立方体があり、その中に弾が込めらている。

 狙うは人ではなく地面。ミリスが引き金を引くと、液体が入った弾が射出され、地面にぶつかって割れた。

 中から漏れた液体は気体となって消えた。間もなく気体を吸った者達は体に異変を感じる。初めは手足が痺れ、やがて感覚を失って崩れ落ちた。

 (おおゆみ)は弾に妖力を詰めることで色々な作用をもたらす王族専用の武器だ。

 先手必勝とばかりに弾を打ち続け、やがて3人を除くすべての者が動けなくなった。


「彼らはしばらく動けないわ!今のうちに突破しましょう。」


「おうよ!やるじゃねぇか、ミリス!」


 3人はそのまま通路を突破し、王の間の扉を織姫が叩き切った。

 玉座にはバイロンが足を組み、その後ろで蜘蛛女がバイロンを抱いていた。

 それに向けてミリスが弾を放つが、バイロンはそれを刀で切り捨てた。


「ミリス…大人しくしていればいいものを。」


「お兄様、正気を取り戻してっ!今ならまだ間に合うわ!」


 ミリスの必死な懇願にバイロンはふん、と鼻息で返すと、その手に持った妖刀--鬼丸を向けた。


「私は元より正気だ。仕方ない…せめてこの手でお前を葬ってやる。その侵入者共と一緒にな!」


 一瞬の溜めの後に飛び出したバイロンはミリスとの距離を縮め、鬼丸を逆袈裟に振るう。

 それを察知していたかのように秋舷が刃を受け、鍔迫り合いとなる。


「おい、兄弟は大切にした方がいいんじゃないかっ??」


「余所者が口を挟むんじゃない!」


 後ろに飛び退き距離を取る二人。各々の刀は対照的なオーラを放っている。


 一方織姫はバイロンと共に玉座から降りてきた蜘蛛女と相対していた。


「貴方は何者なのです!謀反を企てるように(そそのか)したのはあなたですね!」


『…私は何もしていない。これはすべて彼の意思。私は彼の蝕まれた心を開放するお手伝いをしただけ。』


「聞いても無駄のようですね、もういいです。成敗します!」


 蜘蛛女はケラケラと笑う。

 織姫が接近して繰り出す連撃をその8本の足で受け止め、反撃する。織姫も器用にそれをかわし、攻防が続いた。


 バイロンと秋舷の衝突は壮絶だった。

 小烏丸から放たれる複数の刃を、妖刀鬼丸は物ともせず受け切っていた。

 逆に合間に入るバイロンの反撃は着実に秋舷にダメージを蓄積させていた。


「ははは!何処を狙っている!単調な攻めばかりで飽きてきたわ!」


 そう言って飛び退き、溜める動作を見せた後に放たれたのは真っ黒な炎。

 前方に撒き散らされた炎はミリスのドレスに飛び火した。


「きゃっ!」


「!いけない!ドレスを破いてください!!」


 織姫が叫び、ミリスが言う通りに燃えている部分を破いて捨てた。

 その炎は対象が燃えた後も延々と燃えている。


「鬼火は対象を焼き尽くしても消えません!注意してくださ…くっ!」


 隙の出来た織姫に畳み掛けるように攻撃を仕掛ける蜘蛛女。

 織姫は防ぎきることができずに、脇腹を刺されて体勢を崩した。


『グギャァァ!』


「!!」


 蜘蛛の鋭い棘足が止めを刺そうとしてーー遠方から飛んできた矢のために後ずさる。

 ミリスの放った矢だ。蜘蛛女が忌々しげに舌打ちをした。


「…そろそろ決着を付けねぇとな。」


「は!傷だらけのお前に何が出来る!それに力を徐々に失っているではないか!貴様に私は倒せない!この刀を持つ私には…」


「それはどうかな?」


 秋舷が渾身の力で刀を振り、今度は数百もの黒い刃がバイロンを襲う。

 しかしバイロンは怒涛の攻撃をすべて防ぎきってみせた。


 それが限界だったのか、その場に座り込む秋舷。


「ふん、それまでか。他愛も無い。」


 バイロンはその手に持つ刀を振り上げた。その構えには一瞬の隙も無く、不意打ちも通用しないだろう。


「お前、拗ねるのもいい加減にしろよ。お前だって分かってんだろ、家族みんなに愛されてたことくらいよ。ミリスは今でもお前を大切な家族って思ってる。まだお前を救おうと頑張ってるんだぞ!それが分かってんなら自力で正気を取り戻してみろ!」


