02.必然か、偶然か
巡る季節を、優しく暖かい温もりをくれる彼と過ごしていくのだと、この幸せがずっと続くのだと、本気で思っていた。そう、願っていた。
12月。暦の上でも、冬に入り、寒さが一層厳しくなった様に思う。寒がりな私は、マフラーを首にぐるぐる巻きにして、家を出る。
電車で3駅先にある学校に行く為、朝の登校時間は中学の時よりも少し早くなった。それでも1年近くも経てば、早起きにも自然と慣れる。けれど、冬の寒さは年の数だけ経験していても、慣れるものではなくて、今は傍になり温もりが酷く愛しい。
満員電車に乗り込み、ぎゅうぎゅうに押され、息苦しいのに耐えながら、学校のある3駅目で降りる。乗るのも一苦労だが、降りるのは、人垣を抜け出さなければいけないので、かなり大変だ。
それでもなんとか降りて、はあ、とため息を吐く。よし!と、自分に気合いを入れ、階段を上り、改札を抜けると、人通りの邪魔にならない場所で携帯を弄りながら待つ、彼。
「優くん、おはよう!」
駆け寄り、にっこり微笑むと、お日様のような優くんの笑顔が返ってきた。それが嬉しくて、私は益々笑みを深める。
「おはよう、陽彩。」
そうして自然と指を絡め合い、私たちは学校への道のりを歩く。家を出る前まで求めていた温もりに触れ合えたことに、頬が緩む。
「陽彩、何かご機嫌?」
「うん!優くんの手が暖かいから!」
「陽彩はいつも手が冷たいもんなぁ~。」
「手、繋ぐの嫌?」
「嫌じゃないよ。こうやって陽彩を暖められるの、嬉しいよ。」
そう言って甘い、甘い言葉くれる優くんに、頬に熱が昇る。身体の中から熱が昇ってきて、寒いのに、ポカポカする。
「朝からうぜえな。バカップル。」
背後から聞こえた声に、緩んでいた頬が引き攣るのを感じた。
「朝から失礼なんだけど、杏奈!」
バッと振り返り、眉をつり上げて睨み付ければ、腕組みをして、不機嫌そうな友人。何やら虫の居所が悪いらしい。
「琴吹、顔が凶悪犯みたいになってるよ。」
「おい、誰の顔が凶悪犯だ。」
「いや、でも本当。人を殺してきたみたいな顔してるよ、杏奈。」
「人を殺人犯にしないで。」
曰く、寝不足で頭が痛いらしい。何でも、昨日中に読みたかった本を読破したら明け方近くになってしまったのだとか。
「杏奈、本当に本好きだよね。」
「今日が返却期限だったから、つい・・・。」
そう言って隣を歩く杏奈の目は開いているとは言い難く、足取りもかなりふらついている。
それは、教室に着いて、授業が始まってからも同じだった。むしろ授業中寝ない彼女に感心してしまったくらいだ。けれど、昼休みになると、さすがに限界だったのか、杏奈の頭が机に激突した。
「・・・・・・。」
「・・・・・・杏奈~。」
起き上がる気配のない杏奈に、さすがに心配になる。
「保健室で寝ておいでよ。午後の授業はあたしのノート貸してあげるから。」
肩を揺すってそう言えば、う~、と唸り声を上げながら杏奈が身体を起こす。目の下には隈が出来ており、最早目は開いていなかった。
「立てる?」
「うん。」
ふらつく杏奈の身体を支えながら、教室を出る。出た所で、丁度優くんに会った。
「あれ?やっぱ琴吹だめだったの?」
「うん。だから保健室に行ってくるね。」
「一緒に行く?」
そう言ってくれる優しい優くんの向こうで、彼を呼ぶ級友の声が聞こえる。身体を動かすことが好きな優くんの事だから、きっとこれから外に遊びに行くに違いない。
「大丈夫だよ。ありがとう、優くん。」
「そうか?じゃあ、気を付けて行けよ。」
ぽんぽん、と頭を撫でてくれる優くんに、笑顔で頷きながら手を振った。
触れる場所から伝わる彼の優しさに、温もりに、愛しい、と心が躍る。離れた温もりに、やっぱり一緒に保健室まで行ってもらえばよかったかとも思ったけど、独り占め出来る時間はあるのだし、と自分を納得させる。
「にやにやしちゃって。」
呆れたような声に、足下おぼつかない杏奈の顔を覗き込む。元々白い肌をしているが、今は白いと言うより、青白い。けれど、憎まれ口を叩く元気はあるらしい。
なんとか、杏奈を保健室まで運び、ベッドに寝かせる。布団に潜った杏奈に、私は苦言を呈す。
「全く。元々身体強くないのに、徹夜なんてするからだよ。」
「ぐうの音も出ない。」
「あんまり心配させないでね。」
滑らかな黒髪をあやすように撫でれば、ふふっ、と杏奈が擽ったそうに笑った。
「最近、陽彩は葵に取られてるから、あんたを独り占めできるの久しぶり。」
「そうかな~。そうかも。」
「そうだよ。それに、その前は・・・。」
続かない言葉に、首を傾げる。すると、穏やかな寝息が聞こえてきた。
「寝ちゃった。」
いつもは大人びた彼女のあどけない寝顔に、笑みを浮かべていたはずなのに、気がつけば、杏奈を撫でる手が震えていた。
「ねえ、その前は・・・、何?」
何て、続けようとしたの?杏奈の中でも、あの出来事は、溶けずに残っているのだろうか。凍ってしまっているのだろうか。
「・・・・・・後で、起こしに来るね。」
思考を打ち切るように、眠る彼女にそう告げて、私は保健室を出た。暖房が効いていた温かい保健室とは違い、廊下は風が通っているわけでもないのに、底冷えする寒さがあった。掌を擦り合わせて、はあ、息を吐き、冷えた手を温めつつ、教室へ戻る道を進む。
「失礼しました。」
凛と響く声。
思わず足を止めてしまったのは、偶然なのか、必然なのか。
振り向いた先にいた人の名が、気がつけば口を吐いていた。
「颯希、先輩。」
呟くような声だった。周りの音にかき消されそうな声だったのに、彼は聞き拾った。
「やあ。久しぶりだね、ヒロ。」
少し意地悪く、何処か影のある笑みを浮かべる昔と変わらない人が、そこにいた。
胸が疼く。凍えた記憶にヒビがが入った音がする。
終わったはずの初恋が、目の前に現れた。