全ては、我が大いなる君のために
「……う」
そういや、俺は今や闇の軍勢の一員ってことになるのか……ユメの応募に応じたんだし。
しかし、ブレイブハートってサクラみたいなヤツのことだろ。
あんなのが向かってきたら、俺なら速攻逃げるって。
そこで俺は、肝心なことを思い出した。
「いや、待て。確かギルドでサクラに聞いた話だと、もうあいつが最後のブレイブハートだったんじゃなかったか?」
『碧川サクラのことかな? 確かに現時点ではそうだね。彼女はこの世界で未だに健在な、最後のブレイブハートだ。君も聞いているだろうけど、過去世で邪神と戦った記憶を保持する、転生実力者でもある。しかし、ブレイブハートとは元々、闇の軍勢を倒す為に出てきた存在だからね。いわば、ゲームで言うところの、魔王に対する勇者のようなものだ。闇の軍勢が復活するなら、ブレイブハートもまた復活する運命にある』
「マジかっ」
『本当だとも』
どこか愉快そうな声でカオル君は言った。
『特に君がいるからには、復活するに決まっている』
「なんでそこで俺だよ?」
『まあ、わからないならいいさ。それもおそらく君の意志だろうから。でも、君がどう思おうと、降りかかる火の粉は払うべきじゃないかな? 娘のためにもさ』
「そりゃそうだろうけど、今のところは平穏だぞ?」
しかしカオル君は俺の思惑とかためらいなど、知ったことじゃないらしい。
いきなり教師みたいな口調で、言いやがるのだな。
『じゃあ、早速始めよう』
「なにを?」
『もちろん、特訓さ。君が一刻も早く、懐かしい闇の力に覚醒できるようにね。全ては最初から君の中にある。僕はそれを引き出す努力をしてあげるよ』
なんだよ、わけわからん。すげーいらねーし……と思ったものの。ユメの顔を思い出し、俺は我慢した。
確かに、こいつの言うことにも一理はある。
俺が無能のままではまずいだろうしな。
「全ては、我が大いなる君のために!」
屋敷の地下牢獄では、既にメイド姿の部下がわたくしを待っていました。
右手を左肩の下に当て、誇らしげに秘密の挨拶をする彼女に、もちろんわたくしも笑顔で応えます。
「全ては、我が大いなる君のために! 今回は、ご苦労様でした」
せっかくの宴の後に、このような場所へ降りてくるのは興ざめですけれど、スパイを捕まえてくれた彼女には感謝せねば。
「わたくしの部屋に忍び込んでいたというのは、この男かしら?」
真っ先に尋ねると、控えていた彼女は緊張した顔で頷きました。
「左様でございます、アデリーヌ様」
「鍵を開けてちょうだい」
「はい」
太い鉄格子の嵌まった牢の鍵を開くと、わたくしはそのまま中へ入ります。
どうせ不埒な相手は、天井の鎖に両手をまとめて繋がれ、動けはしません。膝立ちにされた状態で、足も繋がれてますからね。
わたくしに続き、恭しい表情のままメイド姿の三名の部下達が後から入ってきます。
「――公爵様!」
もういきなり、シャツとズボンだけにされた下品な男が喚きました。
「帝国内に広大な領地を有する貴女が、しかも、ユリアノス皇帝陛下の覚えもめでたい貴女がっ、どうして屋敷の地下にこのような場所を」
「お黙りなさい!」
一喝すると、たちまち驚いたような顔で黙り込んでしまいました。
……根性のない殿方ですこと。
「まず、わたくしを公爵と呼ばないで。そのような身分は元々、憎き帝国が無理に押しつけてきたもの。亡き我が母を含め、嬉しいと思ったことなど、一度もないわ。それより、おまえはなんの目的で屋敷に忍んで来たのからしら?」
驚愕したのか、口を開けてわたくしを見上げる男を見下ろしました。
帝国に対して反抗的な口を利いたのが、そんなに驚きますか? 笑止なことです。
「話す気がないのなら、盗みに入った不審者として殺害し、死体を帝都の軍警察へ引き渡しますよ? どうも忘れているようですが、現状おまえは、わたくしの部屋に忍び込んでいた、単なる不審者なのですから」
「お、お待ちくださいっ。私の失態ではありますが、こうなったら何もかもお話しします」
たちまち折れてしまいました。
ますます、根性のない殿方ですこと……あの帝室にして、このスパイありですか。
忠誠心の欠片もないのですね。
「じ、実は私は、皇帝陛下のご命令で、失礼を承知で貴女の身辺調査をしておりました」