 バイロンの視界が歪む。まるで頭の中の二つの人格が鬩ぎあっているように。


「うる…さい!」


 一瞬出来た隙を狙い、弱々しくも的確に、秋舷が刀を振るう。狙いはバイロンではなく刀だ。


「はははぁ!何をしている…なにっ!?」


 刃がぽきりと折れた。よく見れば刃全体に細かい刃毀(はこぼ)れがある。

 秋舷は初っ端からバイロンではなく刀ばかりを狙っていたのだ。秋舷の物量攻撃に集中するあまり気付けなかった。


「な、なぜ!こんなことで妖刀が折れるなんてありえない!」


「あんた、最初にミリスの打った弾を切っただろ?あれには刃物を急速に錆びさせるものが入ってたんだ。」


 ここで種が明かされる。ミリスが放った弾には、彼女特製の腐食剤だったのだ。

 妖刀とはいえ刃物、錆びれば折れる。とはいえ、そこは妖刀、折れてもまた復活するのだが。

 しかし折れてしまえばこちらのもの、やがて妖刀から発される妖気が完全になくなった。

 それと同時にバイロンが崩れ落ち、ミリスがそれを抱くように支えた。


『うぬぅっ!』


 恐らくは妖刀から力を得ていたのであろう、蜘蛛女の動きが鈍る。


「はぁ!」


 鈍く痛むわき腹を無視し、織姫が切り込む。

 蜘蛛女も懸命に防ぐが身体能力の低下は著しく、身体の硬度も下がったのか、刀を振る度に一本ずつ足を切り落とす。


「これでっ、終わりです!」


『おのれぇぇぇ!!!!』


 妖刀鬼人大王を半月を描くように振り、頭上に構えたところで一閃。

 紫炎が蜘蛛女を叩き切った。


 蜘蛛女は煙となって消え、後には一本の刀が床に刺さっていた。


『おお!あれは蜘蛛切、我が分身よ!今回は織姫の妖刀のみと思っておったが、棚から牡丹餅とはこのことよ。おい、秋舷。はよう手に取れ!』


「…人使いの荒い神様だな。ちょっと待ってな…と」


 ふらふらと向かうが、体が思うように動かずこけそうになる。

 すると、柔らかい感触が彼を包んだ。


「私が連れて行くわ。…その、お兄様を救ってくれてありがとう。私を守ってくれたことも。」


 ミリスは顔を赤くしながら礼を述べた。

 見ればバイロンは床で寝かされている。気を失っているだけのようだ。


「美人を守るのは男の誇りだ、気にすんな。それに最後はミリスの言葉が響いたんだ。やっぱ心が繋がってんだな。逆に助かった、ありがとよ。」


「はいっ!」


 少し涙ぐみながらも、とびきりの笑顔を見せたミリスを見て、秋舷はそれだけで報われた気がした。


 彼女の肩を借りて刀の前まで運んでもらい、ミリスには織姫の治療にいってもらう。

 一人残された秋舷が刀に触れると、また例の光に包まれ、蜘蛛切が身体と溶け合う感覚に酔いーーそこでぱたりと意識が途絶えた。



 牢屋に閉じこめられていた兄姉達は解放され、妖気に惑わされていた仕官達も我に返り、謀反で起きた混乱を沈めるために奔走した。

 国がなんとか落ち着いた頃、王と王妃の葬儀がしめやかに行われた。二人の死には親族だけでなく、国中が悲しみに沈んだ。


 ところ変わって城の地下深く、牢屋の中に、まるで意志のない人形のような男が膝を抱えて座っていた。

 無精髭が生え、頬は痩せこけ、美形だった顔は見る影もない。正気に戻ってからの彼はずっとこの状態だ。

 格子の傍には手を着けられていない食事が山になっていた。

 バイロンは死刑は免れたものの、もうすぐ流刑に処される。


「お兄様」


「…」


 光の束を集めたような金髪(ブロンド)の女性、ミリスが彼に声を掛けるが、反応はない。

 彼女は一瞬悲しそうな顔をするが気を取り直し、話を続けた。


「お父様とお母様の葬儀が終わりました。私達も国民も、非常に悲しみに暮れています。いくら妖刀のせいとはいえ、お兄様のしたことは許されないでしょう。」


 彼女は真っ直ぐに彼を見て切々と語った。しかし彼女の表情に厳しさはない。


「そういえば形見分けをしました。これがお兄様の分です。」


 ミリスが彼の傍にそっと置いたのは小さなオルゴール。

