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白い雪  作者: 依槻
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01.冬の訪れ

 冬が来る。一番愛おしくて、一番嫌いな冬が来る。君のいない、冬が来る。


 夕暮れ。頬を掠める風の冷たさに、冬の訪れを感じる。薄手のジャケットで出て来た事を後悔しつつ、開けっぴろげていた前のチャックを一番上まで上げる。冷えた手をポケットにしまい、寒さを凌ぐ。

 真っ直ぐ見つめる先には、夕焼けのオレンジ色と夜の藍色が混じり合った空。先ほどまで歩いた道のりを振り返れば、そこには、少しずつ光を放ち始めた星々。

 夕暮れと夜のコントラスト。純粋に、綺麗だと思う。両手の親指と人差し指を使って、フレームを作る。片目を瞑って切り取られた空を見る。

 そこはもう、夜に取り込まれていた。

「陽彩。」

名前を呼ばれた。空に向けていた手を下ろし、振り返った先には、恋人の姿。

「優くん。」

「こんな所で何してるの?帰ろう。」

そう言って当たり前の様に差し出される掌に、私は笑みを浮かべながら自分の手を重ねる。一回りぐらい大きな彼の手が、私の手を包み込む。冷えていた私の手に伝わる彼の温もり。素直に、愛しいと思った。


 どんなに傷ついても、辛い思いをしても、もう二度と、恋なんてするもんかと思っても、人はまた、誰かを愛する事が出来るのだ。それは、罪深い事なのだろうか。

 私、白崎陽彩(しらさきひいろ)には、中学生の時、夢中で恋をした人がいた。ただ彼が好きで、笑ってくれたら嬉しくて、世界がキラキラ輝いて見えた。初恋だった。

 甘くて、蕩けるような、それはまるで、チョコレートの様な恋だった。そう、ドロドロに溶けてしまえるくらいに・・・。


 お日様の見えないどんよりとした曇り空。今にも泣き出しそうな空模様に、私は知らず、ため息を吐いていた。それを耳聡く聞き取った琴吹杏奈(ことぶきあんな)がくるり、とこちらを振り返る。

「なーに、黄昏れちゃって。」

「冬だな、と思って。」

11月。赤や黄色に色づいた葉も次第に散りゆき、日が沈むのも随分早くなった。授業を終え、家へ着く頃には、日が沈んでしまう。

「一気に寒くなったよね。」

「そうだね。」

 もうすぐ冬が来る。君のいない、冬が来る。一番愛おしくて、一番嫌いな季節。

 「季節が巡るね。」

らしくない事を呟きながら、窓に手をつき、空を見上げる。泣き出しそうな、空を見る。

 突然、触れた温もりと共に、視界が真っ暗になった。

「え!?何!?」

驚いて、慌てて振り返ると、そこには悪戯っ子の様な笑顔を浮かべた恋人、葵優哉(あおいゆうや)がいた。突然現れた彼に、目をぱちくり、と瞬き、むぅ、と眉根を寄せた。

「もう、優くん!びっくりさせないでよ!」

「ごめん、ごめん。あんまり熱心に空を見てるからつい。」

口では謝りつつも、全く悪びれた様子のない優くんにまったく、と呟きつつ、にやにやしている友人をキッと睨み付ける。

「気持ち悪い!」

「あっはっは。お前らのバカップル具合の方が気持ち悪い。」

笑いながらものすごく酷い事を言われた。何て奴だ、とショックを受けている私の隣で、優くんは笑いながら、「琴吹は相変わらず酷えな~」なんて言っている。

「あたし、偶に優くんって懐が深くてすごいなって思う。」

「いや、単にバカなんだろう。」

「おい!」

貶し続ける杏奈に、優くんがとうとう突っ込んだ。だけど別に怒っているわけではない。優くんは、懐が深い男なのだ。

「さて。帰るぞ~、陽彩。」

「わゎ!待って、待って!まだ帰る支度終わってない。」

「あれ?待て待て。俺、教室に鞄忘れてきた。」

「あんた何しに来たの?」

やっぱバカなの、と呆れ顔の杏奈を私は軽く殴っておく。人の彼氏をバカバカいってはいけない。

「優くん。昇降口で待ち合わせしよう。」

「わかった~!ごめんな、陽彩。」

「ううん。迎えに来てくれてありがとう。」

笑って優くんを送り出し、私は帰り支度を始める。そんな一連のやり取りを眺めていた杏奈が突然、真面目な声で「陽彩」と、私を呼ぶ。

「今、幸せ?」

突然の質問に、瞳を瞬く。杏奈の様子は冗談を言っているようには聞こえない。こてり、と首を傾げつつ、私は微笑む。

「幸せだよ。」

淀みない私の答えに、杏奈は安堵したように微笑んだ。

「ならいいのよ。あんたは、笑ってるのが一番いい。」

「何よそれ。変な杏奈。」

くすくす、と笑みを零しつつ、心の中で「ありがとう」を告げる。

 冬は少しだけ、凍えた記憶が蘇る。


 大した教科書の入っていないリュックを背負って、昇降口へ急ぐ。息を弾ませて辿り着いたそこには、既に大好きな彼の姿。

「優くん!」

名前を呼べば顔を上げ、微笑んでくれる。

 靴を履き替えて、校舎を出ると、自然と絡み合う手と手。いつも温かい優くんの手と、いつも少し冷たい私の手の温度が混じり合う。この瞬間が、愛しい。幸せを感じる瞬間。


 もうすぐ冬が来る。一番愛おしくて、一番嫌いな冬が来る。だけど、この幸せがあれば、きっと凍えた思い出も、溶けて消えていくと、思っていた。

 巡る季節を、今隣で体温を分け合っている彼と過ごしていくのだと、この幸せがずっと続くのだと、本気で思っていた。そう、願っていた。・・・・・・この時は。

本日より、新連載始めました!

拙い文章ですが、またお付き合い頂ければと思います。

宜しくお願いします。

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