パトロン希望者登場
「あんた、もっと驚けよ!」
おっさんが不満顔で言いやがる。
「ホントにわかってるか!? 下級ドラゴンのHPが、だいたい一万前後だって話だぜ? リングマジックのHP計測はそれの十倍までカバーしてるのに、あんたはそれを越えちまってる。てことは、最低でもドラゴン十匹分以上のHP値ってことだぞ!?」
「そ、そこまで具体的に言われると、ちょっとは驚くが……しかし、他がショボいし、あんまり関係なさそうな気も」
「ねえっ」
人が話しているのに、サクラが横から割り込んだ。
見れば、ぎらぎらしたテンション上がりまくりの目で、俺を見てやがる。
さっきまでのダウナーな気怠さが微塵もない上に、こいつ刀の柄に手をかけてるっ。
「体力値が本当なら、レージは多分、不死身に近いはずよ。この際、ちょっと首を落としてみていいかしら? 後学のために、再生するところが見たいわ」
「あ、あほかいっ」
「すぐ済むわ。わたしの腕なら、ほんの一瞬だから! 多分、痛くないと思う」
「い、痛いに決まってるわいっ。だいたい、首が落ちて生きてるわけないだろ、死ねっ」
俺は慌ててこいつから離れた。
この女は、見た目以上にヤバかった! どうも、本気でやりかねんっ。
「なにが後学だ、刀から手を放せっ」
「試させてくれたら――」
しばらく考え、サクラは思い切ったように申し出た。
「あとで、ちょっとだけ手を握ってあげる!」
「……いらんっ」
「今、ちょっと返事が遅れたわね? なら、それ以上の条件ならオーケー?」
「違うっ。おまえの出す条件のショボさに呆れてたんだあっ。おまえの好条件は、その程度なのかよっ」
しかもちょっとだけだしな、握るの。引き合うもんか。
せめて、おっぱいくらい揉まないと……いや、それでも死んだら意味ないか。
「素晴らしいですわ!」
「わっ」
「――っ!」
「おっと」
俺とサクラ、それに今の騒ぎを爆笑して眺めていた親父の三名は、いきなりの声に飛び上がりそうになった。
特にサクラの変化は特筆もので、たちまち顔にブラインド下ろしたいに、表情がすっと消えた。スイングドアのところに立つ女を見て、警戒したらしい。
「こ、これはこれは、アデリーヌ様っ。広告のことなら、まだめぼしい希望者は」
何か言いかけている親父をガン無視して、その子はしずしずと俺の前に来た。
「さすがのステータスですっ。このアデリーヌ、感激しました!」
おお……これは、サクラとは別の意味でちょっと凄いぞ。
サクラが麗しき鷹なら、この子は豪勢なペルシャ猫だな。
漆黒のフリル付きゴシックドレスに、黒パンストが眩しい。おまけに、スカートは短いわ胸元は見えそうで見えないわで、色気もあるという。
普通、ゴシックドレスのスカート丈なんか長い方なのに。
それと、まだステータス画面が出たままなのに気付き、俺は手を振って消した。どうも、ずっと出てたままだったようだ。
「アデリーヌ・クローディア・ド・リュトランドと申します、どうぞ御見知りおきを」
金髪碧眼の少女は、優雅にスカートを摘まんでお辞儀した。
ていうか、リュトランド? それって、さっきのパトロン募集の広告で見たぞ。確か、『光の神以外の神に近しい方』とかにあてた、わけのわからない募集かけてた人だ。
しかし、まさか相手が女の子だったとは思わなかったし、貴族お嬢様にしても、まだまだすげー若い。サクラとそう違わないぞ。
「失礼ながら、貴方様はレージ・マミヤさまとお見受けしますが?」
「うっ。どうして俺の名を?」
「やはりっ」
アデリーヌは、駆け寄ってきて俺の手を握った。
いきなり握られて硬直する俺に、真剣極まりない表情で囁いた。
「信者の一人として、連日のように夢に見ておりました……異世界から来たレージさま。今日も、ご神託を頂き、馳せ参じた次第! 失礼ながらこのアデリーヌ、心は既に貴方のしもべでございます」
両手で俺の右手をがっちり握り、アデリーヌが泣かんばかりに感激して言う。
はいはい、どうせ非モテの俺はすぐに騙されますよと思ったが……親父もサクラも「なにこの人?」的な寒い視線でこっち見てるし、これは冗談じゃなさそうだ。
だいたいこの人、感激しつつも、話してる声が親父達に聞こえないようにしてるしな。
「あの……レージさま」
「は、はいっ」
慌てて答えると、アデリーヌはぐっと迫ってきて、訴えた。
「どうか、我がリュトランド家を、貴方さまの臣下末席にお加えくださいませ」
……え~と。
臣下って……俺のですか? 俺、ただのフリーターですが。




