警告の声
「腕利きが揃ってるし、大丈夫じゃないのー」
サクラは気安く言ってくれるが、俺はそこまで楽観的になれん。
あと、雑談しつつも、今もかなりの速度で降りてるんだが、これは一体、どこまで潜るのか。周囲の壁も床と同じ真っ黒だが、どう見ても半端ない速度で流れていくから、普通のエレベーターの比じゃないな。
「もう、高層ビル分くらいの高さは潜った気がするのにね」
サクラがポツッと嫌なことを言ってくれた。
そんな深さ、人力で掘れるようなもんだろうか……。
ちょっと考えてぞくっとした瞬間、いきなりエレベーターが減速していくのを感じた。へその辺りがすうっとして、またユメが「きゃははっ」と笑う。
まあ、俺は笑うどころじゃないが。
そして――しばらくして、ようやく床の下降が止まった。
止まった瞬間、壁の一方向が完全に視界が開けて、「うおっ」と思わず声が出てしまう。
その先は、壁と同じ幅の短い廊下があって、突き当たりに巨大な両開きの金属ドアみたいなのが見える。
真ん中に線があるから、両開きに開くと思うんだが……脇にまた、手を置くような場所もあるし。それにしても、ほんのりと明るいのが不思議だ。特に光源もないのに。
サクラが躊躇なく先に進もうとしたので、俺は慌てて腕を掴んだ。
「待てって!」
「なによ?」
「なによじゃないっ。初めての場所で、罠があるかもしれないだろ? 最初、なぜか俺の掌で下降が始まったんだし、ここは先に俺がいく。それなら、何かあっても俺一人のことで済む。だから、ちょっと待ってろ」
「……そ、そう?」
サクラは、目を瞬いて意外そうに見つめてくれたが、俺は無視して先頭を歩き始めた。
内心びくびくしていたが、特に何事もなく、突き当たりの金属ドアのところへ辿り着く。壁にある、上で見たような白い円形部分にまた手を置くと、意外にもシャッと素早くドアが開いた。開いた先は真っ暗だったが、腰が引けた俺が一歩入った途端――いきなり周囲が明るくなった。
「――わっ!」
仰け反りそうになったやんけっ。
半分、逃げそうになっていたが、辛うじて堪えて周囲を確認した。
「……なんだよ、この戦艦の艦橋みたいな場所は」
コンソールと据え付けの椅子がセットになったようなのが、この広大な空間に幾つも設置されてある。前方の壁を除き、部屋の周囲はどう見てもコンピューターとしか思えないような機械が連なっていて、あちこち小さなランプが明滅していた。
それにしてもやたらと広いぞ、ここ。
「ダルムートは、先史時代の遺跡がそっくり残る場所……という噂が根強く囁かれていましたが、どうやらそれは本当だったようですわね」
呆然とする俺の背後からアデリーヌが来て、感心したように周囲を見渡した。
「先史時代の遺跡? 貴族の誰かがギルドに『先史時代の遺跡に詳しい者を希望します』とか、募集かけてたけど、するとここがその遺跡?」
「ここだけではなく、おそらく大陸全土に点在しているかと」
アデリーヌは親切に教えてくれた。
「このフランバール世界では、ロクストン帝国という統一国家ができる以前の歴史は、ほとんどわかっていません。そのロクストン帝国自体も、たかだか数百年の歴史に過ぎないのです。太古の昔、今より遙かに文明の進んだ国家が存在したというのは、どうやら帝室では密かに継承されている話だそうですが――」
またぐるっと周囲を見渡す。
「おそらく、ここがその遺跡の一つということでしょう。なんらかの事情で地下に造った、大規模な避難場所のようにも見えますね」
最後にアデリーヌは、唯一コンピューターが設置されていない、前方の壁を指差した。
「当然、この先にもまだまだ施設が連なっているようですわね」
見れば彼女が指差す壁には、素っ気ない自動ドアみたいなのが、距離を置いて幾つもずらっと並んでいる。
この部屋というか広間の呆れた広さからして、壁の入り口だけで、数十カ所はあるだろう。
口を開けて眺めていると、サクラがあっさりその一つの前に立った。
今度は別に認証など必要ないのか、簡単にドアが開く。
ただ、その向こうに見えたのはダンジョンじみた通路であり、その向こうを見渡すと、やはり通路の壁に何カ所か入り口みたいな自動ドアが付いていた。
あの数だけ、他に部屋とか通路があるということだ。
「うわぁ……これは調べて全容を把握するだけで、とんでもない時間がかかりそうだな」
思わず俺が唸ると、唐突に女性の無機質な声が響いた。
『貴方達は、正式な認証を経ずして降りてきたようです。盗掘者ですか?』
「うわっ」
俺は叫んだし、サクラはぱっと刀の柄に手をかけた。
アデリーヌでさえ、とっさに身構えたほどだ。
「きゃははっ」
……ユメだけは笑っていたけどな。
だ、誰だよ……俺達以外の声だったぞ、今のっ。