セーラー服少女
目を開けると、俺はなぜ広場みたいなところにあるベンチに、一人で座っていた。
周囲はどう見てもうちのアパートの近所ではなく、明らかに欧風の古い街並みである。まあ、せいぜい車が発明される前くらい?
通行人のファッション見ると、どう見たって現代風じゃないからな。
たまにぱりっとした格好の人もいるけど、そのスーツのネクタイだって、今風じゃなくて、クラバットとかいうタイプのはずだ。
ただ、景色は本当に悪くない。なんか落ち着いた街並みだし。
呑気な俺は、その瞬間だけは「やあ、良い天気だしのどかな光景だし」とほんわかしたりしたんだが……数秒もすると、さあっと血の気が引いた。
まず――自分がなぜここにいるのか、わからない。
俺は確か、間宮玲次という名前の日本人で、アルバイトを首になり、格安家賃のおんぼろアパートにひとりぼっちで住んでいて、死にたくなっていたはずだ。
実際、自殺を考えていたっ。
それがなぜか、こんな欧風の街に来ている……しかもこれ、明らかに住人も街と合わせて古風な格好だしな!
ただ、最大の問題はそこじゃない。
俺は確かに、ここへ来る目的があったはずなのだ! 実際、来る手段があり、そして確たる目的もあった。
ここがロクストン帝国だということさえ、俺はなぜかわかっている。
なのに、ここへ転移した理由やらなんやらの細かい一切が、記憶からすぱっと消えているっ。
これはどういうことだ!?
コトが明らかになるにつれ、俺の呼吸がどんどん荒くなり、脂汗が頬を伝った。どう考えても、ここは春の陽気だっていうのに。
「ど、どうしたらいいんだ」
思わず弱気が出たところで、いきなり声が聞こえた。
『君の最大の弱点は、己を弱者だと信じ込んでいることだね』
「だ、誰だっ」
飛び上がりそうになって大声出したら、周囲の通行人の皆さんが、ぎょっとしたように俺を見た。
そこらへんのママっぽい人なんか、「あっちを見ちゃ行けませんっ」なんて言ってたりして。
これはまずいな……変態とかアレな人だと思われる。
そこでやむなく、囁くような声に変えた。
「誰ですか?」
『僕は不公平が嫌いな、へそ曲がりだと言っておくよ。当面の、君の味方でもある。ただし、本来、君には僕の助力なんかいらないんだ。……まず、目を閉じてみてくれ』
なんでさっと訊きたいところだが、今の俺は、眼前に救いの手が伸びていたら、それが猫の手だろうとがっちり掴んでいたはずだ。
だから当然、不安になりつつも、言われた通りに目を閉じた。
「こうか?」
『うん……なるべく心を空っぽにして、最初に浮かんだ言葉をそっと口にしてご覧。君の潜在能力がほんの少しでも残っているなら、必ずその言葉は意味があるはずだ』
なんという、曖昧かつわけわからんアドバイス!
この場で必要なのは俺の欠けた記憶の開示とか、金をくれるとか、美人を紹介するとか、そういうアレじゃないのかっ。
俺は不満たらたらで思ったが、するとすかさず声が言いやがった。
『それはできないな。なぜなら、余計な真似をすると、歴史の改変に手を貸すことになってしまう。それは避けたいんだよ。だから、あくまで君の自力で動くしかない』
なんだよ、そのゲーム設定みたいな話は……今ドキドキしている俺に、そんな難しい話をしてくれるな。
当然、俺はそう思ったし、あと、なにげにさらりと心を読まれたのもショックだった。
こいつ、本当に何者だろうっ。
『今のは心を読んだわけじゃない。どうせ不満一杯だろうと思っただけ。いいから、目を開けずに心を空にするんだ。何が思い浮かぶ?』
「わ、わかったよ……」
やむなく俺は、なるべく平静な気持ちで脳裏に浮かぶものを考えた。
……今この瞬間、むちゃくちゃカレーライスが食いたいが、これは多分違うな。俺の魂が「それは外れ!」と叫んでるしな。
「ぬううう……寿司食いたい、も違う。じゃあ、女の子……いや、違うな……ただの女の子じゃない……あ、今なにか浮かんだ……なんだこれ、セーラー服? 変態か俺」
『さすがだね、レージ』
やたら満足そうな声が囁き返した……俺の頭の中で。
だいたい、レージって気安い呼び方はなんだ。
『やはり君は、ギリギリで頼りになる男だ。これで希望が出てきたよ。ほら、目を開けて見るといい。少しは自信がつくはずだから』
「ホントにぃ?」
声がそそのかすので、俺はそっと目を開けた。
……正直、開けなきゃ良かったと思った。
いや、本当にセーラー服を着た少女がこっちへずんずん歩いてきていたのだ。
大当たりには違いない。本来、こんな古びた欧風シティーに、セーラー服少女なんかいないだろうから。
これだけなら、「うわ、俺もしかしてプチ預言したのかっ」と驚き満足するところだが、問題はただこっちへ来るだけじゃないんだな、この子。
腰に差した赤鞘の刀の柄に手をかけ、今にも抜刀しそうな目つきで接近してくるんである。間違いなく、ベンチに座った俺を目指して。
腰を低くして、まるで剣客のような姿勢で、だ。
マジで素人の俺でも感じられる濃厚な殺気が漂ってて、こえーんだよ!




