サクラのハードな過去
「いや、そういやまあ、レベル『だけ』は高かったですね、俺。はははっ」
遠くを見つめつつ、愛想で笑うと、アデリーヌは握る手にキュッと力を込めた。
「そうです、レージさまのレベルは、調べるまでもなく、世界最高峰なのです。誰が、貴方さまに敵対できましょう。本来、ダンジョンごとき、ご自宅の庭を散歩するようなものですわ」
えぇええ……それはちょっと、さすがに賛同できないな。
俺がどう答えたものか悩んでいると、彼女は続けて言った。
「とはいえ、記憶上は初めてのことなら、ご不安もお有りでしょう。では、こうされたらいかがでしょうか? このわたくしか、あるいはメイド達の誰かを連れてご一緒に向かわれては?」
「……えっ?」
俺は慌ててアデリーヌに向き合い、そこで仰け反るほどたまげた。
いつの間にか、屋敷の全メイドさんかと思うような人数の女の子達が彼女の後ろに勢揃いし、恭しく片膝をついていた。
何十名いるんだ、一体!
こんなにいたのも驚きだが、全員、いつの間に来てたんだ……気配も足音もしなかったぞ。
「め、メイドさんとですか」
「ユメもいくぅ~、パパぁ、連れていってぇ~」
ユメが俺の腕をぐいぐい引っ張ったが、それどころではない。
「しかし、さすがに……危なくないですか」
「ご心配なく。当家のメイド達は、レベル40以下は一人もいません。レベル50以上も四人いますわ……このわたくしを含めて」
恭しく胸に片手を当て、アデリーヌは低頭してみせた。
レベル50越えが四人っ。四天王かよ!
そもそも、このアデリーヌもサクラ以上の実力者ってことになるのか、そうすると。
「パパぁ、パパぁ、ユメも~っ」
俺達の会話に割り込み、ユメが半泣きで自己主張する。
行きたくてたまらないらしい。
「いやいや、おまえはさすがに駄目、絶対!」
「なんでぇ! ユメはやみのぐんぜいの司令官クラスだから、強くないとだめだもんっ」
本格的に抱きついてきて訴えたりして……うう、その目つきやめろ。
「では、こうされてはいかが?」
ふいにアデリーヌが悪戯っぽい目つきをした。
彼女の提案とは、「それではユメちゃんの怪我を、全てレージさまが引き受ける魔法をおかけしましょう」というものだった。
「その方法なら、ユメちゃんが怪我をすることはありませんわ。他にも、楽な方法はいろいろありますし」
「そんなのがあるんですかっ」
……そりゃすげーが、しかし俺は怪我しまくりではないか。
「もちろん、怪我を引き受ける相手がレージさまである必要もございません。なんでしたら、うちのメイド達の中から、お好みの者をお選びください。彼女達なら、そもそもHPも余裕ですし、大抵のことは平気です。――わたくしを含めて!」
最後にまた自分の胸に手を当て、アピールするアデリーヌである。
選択の中から自分を省くなと言いたいらしい。
「ユメ、おけがしないもん!」
当のユメがまた自己主張した。
「だんだんね、だんだん思い出してきたのよ、戦い方を。ユメはね、多分すごく強いと思うのよっ。ユメは強い女の子!」
「んな馬鹿なー」
「本当だもん! パパを守ってあげるぅっ」
「なんでしたら、メイドを一人ではなく、五名くらいお連れ頂ければ、レージさまのご心配もなくなるのではと」
「――待った!」
なぜか見事に結託して俺に迫る二人に、俺はやむなく声を張り上げた。
途端に、静まり返って注目浴びてしまったが。
「では、こうしましょう。ユメはまあ、その強レベルのメイドさんが囲むようにして、俺達の後からついてくるということで」
自分でも正気かと思うが、この人達が俺と同じくらいユメを大事に扱っているのは間違いないからな。怪我を引き受けるってところは置いて、強い人達で囲むようにしてついてきてもらおう。なに、さすがに本当に戦うところを見れば、ユメだってすぐ戻るって言うさ。
「あと、俺も一応、この世界に知人がいるんですよ。碧川サクラってヤツですが。今回、駄目元でそいつに同行を――」
……頼もうと思うんですが、と言いかけ、俺は周囲の緊迫感に気付いた。
全員、はっとしたような顔で俺を見たな。
いつもなめらかに返事をするアデリーヌでさえ、少し意表を突かれたみたいだ。
「碧川サクラ……かつてのブレイブハートですね。あの時はわざと無視していましたが、なるほど、それもいいかもしれません」
背後でメイドさん達がざわついたが、彼女は思い直したように微笑した。
「ブレイブハートであるにもかかわらず、守っていた人間達に裏切られ、人間によって家族を殺された彼女なら、あるいはわたくし達の側と言えるかもしれませんし」
「……えっ」
俺はぽかんとしてアデリーヌを見返した。
なんだ、そのハードな過去は。聞いてないぞっ。




