ブレイブハート
しかし……この女子高生はちょっと豪華だぞ。
いや、表情はしんと静まり返っているが、ワンレングスの髪型に、伸ばした髪はアニメでしかお目にかかれないほど長い。
そういや、頭を飾る白いヘアバンドも、リアルではあんまり見ないような。
少しだけ吊り上がった切れ長の目のお陰でやや気が強そうに見えるが、なにしろ嘘みたいな美形なんで、まずそっちの方に驚く。こんな子が赤い鞘の長大な刀をスカートに差してたら、もはやコスプレにしか見えん。
その子は、あまり興味なさそうに部屋をぐるりと見渡し、最後にシングルソファーに座った俺に目を留めた。
……正直、朝食の納豆を見るような、ひどくどうでもよさげな目付きだった。
「――まだ殺してないの?」
薄桃色の唇から、とんでもないセリフが吐き出された。
「ええっ!?」
いや、思わず声が洩れたな、うん。
押さえきれなかった。これほど、綺麗に期待を外された経験はないぞ、くそっ。
しかも、俺が顎を落としたのを見て、今まで黙ってた三人目が、爆笑しやがる。
「ぎゃははっ。おまえなに、こいつが味方だと思ったのか!? そりゃ、大外れもいいトコだぜ」
「全くだなぁ、はっは!」
赤毛が追従して腹を抱えた。
「味方どころか、ベッドで死んでるジジイを殺したのは、その女だっつーの」
「うええええ」
俺はまた声を上げた……今度は絶望の呻きだが。
一人で苦笑していたリーダー格のレスティが、そこでようやく口を挟んだ。
「まぁ人殺しには見えないし、状況柄、勘違いもわからんでもないさ。サクラ、今回はおまえも、話が付く前に短気を起こして殺すなよ」
「それは、経過次第ね」
サクラと呼ばれた女の子は、ひっそりと俺の近くに立つ。その際、俺がまだ名前も知らない三番目の男を、「邪魔」と一声かけて手で押しのけさえした。
当然、男の方はむっとしたが、サクラが静かに目を向けると、コソコソと自分から場所を譲り、下がってしまった。
も、もしかして、この女の子が一番ヤバいヤツなのか!?
「さて、ブレイブハートが来たところで、話の再開だ」
ブレイブハートってあの子か? と悩んだ俺を、大男のレスティーが見下ろす。嫌過ぎることに、既に腰の剣に手をかけていた。
「おまえが細かいことを知らないだろうってのは、俺にも想像がつく。ダークスフィアはおろか、アドマイラーのことも知らないだろう」
今度はアドマイラーってなんだと思ってしまう。
人の名前でもなさそうだが、俺の英語力の低さをナメんな。
だがもちろん、そんなことで悩んでる場合ではなかった。レスティはわざとらしくゆっくり長剣を引き抜き、やたら切れ味がよさそうなそれを振りかぶった。
「――だが、おまえは赤子の居所だけは、絶対に知ってる。どうせ殺せばわかってしまうことだ。今のうちに話せ、そうすれば殺さずに済むんだ。嘘は言わんぜ?」
「そ、そんな保障が」
「信じろ」
真面目な顔で、レスティーが遮る。
「おまえを殺したところで、俺達には意味がない。それに、本当に殺して情報を得る方がいいと思うなら、初めからそうしてる。こうして手間をかけてること自体、そこまでしたくない証拠だろうが」
俺は大きく深呼吸をした。確かに、言い分の筋は通っている。
いつの間にか、頬が冷や汗に塗れていた。
「あの子を殺すつもりなのは何となくわかるが、あんた達の正体は、訊けば教えてくれるものなのか? それと、なぜあの子を狙うのかも」
「なぁ、もう殺しちまおうぜ、こいつ」
赤毛がうんざりしたように口出しした。
「死体から情報引き出した方が、はえーよ」
「まあ、待て。ここまで我慢したんだ、あと少しくらい、付き合ってやる」
レスティもめんどくさそうなのは同じだが、ひとまず長剣を下ろしてくれた。
「多分、おまえはひどい勘違いをしてそうだしな。まず、ひょっとしておまえ、俺達が悪党側だと思ってないか?」
「……え? だって、そうなんだろ」
俺が眉根を寄せると、憤慨したように野郎共がしゃべり始めた。
「聞いたか、おいっ。こいつ、殺す前にボコボコにしようぜっ」
いきなり赤毛が鼻息荒くレスティーに言う。
「賛成だ! さすがに大人しい俺も、切れたぜ」
レスティー以外の二人が拳を固めて迫ってきたが、またレスティーが止めてくれた。
「長々とおまえの疑問に付き合う気はないが、これだけは教えてやる。おまえが庇おうとしている赤子は、遠い昔に俺達の世界を滅亡させかけた、強大な邪神の転生体なんだぞ」
俺は――多分、ひどく愚かしい顔をして、レスティーを見返したはずだ。
え、あの子が邪神? んな馬鹿なっ。
「し、しかし、さっきは王女って」
「そりゃ抹殺任務を帯びた、俺達ハンターの間の隠語だ。下手に『邪神が』なんて口にすると、万一邪神の転生が民衆に洩れ時に、大騒ぎになるからな。だから、『暗黒の王女』って意味で、わざとプリンセスと呼んでる」
言葉もない俺を、レスティーはじっと見つめた。
「わかったら、居場所を吐け。そうすりゃ、おまえは生きてここを出られる」