いろんな意味でヤバい
正直、円卓会議で見た脳内光景は、俺自身は一部納得できない部分があったし、大半は幻のようなものだと思っている。
ただ、あの光景からして問題の場所が地下にあるってことだけは、なんとなく想像していた。
だから、連れて行かれた先が崩れかけの民家の中であり、そこの地下室だった――というところまでは、特に意外だとは思わなかったのだ。
ただ、問題の地下室は広さけは相当な面積だったものの、見事に空っぽだった。
いち早くきょろきょろしたユメが、「パパ、なにもないよ?」と先んじて意見したほどだ。
しかし、アデリーヌがあっさり教えてくれた。
「ここはご覧の通り空っぽなのですが、わたしがマジックスキャンで調べたところ、ここのさらに地下が見通せなくなっているのです」
「見通せない?」
アデリーヌは小さく頷く。
ちなみに、早速サクラがなにやら小さく呪文を唱えていた。
そう言えば、こいつも魔法が使えたな……日頃、ほとんど刀での戦いがメインだが。
「本当だわ!」
しばらくして、サクラもぱっと俺を見た。
「地下に、奇妙な抵抗があって……見通せなくなっている。何か、こちらの魔力探知を防ぐ仕掛けがあるみたい」
「だから?」
「だから、じゃないわよっ。つまり、ここの地下には明らかに何かあるってこと。侵入者を想定して、結界みたいなのを敷設してあるんだものっ」
「それに、なにより奇妙なのは、この地下室の床です」
アデリーヌが、真っ黒な床を爪先でコツコツ叩いてくれた。
「音の反響がおかしいっ」
「ええ、ええ。この黒い床は石床などではなく、どうも未知の金属でできているように思えます。暗いからわかりにくいですが、光沢もありますし」
「……な、なるほど」
一応は頷いたものの、それを教えられたところで、俺も困るんである。
どうしろと言うのか?
しかし、アデリーヌはもちろん、ユメやサクラが熱い視線で俺を見るし、後から続々と下りてきたメイドさん達も、同じく俺に注目する。
期待する相手を間違っているだろうと思うんだが、しかし言い出しっぺには違いない。
やむなく俺は、あの円卓会議でやったように、周囲の石壁に手を当て、目を閉じてみた。そのままゆっくりと部屋の内側を歩く。
これで何もないといよいよお手上げだったんだが、一カ所、どうも気になる部分があった。
そこを通過した時、掌にぴりっと来たのだ。
「うわっち!」
慌てて手をどけたものの、目を開けても周囲と同じ普通の石壁である。
「おかしいな、目を閉じてた時、確かにこの向こうに――」
「レージさま、失礼します」
アデリーヌが一礼して進み出ると、俺が撫でていたところを手で何度か叩いてみてから、おもむろに大きく腕を振り上げ、気合い一発、ドガッと肘鉄をぶつけた。
「はっ!」
「ちょっとおっ」
俺は彼女の細腕がぶっ壊れた心配をしたが、逆だった。
今の攻撃が当たった瞬間、嘘のようにバラバラと石壁の一部が崩れてしまう。
な、なんというハンマー肘鉄っ。
今のを脇腹に食らったら、肋骨が全部オシャカになってるぞ……。
だいたい、崩れた石の塊を見ても、ここは結構な厚みの壁だったみたいなのに、なんとまあ、あっさりと!
しかし……その石壁の奥に、床と同じく黒い金属が見えて、俺は密かに息を呑んだ。
しかも、ちょうど手が届くような位置に、白い円形が描かれていたのだ。
「ユメ、ちょっと」
「はぁい!」
手を差し伸べてユメを抱き上げ、その白い円形に手が届くようにしてやる。
閃いたのは、前に金属製のスーツケースを開けた時の記憶だっ。これも、ユメの掌でなんとかなるんじゃないか!
冴えてるな、俺っ。
「叩いてみてくれ、ここ」
「いろんな意味でヤバい! きゃははっ」
訳のわからない掛け声と共に、ユメがペシペシと円形部分を叩く。
しかし……変化ナシ。
なんだ、今度は違うのか……。
「プリンセスじゃなく、レージが掌を当ててみなさいよ。なんでその子が先なのっ」
サクラが横からじれったそうに言う。
「いや、俺の手なんか当てたところで、脂汚れが付くだけ――おいっ」
「気安くパパにさわっちゃ、だめなのよっ」
二人分の抗議を無視して、サクラが俺の腕を引っ掴み、クソ力で持ち上げて、ばしっと白丸に叩きつけやがった。
「いてっ。お、おまえなあっ」
俺は思わず文句を言いかけたが、しかし今度ばかりはこいつが正しかったらしい。
ガクンッと足元が揺らぎ、いきなり床が沈下し始めたからだ。
そう、この地下室そのものがエレベーターと化したように、いきなり黒い床がぐんぐん下降し始めたのだ!
「おいおいおいっ」
「きゃははっ」
「ほら、ご覧なさいっ」
ドヤ顔で腕組みするサクラに、俺は喚き返す。
「そんな場合かっ。ヤバい場所に直行だったらどうする!?」




