ユメとの再会
ギルド前には、既に四人乗りの馬車が来ていて、俺とアデリーヌが近付くと、タキシード着たじーちゃんが恭しくドアを開けてくれた。
しかも、俺を無視するどころか、むしろちらっとこちらを見て、畏怖の表情を見せたような。まあ、これも気のせいだろうけどな。
ちょっと心細かったが、最後に見送りに出てきたサクラが、こう言ってくれたのは救いだった。
「なにかこの世界へ来た目的があったんでしょ? 状況に流されて、それを忘れないようにね。もしもわたしに用があれば、このギルドへ来れば、居場所がわかるようにしておくわ」
「ありがとう! 真面目な話、おまえのお陰で助かった」
手を握る根性はないんで、俺はサクラに無理して笑いかけた。
「覚えてなくても、自分に確たる目的があることだけは、わかっている。それをちゃんと取り戻すまでは、油断しないつもりだ。おまえも、あまり無茶するなよ」
珍しく偉そうに反抗せず、サクラはただ黙って頷いた。
「じゃあ、またな」
「ええ、また」
それを最後に、俺はアデリーヌに促されるまま、馬車の中へ――サクラは、ギルドの建物には戻らず、そのままどこかへ歩き去った。
実にあいつらしく、背筋を伸ばした颯爽とした歩き方で。
まあ、どうせすぐまた会えるだろう。
なんだか、そんな予感がするからな。
「レージさま。失礼して、同席させて頂いてもよろしいでしょうか?」
俺を先に乗せた上に、なぜか馬車の脇でそんな質問をするアデリーヌに、思わず苦笑してしまった。
この人本当に、俺を殿様かなんかと間違えてないだろうか。
「これは貴女の馬車でしょうに。一人だと落ち着かないんで、ぜひぜひ」
「ありがとうございます!」
執事の手を借り、満面の笑みで正面に座った彼女に、俺は早速頼み事をした。
わがままなのは承知だが、パトロンになってくれるそうだしな。
元々俺は、記憶が戻ることを期待して、衝動のままに動くと決めてるし。
「ところで、この王都だか帝都だかに、ホーム(孤児院)はあります? 孤児が歩いてここに来られるくらいの距離で?」
短いやりとりの結果、確かに帝室が管理するホームが、この近くにあるらしいとわかった。
距離的にも、ちょうど幼女が歩いて来られる距離、ギリギリだとか。
そこで俺は、アデリーヌに頼み、先にそのホームへ寄ってもらった。
場所は馬車で行けばすぐだったが、先程のギルドのような建物を想像していた俺は、かなり意表を突かれた。
そこは路地の奥まった一番どん詰まりにあり、馬車は最後まで入れないので、俺はアデリーヌには、途中で待ってもらうことにした。
ついてきたがったけど、遠慮してもらった。
なんとなく、そうした方がいい気がしたので。
「しかしまあ……なんというボロ」
平屋の木造長屋みたいな家屋が一つだけと、それに猫の額ほどの庭があるだけの、実にみすぼらしい場所だった。
今は自由時間なのか、子供達が思い思いに遊んでいるけど、なぜかみんな暗い顔をしている気がする。全然、楽しくなさそうだ。
年齢はさまざまだったが、子供達はみんな、洋服以前の手抜きワンピースみたいな貫頭衣を着せられている。それも、地味な灰色をしていて、下手すると囚人に見えるだろう。
俺はまばらに子供が遊ぶ庭をざっと見て、書き込みの相手が誰か、探ろうとした。
なんのアテもないんで、これで勘が働かなければ、一人ずつ尋ねて回るしかない。
しかし……実際には必死で探す必要などなかったらしい。
というのも、俺が柵の外に立って庭を見回し始めた途端、一人の女の子がトコトコと近付いてきたからだ。
どうやら最初から俺に注目していたらしく、恐ろしいほど真剣な青い瞳を、ばっちり俺に向けている。なるほど、年齢は八~十歳くらいだろう。
あのスキンヘッド親父が「おそらくすげーべっぴんさん」という、妙にあやふやな言い方をしたことを、今こそ理解できた。
元がどうあれ、ここまで肌や髪が汚れていたら、そりゃ見分けつかんだろ。それも、このホームの子供、全員がそんな感じだしな。くそっ。
俺が密かに憤慨している間に、その子は用心深い足取りで柵を隔てた向こう側に立ち、俺をじっと見つめた。ひどく熱心な青い瞳で。
「……おじさん、どこかでユメと会った?」
「お、おじさんはひどいなっ」
俺は不覚にも、泣き出しそうになった。
なぜふいに泣きたくなったのか、まるで理由はわからないけれど。




