聖母騎士団
「それは何故です?」
さすがにわたくしの声も、固くなりましたね。
もちろん、不愉快さのあまりに。
「いえ、悪い話ではありませぬ!!」
男は急に熱心にわたくしを見つめました。
「実は陛下は、以前からアデリーヌ様の美貌に心奪われ、ぜひ花嫁に迎えたいとの思し召しなのです。そこで、招いてもなかなか王宮へお越しくださらない貴女に困り果て、私に『ぜひ、未来の花嫁の好みを探って参れ!』と仰せでした。アデリーヌ様を喜ばせようと、わざわざ密かにその嗜好を探ろうとされたのです。後で盛大な贈り物をして喜んで頂くおつもりなのは、言うまでもありませんっ」
おやおや……頭が痛くなってきました。
わたくしは深いため息をつきました。
「つまり乙女の屋敷に忍び込み、好みを探ろうということですか? なんという悪趣味な」
わたくしが馬鹿らしくなって微苦笑を洩らすと、相手はきょとんとした顔をしています。
何が不満なんだと思っているのでしょう。
本当に、度し難い人達ですこと。
「そもそもこの身は、我が祖先同様、いずれ大いなる君に捧げるためにあります」
目を閉じつつも、自然と自らの両手が動き出しました。
我が身の喉元から始まり、胸の膨らみを掌全体で優しく包み込むようにして確かめ、そこから滑り降りてさらにウエストへと、ドレスの上からそっと撫でていきます。
あたかも我が大いなる君の掌のぬくもりを感じるように。
体型の維持とバランスにはいつも気をつけていますが、間違っても聖母に相応しくない身体とならぬようにせねば。
「無論、皇帝ごときに、我が身を汚させるわけにはいきません」
「な、なんですとっ。私の聞き間違いかっ」
顔を赤くしてわたくしを眺めていた男が、呆れてわたくしの独白を遮りましたね。
なにもわかっていない人達なので、本当に救いようがないことです。
「どうでもよろしい。それで、おまえの身分は?」
「恥ずかしながら、帝室諜報局に所属するディラン少尉と申す者で――」
「そこまででよい」
わたくしは素っ気なく遮ってやりました。
知りたいことはわかりましたし、どうやら嘘もついていないようです。他に用事もありませんしね。
「即位してまだ一年にもならぬのに、もう女を漁ることを考えているとは……帝国の者達はどこまで浅ましく、そして愚かなのでしょう」
「――アデリーヌ様っ」
わたくしが立ち去ろうとすると、なんとか少尉とやらが、急に険しい顔で怒鳴りました。
「先程から伺っていると、貴女の発言は帝国貴族として相応しいものとは言えませんぞっ。陛下に叛意を持っていると疑われたいのですかっ」
「……うふふ」
「な、なんです」
気が変わって、わたくしが少尉の前に戻ると、相手はびくっと肩を震わせました。
根性がない上に、小心な殿方ですこと。
「おまえに教えてあげよう」
一言一言を、噛みしめるように告げてやりました。
「わたくしは皇帝ごとき、謁見した最初の日からこれまで、一度として主君として見たことなどない。わたくしの、そしてこの屋敷に務める者達の主君は、既に太古の昔より決まっているのです」
わたくしが笑顔で振り返ると、四人の部下……いえ、同志達が一斉に声を合わせました。
『全ては、我が大いなる君のために!』
「……ふふふ、そう永遠にね」
「ま、まさか、おまえ達は、聖母騎士団……なのか」
「さすがに察しましたか?」
「そんなはずはないっ」
蒼白になった彼は、激しく首を振りました。
「もう滅んだはずだっ。百年も前に勝敗は決した! ブレイブハート達と相打ちとはいえ、邪神ヴァレンティーヌは封印されたんだっ」
改めて向き直った時に見た少尉は、本当に笑えるほど恐怖に彩られた顔でしたこと。
ああ、実に心地よいことです!
「大いなる君の愛し子は、もちろんわたくし達にとっても極めて大事な方ですし、お守りする対象です。我が祖先の娘でもあるのですから、当然ですね」
わたくしはユメ様のお顔を思いだし、思わず微笑しました。
考えてみれば、ユメ様もまた、我が一族同然です。
「しかし、おまえは根本的な勘違いをしていますね? 我々の信仰の対象は大いなる君ただお一人。そして、あのお方には敗北も滅亡も有り得ないのです。百年前の戦いは、当時の闇の使徒が不甲斐なかっただけのこと。もはや、ダークピラーなどには任せておけません。わたくし達、聖母騎士団が動く時でしょう」




