大いなる君の意志
「なんで……わたしだけ……こんなのひどい……」
おぉおお、声が本気で暗い。
ここまで落ち込むのは、こいつにしては珍しいな。サクラは活躍していただけに、やはり結構いいアイテムを入手していたようだ。
それが全部スカッと消えて、ダメージもひとしおらしい。
「まあ、そこまで落ち込むなって、なっ」
俺は可哀想になって、サクラの肩をそっと叩いてやった。
からかうつもりではなく、本気で慰めるつもりでさ。
「次に期待しろ。次はおそらく残っているさ。神様がいるなら、きっと今のおまえに同情しているだろうと思うぞ?」
「あのねえっ」
きっと俺を睨んだサクラだが――。
様子を見に近寄ったエレインが、なぜか話題のステータス画面を見て小首を傾げた。
「どれが消えたんですか?」
「――えっ!?」
もう一度確認したサクラは、「あれ」と小さく声に出し、口を半開きにした。
「なんだ、今度はどうした?」
「いえ……なぜか、さっき見た時はなかったはずのアイテムが、全部揃ってる……わ」
これもこいつにしては珍しく、畏怖心が籠もった声音だった。
「慌て者め、よく確認しないからだ」
「だって、確かにレージが肩を叩く前は全て無かったのに――」
言いかけ、大きく息を吸い込む。
俺を振り向いた時の表情が、強張っていた。
「なんだよ、なんて顔で人を見るんだ」
……ていうか、おまえさー、それは単なる見間違いだろうに。なんだかなー。
俺が呆れて首を振ったのは、言うまでもない。
ただ、最後にエレインが、固まっているサクラを見て告げたのが印象的だったな。
「ですから、申し上げたでしょう? 全ては大いなる君の意志なのですよ」
信心深いこの子らしい発言である。
まあ、俺はサクラが見間違えただけだと思うけど。
結局、俺は次のダンジョンアタックからは、ユメと一緒に歩くことになった。
とはいえ、もちろんメイドさんの護衛を複数付けての話である。
俺用じゃなくてユメ用だ、もちろん。
どうやって設定しているのか知らんが、ユメに対しては相変わらず痛みもないようにしてもらって、俺自身は普通に通常設定のまま、暇さえあればダンジョンアタックしたな。
十日ほど過ぎる頃には、割とメイドさん達とも仲良くなり、俺自身の腕も最初に比べればだいぶ上がった気がする。
なんといっても、あれからもちょくちょく屋敷に来るようになったサクラが、「……レージって転生戦士かもしれないわね」なんて言い出したほどには上達した。
んなわけないが、人間、なんでも慣れだな。
ただし、まだ本当に実戦を経験したことはないけど。
俺はあのダンジョンを一種のテレビゲームだと認識しているから。
そんな風に、俺がこのアデリーヌの屋敷にすっかり居座って慣れてきた頃に、事件は起こった。いわば、最初の前兆みたいなものだ。
その日、俺はユメと二人で手を繋いで、やたら広い屋敷内の敷地を散歩していたんだが、ちょうど正門付近に来たところで、ユメが「パパ、パパっ」と手を引いたのである。
もちろん、俺にもこの子が何を言いたいのかわかっている。
……スーツ姿の真っ白い髪をした美少年が、正門のすぐ前に立って屋敷の方を見ていた。
ちなみにこの国でスーツといえば、だいたい裾が長いタキシードみたいな服だが、こいつはそのスーツも純白である。
軟弱そうに見えるが、帯剣していたし妙に威圧感を感じるから、案外腕の立つ戦士かもしれない。
言うまでもないが、この屋敷の警戒は万全であり、もちろん正門にも常時二人の護衛が付いている。護衛というか、モロにメイドさんなんだが、腕は確か過ぎるほど確かだ。
その二人が正門前から動かない彼を見て、わざわざ彼の前へ歩み寄った。
「……何かご用ですか?」
おぉ、むちゃくちゃ警戒心が籠もった声だな。
どうもあの少年に何か思うところがあるらしい……実はそれは俺も同じだが。