 手先が器用だったバイロンが、8歳の時に王と妃のために造ったもの。


「お父様とお母様は寝室に飾っていたそうです。壊れても修理して、いつまでも大事に使っていたみたい…」


 ピクリとバイロンの手が動き、それを拾い上げた。蓋を開くと、二人が好きだった歌が流れ始めた。

 ふと憑き物が落ちたように、バイロンに表情が戻った。涙が止めどなく溢れ、彼の号泣だけが暗がりに響いた。



「ああ、ようやく外に出れるぜ。」


「療養させて頂きましたし、妖精の皆様には感謝しかありませんね。」


 秋舷と織姫の二人は先の激戦で重傷を負い、療養を余儀なくされたが、カーネルを救った英雄としてまさにVIP扱いであった。

 そんな二人も順調に回復し、国を後にすることになった。


「失礼します。」


 そう言って扉を開けたのはミルスだ。彼女は腰まであった髪をばっさりと肩辺りまで切っていた。


「おお、髪切ったのか。それだけで随分と印象が変わるもんだな。」


「へ、変かしら…」


「そんなことありません。とてもお似合いですよ。」


「おう、すっげぇ似合ってるぜ。」


 彼女は恥ずかしそうに身をよじり、髪をくるくると回した。顔はほのかに赤みが差している。


「そ、それよりも旅立たれるお二人に兄姉達が挨拶とお礼をしたいそうですので、玉座の間までついてきてもらえるかしら?」


「別にお礼なんて良いですのに。」


「まあ貰えるもんは貰っとこうぜ!」


 織姫が秋舷をはしたないと窘めつつ、2人は玉座へと向かった。



 玉座の間には大臣や仕官が勢揃いして、なかなかに物々しい雰囲気を醸し出していた。

 代表として長兄として王の座についたアルフィーが話を進めた。


「此度はそなたらの働きにより国の崩壊は免れた。ここで改めて礼を言おう。」


 優しげな笑みに見え隠れする深みは、既に王の威厳を放っていた。それは他の兄弟達も同様だ。

 それも彼等が既に政務に携わっていたことが影響しており、国王急逝の危機を脱せたのもそれが大きい。


「いや、大丈夫だ。こっちも刀を貰ってんだ。」


 騒動の引き金になった妖刀鬼丸の引き取りに、皆快く応じてくれた。

 国としては厄介払いできる良い機会だったと言うのが本音だろうが。


「それだけでは恩を返せたとは到底思えぬ。この証を受け取ってほしい。」


 そう言って出されたのは関所特別許可証である。

 中にはカーネルの王印が押されており、ギルドでの買い物が通常の半値となるほか、主要都市に転移可能な転移門が利用できる。


「あと、これは礼というより依頼になってしまうかもしれないが…我が可愛い妹、ミリスを旅のお供にしてはもらえんか?」


「はい??」


「ミリスがどうしてもと言って聞かんのでな。役には立つと思うし、それに秋舷殿には断れん理由もあるだろうし。」


「なんのことかさっぱりなんだが…」


 国を救った事以外に何をした覚えもなく、秋舷はさっぱり見当もつかない。


「妖精族には裸を晒した相手を伴侶とする習わしがあってな…もう随分と古い話だし、誰も守っておらんが。まあそれはともかく、妹の気持ちを汲んでくれんか。」


「わ、私絶対に役に立つから!お願い、一緒に連れて行って…?」


 そう言って目を潤ませる彼女。

 女の涙に弱い秋舷は言葉に詰まってしまった。


「言っておくが、かなり辛い旅になるぞ!?俺が戻れって言ったらすぐ転移門で帰るんだぞ!?」


「うん、うん!これから宜しくね!」


 抱きついた彼女のふくよかな双丘が腕に当たり、黙ってうつむく秋舷と、冷ややかな視線を浴びせる織姫。


 こうして三人での旅が始まった。


 一方その頃、ローダンでは。


「はっ!また秋舷様にすり寄る女妖の気配がっ!」


「ま、待てお千代!落ち着くんだ!!」


 女の勘は計り知れない。



妖精姫ミリス:Fカップバストの釣り鐘型おっぱい。150cmと小柄だが、ボンキュボンである。尽くすタイプなので床上手になるだろう。

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