金持ちお嬢様のヒモになるのね(byサクラ)
「いやぁ、臣下というか……そもそも俺は」
「ご当主、ちょっと失礼します!」
自分でもそう説明しかけた途端、スキンヘッド親父がいきなり俺の腕を掴み、カウンターの前まで引きずっていった。
「痛いって! なんだよっ」
「いや、親切な俺は、先に教えておいてやろうと思ってな」
おっさんは難しい顔して言いやがる。
「いいか、間違ってもあのお方を怒らせるなよ。一般庶民で知ってる奴ぁ少ないが、あの方が当主を務めるリュトランド家は、貴族の間じゃ『帝室の金蔵』と呼ばれているほどだ。放蕩と悪政で傾きかけてる帝室の財政を、あの方の家が支えてるのも同然ってことよ。わかるか、わずか十四歳で、既に帝国のタマを握ってんだぜっ」
「ま、マジかっ」
その下品な言い方は置いて、あの子って十五歳のサクラよりまだ年下かっ。
それであのスタイルかっ。外人さんの成長度は半端ないなっ。
「マジもマジ、大マジだ。世の中、金握ってる奴の権勢が半端ないってのは、いくら世間知らずっぽいあんたでもわかるだろ? ロクストン帝室だって、あの人には頭が上がらないと聞く。だからくれぐれも逆らうな。あくまでたとえだけどな、仮に連れて行かれた先でここを舐めろとか言われたら、黙って舐めとけ、なっ?」
「俺はバター犬かよっ。だいたい、そういう勧誘じゃないわっ」
こ、このおっさんの勘違い、ひでーなっ。
「ジョン!」
いきなりアデリーヌが叫び、俺と親父は揃って飛び上がりそうになった。
「レージさまに余計なことを吹き込まないで……まさか、わたくしの悪口を言ってたのではないでしょうね」
おぉお、俺に対するのと打って変わって冷ややかな声だぞ。
おまけに、腰に片手当ててたりして、眼光も鋭いっ。この子も見かけとギャップありそうだなっ。羊の皮を被った狼的な。
俺は人知れず戦慄した。俺が出会う女、こんなんばっかかっ。
「い、いぇええ、それこそまさかですよ、ご当主っ」
あっという間に、親父の顔が営業スマイルで溢れた。
「うちのギルドにはよくして頂いてますし、よもやそんな」
「レージさま!」
言い訳垂れ流しの親父をまた無視して、彼女が逆に俺のそばにやってくる。
「このような場所では、人の目もございましょう……どうぞ、わたくしの屋敷でお話しの続きを。既にささやかながら、歓迎の準備をさせております故」
「……それって、もしかしてパトロンの申し出でしょうか」
「それどころではありませんが、そのようにお受け止めくださっても、大丈夫ですわ! 我が家が全力でレージさまをバックアップ致しますっ」
アデリーヌはにこやかに言う。
「当家の人脈も金脈も、ご自由にお使いくださって構いません。もちろん、このアデリーヌ自身も」
……う。
なんか今のセリフ、腰にずきっと来た。
流し目で言われると、言葉の後半になんとなく深い意味を感じてしまうな。気のせいに決まってるが。というか、この人すげーナチュラルに俺の手を握ってきて、耐性ない俺はヤバい。あまりまっとうな思案が浮かばん。
そんな美味すぎる話に、うかうかと乗っていいのか。
秋葉原で絵売りセールスに引っかかるのって、こういう感じなのかね。
小心な俺は、なぜか俺達から離れて、「こんな人達、全然知りませんけど?」という顔で立っているサクラに訊いた。
「おい、おまえはどう思う?」
「……わたしに訊かれてもねぇ」
元の気怠い表情に戻ったサクラは、こっちを見もせずに長い髪を掻き上げた。
「でも、いいんじゃない? ついさっきまで、レージは寝る場所もなかったことだし、そりゃ援助も必要でしょう」
なかなか、痛いところを突きやがる。
そういえば、ここへ入ってからころっと忘れてたけど、俺は現状、宿無しだ。
「当家にお越し頂ければ、ご不自由は一切、おかけしませんっ」
アデリーヌがここぞとばかりに詰め寄ってきた。
む、胸が当たりかけだぞ、俺の腕に。
「生涯、レージさまの覇業をお助けし、当家の総力を挙げて応援致しますっ」
俺の覇業って……この人、俺のことを信長かなんかと間違ってないか。俺にどんな覇業ができるっていうんだ。
本当に、後でスーツのねーちゃんが出てきて、絵とか壺を買わされたりしないよな?
……しかし俺は、考えた末に結局、この申し出を受けることにした。
だって、サクラの言う通り、今日の昼飯にすら、困ってる状態だからな。
騙されたところで、俺から取れる銭なんざないぜ! そこは強みだっ。
「では……申し訳ないが、しばらくの間お世話になるということで――わっ」
「ご決心頂けましたか!」
握った手にキュッと力を入れたアデリーヌが、ぐっと顔を近づけ、感極まった声で囁く。
ただし、またしても親父達に聞こえないような音量で。
「これで、世界の運命は決したも同然でございます……闇の力の真の偉大さを、世界に示しましょうぞっ」
……はい?
なんか絶対、勘違いしていると思ったところへ、サクラが遠くからボソリといった。
「そう……金持ちお嬢様のヒモになるのね」
――ぐっ!
ヒモって言うな、くそっ。
だいたいこいつ、絶対、俺に聞こえるように言いやがったなっ。




