後から来る者
「ま、待って待って」
俺はとっさに両手を上げ、無闇に首を振った。
「俺、関係ないですから! 無関係の一般人、オーケー?」
なぜか外人を相手にするようにぶつ切りでしゃべる。
相当に動揺している。
「ああ、なるほど……一般人か」
意外にも、赤毛のにーちゃんはニカッと笑って剣を収めた。
「そりゃ短気起こして悪かった。あの死体とはなんも関係ないってことだよな」
「もちろんですよ!」
赤毛の後ろに立つ二人の大男の沈黙が不気味だが、とにかく目の前の赤毛に希望を託し、俺は頷きまくった。
赤毛にーちゃんは俺の肩を叩き、にこやかに言った。
「じゃあ、お互い間違いってわけで、帰っていいよ」
「本当ですか! じゃあ、お言葉に――げふっ」
いきなり腹に重いパンチを食らい、俺はその場に前屈みになる。痛みというより、吐き気と苦痛で横倒しになりかけたが、赤毛が俺の腕を掴んで物みたいに引きずり、部屋にあるシングルソファーに突き飛ばした。
勢い余って、ソファーごと後ろに引っ繰り返りそうになった。
「……んなわけねーだろ、阿呆」
一転して笑みを消した赤毛が、冷たい声で言う。
こいつが一番体格的に俺に近いのに、爬虫類みたいな感情のない灰色の目をしてて、勝てる気がしないっ。
「意味もなく、ここに来るわけねーし。時間取らせないで、とっととしゃべれ。あの子はどこにいる。それとダークスフィアだ。ほれ、吐けって」
「だ、ダークスフィア?」
苦しみのせいで身をよじりながら、辛うじて訊き返したのに、赤毛は今度は容赦なく頬を張り飛ばしやがった。
「おまえ……ひょっとして、俺達のことナメてる?」
「とんでもないっ。俺はホントに何とかスフィアなんて知らないんだ」
弱々しい声で抗議したが、赤毛はまた無言で剣を抜いた。
「右腕から初めて、チビチビ手足を落としていこーかー?」
声は陽気だが、セリフは全く笑えない。
ホントに知らないのに、どうしろってんだ!
「だんまりかよ。じゃあ――」
「待て、ディックス」
無言だった大男の一人が、ふいに赤毛を止めた。
三人ともそうなんだが、このでかい男も上半身は一部レザーアーマーで、後はごわごわの生地で出来たズボン姿である。でもって、全員が長剣で武装している。
ただ、黒髪を後ろにとかしつけたこのおっさんは、どうやら一行のリーダーらしく、赤毛は渋々剣を引いた。
「なんだよ、レスティー。あんたと言えども、止める権利はないだろ。相手は奴らの仲間だぜ」
「いや、さっきから見ていると、この男は『あの子』と聞いた時には心当たりありそうに見えたが、ダークスフィアと聞いた時にはぽかんとしていて、何もわからない様子だったぜ。もしかすると本当にただの日本人で、知らぬうちに巻き込まれた可能性があるんじゃないか」
俺は必死で何度も頷いた。
声に出さなかったのは、少しでもしゃべると吐きそうだったからだ。まだ最初のパンチから回復していない。
「俺が代わりに質問してやる。……おい小僧、赤ん坊を知ってるな?」
「公園で倒れていたじーさんが抱えてたのを見つけたけど、その後のことは知らない。面倒ごとに巻き込まれるのが嫌で、逃げたし」
とっさに俺は、真実をまぜた嘘をついてみた。
途端に、レスティーとやらは哀れみを込めたような目で俺を見やがった。
「……肝心なことを忘れてないかぁ、おい? おまえは朝、駅へ走って行く俺を見たはずだ。あの時にすれ違った俺は、まだおまえに注意なんぞ払ってなかったが、それでも場違いなケースを引きずるようにして歩いていた男のことは覚えている。……間違いなく、あれはおまえだった」
――くそっ、運が悪い!
俺は内心で呻いた。駅のコインロッカーでケースを回収して帰宅する途中、確かに野郎二人が走って行くのとすれ違った。
キョドってたからちゃんと顔を見てなかったけど、あのうちの一人がこのおっさんだったとは。なんかしゃべる度に、どんどん立場が悪くなっていく気がするぞ。
「親切な俺は、おまえの決心を促すために、もう一つ教えてやろう。ここへ来たってことは、おそらくおまえは公園でジジイの死に際を看取ったんだと思うぜ。で、その後でおっ死んだあのジジイの死体は、実は後から呼ばれた俺が公園で見つけ、回収している。本当はもっと前に、ジジイと一緒に赤ん坊も殺せたはずだが、見つけて先制したこいつが――」
とレスティーは急にそっぽを向いた赤毛を見た。
「見事に逃げられてしまって、後から探す羽目になったわけさ。おまえはタイミング悪く俺が探し当てる前に瀕死のジジイを見つけ、赤ん坊を家に連れ帰ったんだろう。もちろん、駅からケースを持って帰ったのは、あのジジイから死の間際に何らかの伝言を受けたためだと思う」
馬鹿にしたような灰色の目で、こいつは俺を見る。
ほぼ完全に俺の行動が読まれてて、嫌過ぎる! もう、ある程度は認めるしかない。
「あの老人の死体を回収したのは、なぜ?」
「人目につかない場所まで運び、俺が死体の脳から情報を得るのに使ったのさ。俺は仕事柄、その手のダークマジックも少し知ってるからな」
さすが悪の手先、気味の悪いことをさらりと言ってくれた。
「信じられないのはわかるが、嘘じゃないぜ。死体の鮮度のせいで得られた情報は断片に過ぎないが、この隠れ家のことだけは掴めたから、こうして先回りしてあの男を殺せたんだぜ……まあ、あれは俺が殺ったんじゃないが」
ベッドの死体を一瞬だけ振り返り、レスティーは淡々と言う。
「だが、おまえはまだ生きてるし、今すぐ殺して脳から情報を得れば、おそらく知ってることのほとんどは引き出せるはずだ。言っておくが、これは脅しじゃない」
「そうそう。拷問がどうのってしゃべってたのは、気配を掴んでたおめーをからかっただけで、本当はレスティーがいれば殺した後で情報を奪えるわけよ」
赤毛が自分の手柄みたいに胸を張りやがる。
「だから、がんばったって――」
言いかけ、なぜか赤毛はぱっと階段の方を見た。
それは野郎二人も同じで、にわかに全員が緊張したように見える。
……思わず俺もそっちを見ると、有り得ないような人物が階段を上がって二階に登場した。
どれくらい有り得ないかというと、なんとブレザーの制服を着た、女子高生っぽい女の子である。
本物の女子高生との違いと言えば、スカートの腰に刀を差してることくらいだ。
いや、それが一番大きいけど。
ひょっとして、救いの神か!? なにしろこのピンチだ。この際、あんなヤバそうな女子高生にだって期待するって!