サクラの実力
「むっ」
ギィィィンという、エグい音が響いた。
首筋を狙った横殴りの一撃は、抜剣したレナードの件が防いでいた。
ただ、ここで驚いたのは、サクラはそもそも「防がれたのが予定の行動」みたいな動きをしやがったことだ。
受けられたと見るや、流れるような動きでさっと身を屈め、左足を旋回させて、レナードの足元を豪快に払ったのだ。
こいつ、実戦慣れしてやがるなっ。
「――っ!」
たまらず、白いスーツの長身がバランスを崩し、倒れそうになる。
その、いかにも不安定な状態のレナードめがけ、満を持してサクラの第二撃が襲った。低い位置から、彼の急所へとまっしぐらに。
長い黒髪が派手に舞い、サクラの瞳がぎらりと光る。
完全に倒れる寸前のレナードにとって、これはおそらく決め手の剣撃となったはずだが、それでもこいつは宙に浮いた状態から身を捻り、無理に避けた――ように見えた。
ブォンッととんでもなくいい音がして、サクラの刀が空を切る。
鮮やかな薄赤い軌跡が虚空に刻まれ、その後はサクラ自身も大きく後方に跳んで間合いを開けた。
レナードといえば、倒れる寸前のところを片手を大地について側転し、なんとかまともに着地を果たした。
ただ……首筋には明らかに赤い筋が残り、鮮血がじんわりと滴っている。
明らかに、必殺の第二撃は、サクラが手加減したということだろう。さもなくば今頃、彼の首と胴体は泣き別れだったはずだ。
「ふーん、だいたいわかったわ」
何事もなかったように立ち位置に戻っていたサクラは、しれっと刀を収めていた。
「さすがに、わたし達の時よりそれぞれの力量は落ちるみたいね。……まあ、他に覚醒した奴も手合わせしないとわからないけど」
なんてことを言いつつ、思わせぶりに俺達の方を見たが、いや、おまえなに言ってんだよ、なにを!
俺でさえ「こいつ、なに考えてんだっ」と思ったほどだから、当然ながら、殺されかけたレナードなんか、めちゃくちゃむっとしていたな。当然だが。
「いきなり何をするんですかっ」
「……別に。だいたい、あんたも多少の訓練にはなったでしょ? 実力者とやらないと、腕なんか上がらないし。言っとくけど、今のはわたしが手加減したけど、もししてなかったら、あんたはもう死んでるわよ? ブレイブハートとして覚醒したっていうなら、喜ぶばかりじゃなく、もう少し修練積みなさいな」
俺達はもちろん、二人のメイドさんまで、唖然としてサクラを眺めていた。
こいつやべー……キ○ガイに刃物とは、まさにこいつのことじゃないのか?
その場は一応、「サクラがブレイブハートの先輩風吹かせて、無理に試合を挑んだ」ということで話はついた。
いや、たまたま静まり返ったその場に、アデリーヌを乗せた馬車が戻ってきて、当主の彼女自身がにこやかに話をつけたからな。
そうでなきゃ、まだ揉めていたかもしれない。
とはいえ、レナードと名乗った少年は、自分が未熟だったことは大いに認めたらしく、最後はサクラに「かつてのブレイブハートなら、ぜひ今後も練習相手を」なんて頼むほど、機嫌は回復していたが。
しかしサクラはそれにも、素っ気ない返事だったな。
「それはどうかしら……だってわたし達は、そのうち殺し合いするような関係になるかもしれないわ。今だって、いわば敵情視察で斬りかかったようなものだしね」
――この捨てゼリフである。
とはいえ、不思議だったのは、彼が帰った後、メイドさんから事情を聞いた当主のアデリーヌが、あまりサクラに文句を言わなかったことだ。
文句を言わない代わりに、彼女はずばっとこう尋ねた。
「来たるべき戦いでは、貴女は我が闇の軍勢に味方して頂けるものと考えていいのかしら?」
意味わからんが、目は完全に本気だったな。
そして、その時のサクラはどこか暗い瞳で静かに答えていた。
「忘れようとしても忘れられないことがあるのよ。いずれにせよ、今度わたしが戦う時の敵は、人間そのものと光の軍勢を自称する連中となるはず」と。
そうか……おまえやっぱり、普段は忘れたような顔してても、かつての哀しみを引きずったままなのな。
こいつの過去を聞いただけにしんみりしていたら、ユメが抱きついてきて、「戦いになったら、ユメがいっぱいかつやくするのよ~。パパのためにっ」なんて明るく言ってくれて、ぎくっとした。
いや……むしろ戦いが避けられない時は、俺に戦わせろよ、ユメ。
それが父親役の務めだろ。