臣下であり、しもべでございます
「なあ、ユメちゃん。ギルドに募集広告出したよな?」
「うん、出したけど」
訝しそうに認めた後、なぜかユメの表情がぱっと明るくなった。
「あ、そうか。アレにおうぼしたいのっ!?」
「ああ。ユメがいるなら、そこへ入りたい。ただ、その前に聞かせてくれ。ユメは闇の軍勢のなんだ? どういう立場というか、役割かな」
「……おぼえてないの」
哀しそうに目を伏せた。
「ユメはね、何ヶ月か前にこの街で迷ってたけど、それ以前のことはおぼえてないのよ。でも、でもねっ」
もの凄く懸命な表情で俺を見た。
「やみのぐんぜいはね、ユメと忘れてるもう一人のものだったのよ。その人のこと、今のユメはどうしても思い出せないけど。……だからユメは、ちゃんとその人のことを思い出すまで、きちんとぐんだんというか、ぐんぜいを守っていかないといけないのよ」
小さいくせに、胸を張ってこの子は言ってくれた。
「今のぐんぜいにはまだユメしかいないけど、その代わり、ユメがいる限り、消えることもないもの。ふめ……ふめつ? そう、ふめつなの!」
この言葉にもいちいち泣きそうになっちまうな、俺。
だいぶ涙腺が弱ってるのかもしれない。ともかく、軍団はおいて、大方の事情はわかった。
多分、俺と同じく記憶喪失でふらふらしてたら、王都の役人かなんかによって、ここへ放り込まれたという感じだろう。
不思議なことに、俺はこの子に出会って、おそらく大きな転機を迎えている気がする。転機というか、より正確にはやっとスタート地点か?
本来の道へ戻ったというか。
大げさだが、「これからどうしようかねぇ」なんつー、ふにゃけた迷いが消えたからな。
「なあ、ユメ。俺は間宮玲次という異世界の人間だが」
少し屈んだ俺は、本格的にユメと目線を合わせた。
うわ、この子、真っ青な綺麗な瞳してんなっ。
あとその方がしっくりくるから呼び捨てにしたけど、別に怒ってないようだ。よかった。
「断然、ユメの軍勢へ入ることを希望する。熱烈希望だ。だからユメも、そこを出て俺と一緒に来ないか?」
客観的に見れば、初対面の――せいぜい、小学四年か五年生くらいの少女に、「俺と一緒においで」とか呼びかけているわけで、元の世界だとたちまち警官が飛んできそうである。
しかし、ユメは別に警戒する様子もなかったし、逃げたりもしなかった。
それどころか、はにかんだように微笑んで、頷いた。
「……うん。いっしょにいく」
話は思いのほか簡単にまとまり、自分でもびっくりだが。
仮にも公的施設に保護されているわけで、ただ連れて行くと誘拐になる。まあ、こんな有様で保護なんて片腹痛いが、それでも誘拐はまずかろう。
そこで俺はユメにその場で待ってもらって、即座にアデリーヌに相談しにいった。
普通ならそんなこと相談しないが、ギルドの親父が、やたらと権力について強調していたしな。
しかも、相談してみて大正解だった。
話を聞くや否や、アデリーヌは即答してくれたのである。
「よきお考えと思いますわっ。既に闇の軍勢の重要な方を見つけたなんて、素晴らしいことでもありますっ」
ちょっと信じ難いほどの喜びようで、どうもお愛想だけで言ってるようには見えないのだな。
どう見ても、泣かんばかりに感激しているし。だいたい、俺以上にすらっと「闇の軍勢」と口にしたぞ、この人っ。もう全然、違和感なさそうにさ。
「このアデリーヌにお任せくださいませっ。まずは、手続きなど後のことにして、先にホームの責任者に話を通しましょう。女の子にもお会いしたいですし」
言下に、アデリーヌは御者のおじさんに声をかけた。
「クリューゲル、わたくしと一緒に来て、責任者に『リュトランド家が孤児をお預かりする』とお話しするように」
「畏まりました!」
か、金持ちは話が早いな、おいっ。
速攻のやりとりに、むしろ持ちかけた俺が驚いたぞ。
「そりゃ助かります!」
「もったいなきお言葉。早速、クリューゲルを連れてそのホームへ参りましょう」
即座に馬車を降りて歩き始めたアデリーヌを見て、俺はこの人に対する印象がどっと上がったね! ちょっと前まで、下手すりゃ壺とか絵を売りつけられるかと、びびっていたけど。
「まあ、他の孤児達に申し訳ないんですけどね。なにせあそこ、ひどいボロなんで」
同じく歩きつつ、俺は思わず息を吐く。
「しかし、元を正せば俺の自儘ですし、ユメだけでもなんとかできて嬉しいです」
「いえいえ、思いついたことは、全て仰ってくださいませ。それがどんなに小さなことでも」
アデリーヌは立ち止まると、いきなり俺の手を握った。
「一人ではなく、全てを救いたいというのは、尊いご意志だと思います。それがレージさまのお考えなら、わたくしにとっても実現すべき目標となりますわ」
切れ長の瞳で俺をまっすぐに見つめ、彼女は言う。
こりゃやっぱり、愛想じゃないかも、とさすがの俺も思った。
「くれぐれも、お忘れなきよう。わたくしがレージさまを従えているのではありません。このアデリーヌの方こそが臣下であり、しもべでございます。であるからには、レージさまのご命令を可能な限り迅速に実現すべく務めるのが、わたくしの勤めですわ」
ギルドの時と同じで、囁くような声だった。
しかし、声音は本当に真剣だ。もうこっちが怖いくらいにな!
「いや、ご命令て」
だいたいあんた、俺のパトロンのはずだろ……それに貴族である限り、形式上の主君はこの国の皇帝だろうし。
とそう思ったが、相手の瞳が真剣すぎて、俺はとても抗弁できなかった。ま、まあ、俺が疑い深い上に遠慮がちなんで、ちょっと気合いを入れて言ってくれたんだろう。
「そういうことであれば、ユメちゃんはレージさまの名の下に当家で保護し、あとはホームごとリュトランド家が改善を請け負いましょう。もっと広い場所に改築したホームを建て、最高の職員を大勢雇い、子供達の待遇を向上させるのです……それでいかがでしょうか? 他に改善点があれば、どのようなご意見でもお聞きしますわ」
「いや、まさか! そ、それは非常に嬉しいです、はい」
そう答えはしたが、俺は内心で非常にびびっていた。
この人の俺に対する態度、なんかおかしくないか?
こんな調子だと、俺はそのうちこの人をドラえもんみたいに思い始めるかもしれない。
気をつけないとな……世の中、そんな甘くないんだし。
俺はむしろ、密かに己を戒めた。




