無事に引っ越せそう
俺が意識を失っていたのは、おそらく長くても数分程度だったはずだ。
再び目が覚め、視界がクリアになる寸前、どこからかカオル君の声が聞こえた。
『君の立場を考え、精一杯取り繕っておいたよ。まあ、ボロは出ていないと思う。なにしろ、特に嘘はついてないからね』
『そうか……いつもながらすまないな。誰も怪我してないだろうな?』
言葉にはせずに、心のなかで考えただけなんだが、カオル君の返事はちゃんとあった
。
『ああ、もちろん。それより、新たな情報だ。君達が拠点を得たのはいいことだが、光の神を信奉する者達にも進展があった。どうやら、君とよく似た立場の女性が加わったようだよ。警戒したまえ』
『なんという思わせぶりな言い方……ていうか、だいたいおまえ、なんでそんなに各情報に詳しいんだ? 普通、有り得なくないか? 週間文春もびっくりだぜ』
『君をサポートするんだから、これくらいは当然さ』
『いや、答えになってないし!』
あいにく、それを最後に俺の目の前が明るくなった。
……のはいいが、これはなんだ!?
最後がそうだったし、今、俺の周囲をメイドさん達の集団がびっしり取り巻いているのはわかる。
しかし、なぜか俺は腕の中にアデリーヌを抱きかかえ、彼女の豪勢な金髪を手で撫でている最中だった。
「うおうっ」
香水だか髪の香りだかにくらくらして、俺は思わず抱き締めていた手を離そう――としたが、アデリーヌがきつく抱き締めていて、無理だった。
うわっ、めちゃくちゃ胸の膨らみがダイレクトに伝わるっ。そんな場合じゃないが。
しかもこの強気な女性が、どういう理由でか、しくしく嗚咽を洩らしているではないかっ。
足元ではユメがアデリーヌのドレスの裾を引っ張り、「パパを返してぇええええっ」と叫んでいるわ、周囲のメイドさんがやたらと俺の身体に触れようと手を伸ばしているわ……どうなってんだ。
俺は、いつのまにか距離を置いていたサクラを見つけ、困惑して訊いてみた。
「なあ、これはどういうことだ?」
「覚えてないの!?」
こいつがまた、山でツチノコを見つけたような顔で、人を見やがるしな。
「覚えてたら訊かないだろっ」
「あのねぇ――」
言いかけ、サクラはふうっと息を吐く。
「レージ、急に『げへへへっ』とか笑い出したかと思うと、アデリーヌを押し倒して、胸を揉みまくってドレス破こうとしたのよ」
「ま、マジかっ」
なんで俺の記憶がないんだっ。
損した気分だぞ! いや、そうじゃなくてっ。
「う、嘘だよな、なっ」
遅ればせながらぞっとして訊き返すと、サクラはふっと笑った。
「まあ、嘘だけどね」
「死ね、死んでしまえっ」
全力で罵倒したところで、ようやくアデリーヌが離れてくれた。
「失礼しました、レージさま」
「いやいや……いいんだけど」
涙を指先で拭って微笑む彼女は、初めて年相応の女の子に見えた。
「ちなみに、どうして泣いてたのかな?」
「いえ……そのうちお話ししますが、今はまず、この施設内を調べましょう」
「そ、そう?」
本人が言いたくなさそうだし、俺も納得するしかなかった。
それにしても、カオル君は自分で言った通り、かなり上手くやってくれたらしい。
あのコンピューター声のねーちゃんは、どうやら本当にこの施設を維持するコンピューターだったらしいんだが――。
俺が意識を失う前とは打って変わって、俺への呼び方が「マスター」となり、非常に協力的になっていた。
ただ、俺が「そもそもここは、どういう施設というか基地なんだ?」と尋ねると、「かつて滅んだ、貴方達の先祖が作った場所です」というだけで、詳しいことは語りたくなさそうである。
とはいえ、その他のことは、質問すればだいたい素直に教えてくれた。
彼女(マリアという呼び名らしい)の説明で、この基地は数万人を一度に収容できるだけの規模があるとわかり、俺達の顔は一気に明るくなった。
この際、基地の由来よりは、今夜の寝る場所である。
早速、引っ越し荷物をどしどし運び入れることになったが――そこで俺は、肝心なことを思い出した。
そういや、カオル君が最後に警告してたな。
俺と似た立場の奴が敵に現れた、とか。