隠れた(つもり)
しかし、具体的にどうするかと言えば、逃げる手がない以上、やはり話し合うか隠れるしかない。
そこで俺は急いで二階を見渡し、奥に小さな引き戸があるのを見つけ、そこへ走った。開けると、中はいわゆる「ウォーク・イン・クローゼット」というヤツだった。
要するに、歩いて中へ入れる押入だ。
ただ、なんたること! このクローゼットは空っぽなんである。そういや、この家自体、中身がほとんど空っぽの気がする。
やむなく俺は、無理に壁をよじ登って身体を持ち上げ、クローゼットの天井に張り付いた。いや、ここは狭いんで、大の字で天井に張り付くことが可能なのだ。
……もちろん、俺の体力が尽きなければの話だが。
なんとか、横向きにXの字型の姿勢で天井に張り付くことは出来たが、薄く開いた戸を閉めるのはさすがに不可能だった。
そんなもん、自分で手を伸ばして閉めようとした日にゃ、真っ逆さまに落ちる。俺はルパンじゃないんだし。
歯が鳴りそうなほどの恐怖に震えているうちに、一階の玄関が開いた音がした。
口笛交じりで男共がどやどやと入り込み、なぜか真っ直ぐに二階へ上がってくる。いや……なんで、二階へ真っ先に来るんだよ!?
て、よく考えたら俺もそうしてるけど。
前向きに考えれば、すぐに来てすぐに去ってくれないと、むしろ体力が保たないよな。
「警報出たのに、なんであいつは来ないわけ?」
階段を上る足音とともに、若々しい声が聞こえた。
仲間内で話しているらしく、誰かがそれに答える声も。
「さぁな。最初からあいつは移り気だった。こっちのじじいを片付けたくらいだから、やる気はあるんだろうけどよ」
「そうかぁ? 俺が見るに、あのクソガキは単に気まぐれなだけだと思うね。相手が気に入らなきゃ殺すし、そうでなきゃ放置――多分、それだけのことだろうよ」
「なんだそれ、めちゃくちゃヤバい奴じゃねーか。そんなのと共同作戦なんか取れるか、クソがっ」
「別にいいだろ、今は来てないし。第一、プリンセス(!)を殺しさえすれば、その場で俺達の役目は終わるさ」
聞くともなしに聞かされていた俺は、思わず喉が鳴った。
最初に殺されたじーさんが銀髪で、ユメも同じく銀髪である。そして、この家のじーさんも。
三名共に同じ一族と仮定して、しかも今上がってくる連中がユメ達の敵とするならば……ひょっとして、ユメってどっかの国の王女なのか。
それも、おそらくは異世界の。
できればもう少しゆっくりと考えたかったんだが、あいにくもう連中が二階に上がってきた。
「いねーじゃん!」
最初の若い声が不満そうに言う。
「馬鹿か、おまえ。俺達が土足でわいわい上がって来てるんだ。そりゃどっかに隠れたんだろうよ。いいから、探せ。とりあえずあそことか」
いきなり足音が接近してきた。
そんな、「探せ」と言った途端、真っ直ぐにここへ来なくてもっ。
しかも、三人目のやたらと低い声の男なんか、「見つけたら、殺す前に拷問して口を割らせろよ」などと投げやりに言う始末である。
冗談じゃないぞ。俺は、痛みに激しく弱いんだって。
子供の頃、あくまで歯医者を回避したせいで、今でも奥歯に穴が開いてるくらいだからなっ。
一人で戦慄している間に、近付いて来た誰かは、いきなりクローゼットをガラッと開け放った。汗まみれの俺の直下に、染めたような赤毛が見える。油で固めて立てたみたいな凶悪な髪型で、剣を吊ってるくせに見かけはバンドでもやってそうだ。
そいつは口笛交じりにクローゼットを見渡し、「いねーなー」などと、見ればわかることを呟いていた。
いいから、早く消えてくれ! 脂汗が下に落ちそうなんだって。あと、そろそろ突っ張った腕と足が限界だっ。
俺の祈りが届いたわけでもなかろうが、その赤毛はやっと頭を引っ込め、扉を閉めてくれた。
正直、こんなにほっとしたことはない。
「外れっしたー」
抑揚をつけたふざけた声が、扉の向こうでした。
「……ふん、ベッドの下も駄目だ。まさか一階か?」
「なら、もう逃げたんじゃないか」
「早く調べて、早く戻ろうぜ」
荒々しい足音が複数、遠ざかっていく。ふう……命拾いしたのか。
俺は念のため、細心の注意を払って慎重に天井から下りた。最後は跳んだが、幸い靴下なんで音は立ててないはずだ。
用心深くさらに物音に耳を澄ませてみたが、少なくとも二階に物音はしない。いや、なんか一階からもしない気がするが。
(帰ってくれたか?)
希望的観測の元、俺は静かに扉を開こうと――した途端に、誰かが無理にガラッと引き開けた。
「わっ」
引きずられて倒れそうになり、慌てて足で支えた。
しかし次の瞬間、俺は生唾を飲み下してしまう。
……眼前に、さっき見た赤毛を始め、三人全員が並んでいた。俺を見てニヤニヤと笑いながら。
「その口を開けた間抜け面を見ただけでも、からかった甲斐はあったね」
一番若そうな赤毛の男が唐突に笑みを消し、いきなり剣を抜いた。