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白い雪  作者: 依槻
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05.ココア

 触れた唇。縋るような瞳。私を呼ぶ、切ない声。その全てが、私の心をかき乱す。


 「今日の授業はここまで。来週から期末試験だ。しっかり勉強しとけよ。」

先生の授業終了の声とチャイムの音に、私は沈んでいた思考からようやく浮上する。案の定というか、なんとうか、ノートは見事に真っ白だ。知らず、口からは深いため息が漏れ出る。

「どうしたの、陽彩?今日なんか変だよ?」

「ちょっと、考え事・・・。」

「陽彩が?」

「あたしだって悩むし、考えるもん。」

頬を膨らませ、私は席を立つ。

「何処行くの?」

「飲み物買ってくる。」

片手に持った財布を持ち上げて見せれば、行ってら~、と手を振って見送られた。それに手を振り返しながら教室を出て、自販機のある購買へ向かう。

 10分休みの合間の為か、昼時は賑わう購買に人気はなく、私は1人自販機の前に立って、悩む。

 甘いココアにするべきか、普通にお茶にしておくべきか。昨日から悩み続けているせいか脳が糖分を欲してはいるが、甘い物を飲んだ後に、お茶が欲しくなる気がする。ならばお茶だけにした方が安く済むし・・・。

 なんて考え込んでいたら、ふいに伸びてきた手が自販機にお金を入れ、ココアのボタンを押した。

「いくら人がいなくても、いつまでもそこにいたら邪魔になるよ。」

背後から聞こえた声にびくり、と肩を揺らす。衝動のまま振り返ると、思いの外近い場所に端正な顔立ちがあり、ぴしり、とまるで石か何かになったように固まる。

「おっと。またキスしちゃうよ。」

軽い調子で言われて、私の頭にカッと血が上る。

「あれ、は!先輩が!」

「うん、そうだね。」

こっちは昨日、あれからずっとぐるぐる考えていたというのに、この人の涼しい顔は何だ!?

 叫びたい衝動も、問いただしたい衝動も抑えて、目の前の人を睨み付ける。


 噛みつくような口付け。キスの合間に呼ばれる名前。抵抗らしい抵抗も出来ないまま、何度も唇を合わせた。始まった時と同じように、唇が唐突に離れ、長い口付けは終わった。いや、長かったのか、短かったのかもよく分からない。ただ起きた事が信じられなくて、未だ泣き出しそうな表情で自分を見つける彼から逃げる事も出来なくて。呆然と見つめる事しか出来なかった。

 颯希先輩は、まるで何かに耐えるように、瞳を切なげに細め、ゆっくり瞳を閉じた。そして、次にその瞳が開かれた時には、先ほどまで宿っていた熱も、切なさも何処にもなくて、冷たい瞳に戻っていた。

「ごめん、ヒロ。あの人がしつこかったから、ヒロを利用しちゃった。」

「な、に・・・それ。」

「もう行っていいよ。あ、彼氏くんには上手く言ってね。」

じゃあね、と私の頭をぽんぽん、と叩いて、颯希先輩は私に背を向け、行ってしまった。私はその後ろ姿を見ていることしか出来なかった。

 家に帰り、心配しているだろう優くんに電話をしている時も、当初の予定通り旅行の事を杏奈に話している時も、勉強をしている時も、颯希先輩の事が頭から離れなかった。

 触れた唇の熱が、何かを訴える瞳が、切なく呼ばれる名前が私を雁字搦めにする。


 目の前の人は感情の読めない表情で、私を見ている。

「足りなかった?もっとキスして欲しいの?」

「ふざけないで下さい!」

「陽彩?」

声を荒げた時、名前を呼ばれた。私はハッとしてそちらを見ると、驚いた顔をしている優くんと颯希先輩を凝視し、目を見開いている杏奈が購買の入り口に立っていた。

「優くん、杏奈・・・。」

「何で、ここにいるんですか?」

震えている杏奈の声。彼女の怒気が離れている私にも伝わってくる。人の感情に敏感な先輩が気付かないはずがないのに、颯希先輩は動じる様子もなく、笑って杏奈を見ている。

「やあ、琴吹。まさかお前までここに来てるとは思わなかったよ。相変わらず仲がいいな。」

「よく陽彩の前に現れられたわね!」

ずかずかと距離を縮める杏奈に、人の食えない笑みを浮かべたまま、彼は言う。

「同じ学校なんだ。会ってしまうのはしょうがないだろう?」

「ぬけぬけと・・・!!」

「俺だって会いたくなかったよ。特に、ヒロとはね。」

「・・・っ。」

ちらり、と向けられた視線はとても冷たくて、ずきり、と胸が痛んだ。

どうしてこの人は、私を傷つけるのが得意なのだろう。どうしてこの人は・・・。

「なら、もう陽彩に構わないで下さい。」

目の前に影が出来たと思ったら、私の目の前には広い背中があった。まるで私を守るように立つ優くんに、私の涙腺が緩む。

「君が、ヒロの彼氏くんか。」

「葵優哉です。」

「葵くん、ね。安心してよ。俺とヒロの間には何もない。ただの先輩と後輩。」

優くんの背中で、今颯希先輩がどんな表情をしているのかわからない。だけどきっと、感情の読めない笑みを浮かべているのだろう。だって彼は、いつもそうやって相手に何も悟らせないように、全部をしまい込んでしまうから。

 ガシャン、という音のあと、横から何かを差し出された。それは、買うかどうかなやんでいたココアで、私は訳がわからなくて顔を上げた。

「お詫びだよ。」

そう言った颯希先輩の表情は、出会った頃に向けられていた、優しい微笑みだった。

 思わずココアを受け取ると、彼は満足そうに頷き、私に背中を向ける。去っていく颯希先輩を誰も追いかけなかった。誰も引き留めなかった。


 どうしてあなたはいつも、私の心をかき乱すのだろう。

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