アデリーヌの遠謀
しかし、「これだけの規模の屋敷を持つ家が拠点移動するんだから、さぞかし大変だろうな」と思った俺の予想は、よい意味で外れた。
というのも、例の巨大円卓があったでっかい軍議の間みたいな広間は、床に広間内全部をカバーする魔法陣が敷設してあり、中にあるもの一切合切を転移してくれるのだという。
つまり、そこと同じ転移の魔法陣が、アデリーヌの所領がある南部のリュトランド家本家の広間にもあり、どばっと一気にそこへ移動可能ということだ。
もちろん屋敷全体ではなく、あくまでもその広間内の空間に入った人や物だけだが。
だが、それが可能だということは、移動したい者や人を、軍議の間にどんどん詰め込めばいいだけの話である。
南部の本家を移動した後は、さらにそこから俺が脳内映像で見た、南部のダルムートとやらへ移動すると。
こういう手順だな……うう、胃が痛いな。到着してなにもなかったら、どうするよ。
俺の心配をよそに、翌日の昼過ぎには、既に持ち出したい品の大半は軍議の間に移動完了して、移転の準備は早々に終わってたりして。
さすが、数十名のメイドさんがせっせと作業しただけのことはある。
「それに、光の種族を自称する連中が、ハンター共を当家に送り込んだのは、むしろ我々にとって幸いでした」
昼食の場で、アデリーヌは教えてくれた。
「というのも、皇帝はまだわたしに遠慮がある上に、あの男自身は当家に手を出すなど、現時点では考えてもいなかったのです。ですから、昨日の襲撃は早速、皇帝にハンターの暴挙を訴え、『そういうわけで当家は一時、帝都バルバライズから緊急避難します』と通達も終えております。……だって、治安が悪くて怖いですものね」
口元を上品に手で押さえ、「おほほ」などと微笑するアデリーヌだが――。
俺はむしろ、それを見越してハンターの死体を全部中庭に並べ、「ほら、こいつら全員、わたしを殺しに来たんですよのっ」と言わんばかりに誇示するこの人の遠謀が怖い気がする。
現に今、帝室の意向を受けて死体処理の連中が来て、リュトランド家のメイドさん達にペコペコしながら、死体を運び出している最中なのである。
この件はなんと、「光の信徒達の一部が暴走か! ハンター達の暴挙っ」などという見出しで、新聞記事にまでなっているのだと。
おまけに、記事タイトルそのまんまで、号外まで出回っているそうな。
このフランバール世界が俺の思ったよりは進んでいて、既に火薬が発明され、銃器まで出始めているのは、もう前に聞いていたが。
一部の住人しか読まないとはいえ、さらに新聞まであることにたまげる。
もっと度肝を抜かれるのは、知る者こそ少ないが、その新聞社のスポンサー的出資者の大元を辿ると、全てこのリュトランド家に至ると聞かされたことだ!
要するに、某テレビ局が○通の悪口ニュースをあまり流さないのと同じく、リュトランド家を非難するような記事は、まず絶対に帝都の新聞には載らないということである!
そんなことした日にゃ、「あなたの会社には、もうお金出しません」と、こうなるからな。
おおお、積極的にメディアの力を利用しようとする聡い人が、こんな時代にもいるとはっ。
それどころか、時代が早すぎてまだ誰もそんなこと考えてないもんだから、リュトランド家が――いや、このアデリーヌがその力を独占してるぞっ。
「アデリーヌの慧眼には恐れ入るなぁ」
俺はシチューを啜りつつ、しみじみと言ったものである。
「お褒めにあずかり、恐縮でございます」
主人のくせにテーブルの下座に着いた彼女が、恭しく低頭した。
「全ては大いなる君のためです」
いや、俺に頭を下げられても。
「それにくらべてぇ」
俺の横に座ってジャムを載せたパンをかじっていたユメが、情けなさそうに眉根を寄せた。
「レイモンやヒューネルは、使えないのよぉ。未だにどこにいるのかわからないもん」
「だよなあ……いや、使えないとかじゃなく、未だに行方不明のままだ」
俺もあの二人を思い出し、腕組みした。
「どうせ連中も記憶を失っているんだろうけど、どうも帝都にはいないようだな……噂も聞こえてこないし」
「もうクビにしちゃもん~。もどってきても、もうあの子達の席はありませんんんっ」
ぷくっと頬を膨らませてユメが愚痴る。
いや、本当は割と心配しているのが、見え見えなんだけどな……見つかるといいな、あのコンビ。
なんてしみじみとしていると、ノックの音がした。
「お入りなさい」
アデリーヌの声とほぼ同時にドアが開く。
「失礼します! アデリーヌ様っ」
メイドさんの誰かが顔を出し、アデリーヌを呼んだ。
呼ばれた彼女がメイドさんのそばに歩み寄り、しばらく二人で話す。すると、話が終わる頃には、アデリーヌの顔が嫌悪感に溢れていた。
「……なにかありました?」
戻ってきた彼女に問うと、ため息と共に教えてくれた。
「それが、どうも皇帝自ら、お忍びで当屋敷へ出向いてきたそうですわ。どうやら、わたしが帝都を退去するのを阻止するつもりらしく」




