再び暗殺者
「へぇえええ」
俺は思わず唸ったね。
「愛されてるんだな、アデリーヌ」
感嘆の言葉だったんだが、アデリーヌはなんとも言えない顔をした。
「わたし、もう屋敷を退去したことにしますわ!」
しばらく考えた後、彼女は決然と言った。
しかも本当に食事の途中で、一礼してこの場を辞してしまったのである。
……そこまで嫌わなくても。
なら、俺はこっそり、皇帝とやらの顔を見に行くかな?
ただ、男の俺がここに滞在していると悟られるのはまずいだろうと思い、俺は密かにユメを連れ、中庭の花壇のそばから皇帝の一行を覗き見することにした。
ここなら距離も適度にあるし、大丈夫だろう。
……しかし、既にそこにはサクラが立っていて、微妙な顔で腕組みしてたりして。
「なんだ、おまえも野次馬か?」
「まぁね。現皇帝の顔くらい見ておこうと思ったけど……正直、引き籠もりっぽい冴えない男だったわねぇ」
「……俺の顔を見ながら言うな、こら」
文句をつけながらも、俺はユメを抱き上げて、肩に乗せてやった。
「ほら、これならユメも見られるだろ?」
「動物園で、人垣の後ろからパンダ見るんじゃないんだから」
「うるせー」
上の空で言い返しつつ、俺は屋敷の正面ホール前で揉めている集団を見た。応対に出ているのはこの屋敷で数少ない男の一人で、例の執事さんである。
アデリーヌが言い含めたように、「主人は一足先に出ました」的なことを告げているらしいが、かっちりと正装した煌びやかなスーツの集団が、まだ押し問答しているようだ。
皇帝ってのは、おそらくその真ん中にいる、ひょろっとした白い礼装の人だろうな。
金糸がふんだん使われた派手なタキシード風スーツ姿だが、伸び上がるようにして、ホールの向こうの屋敷内を見ようとしている。
アデリーヌが本当にいないか確かめたがっているのが、見え見えである。
「惚れてるみたいだなあ、あの人」
「パパの方が、断然かっこいいのよ」
ユメがぺとぺとした手で俺の頭を撫でてくれた。
「ははは、ありがとうな」
「……変ね」
サクラがぽつっと言って、俺は首を傾げた。
「なにが?」
「東の方を見て。一人、皇帝の一行に近付く男がいるけど、あいつだけ服が平服よ」
「……む?」
本当だった。
皇帝の取り巻きと同じく金髪碧眼には違いないが、そいつはあくまで平服であり、礼装やスーツなどではない。そのくせ、きっちり帯剣している。
「護衛にしても妙だ」
「わたし、様子を見てくるっ」
思い切りのよいサクラは、早速走り出した。
俺はといえば、さすがに皇帝を守る義理もいわれもないので、そのまま屋敷の方へ避難することにした。
ユメがそばにいるからな。
しかし、事態は俺が思うより遙かに深刻だったらしい。
「その男を止めてくださいっ。侵入者です!」
なんて叫び声が聞こえたかと思うと、エレインが抜剣したまま走ってきた。おそらく、途中でもう何名か斬ってきたようだ。
あ……今、警笛の音も屋敷中に響きだした。
そして、走ってきた男は、剣を抜いてまっしぐらに皇帝を囲む一行へと斬りかかっていく。
うわ、マジだぞあいつっ。
今度は皇帝暗殺かっ。
驚いたが、さすがに今回は一人しか残っていなかったので、暗殺以前の問題だったらしい。皇帝の取り巻きが逃げ遅れ、二人ほど凶刃に倒れたが、肝心の皇帝に斬りかかる前に、サクラが阻止した。
「なんでこのわたしが皇帝なんかっ」
こんな時まで文句を言いつつ、サクラの聖刀が、受けた賊の刃を押し戻す。
「でも、今は死んでもらうわけにはいかないのよ!」
自分勝手なセリフを恥ずかしげもなく叫ぶと、長い髪が激しく舞い、一瞬、サクラが身を沈める。その刹那、彼女の長大な刀が、虚空に薄赤い軌跡を刻む。
下方から男の手元へと、半月系にくっきりと。
次の瞬間、男の剣は手から飛ばされ、くるくる回ってどこかへ落ちた。
さすがブレイブハート! 口は悪いが、腕は衰えていないっ。
「おおっ」
皇帝その人が口を開け、サクラを称賛の目で見てたりして。
「なんと……美しい」
むう? もしかしなくても、これは惚れられた予感がするぞ。
あんた、まず間違いなく、あいつの見かけに騙されてるよ!




