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新たな世界へ



 あっさり言われて、俺は目を瞬く。


「だから、ただの物語。かつての信者が書いたのは本当だけど、彼らはみんな『そうだと面白いなぁ』くらいのつもりで書いたわけで、ほとんどは想像なの」


「なんだ。んなこったろうとは思ったけど」

 照れ隠しのつもりで、俺はそう言った。

 そりゃ、「遥か昔、俺は神様でした!」なんて信じるより、ユメの説明の方が百万倍は納得しやすいね。

 二人でけらけら笑ってたら、しかしサクラが横から猛然と反論しやがった。


「それこそ嘘よっ。だって、わたしがレージにした説明はだいぶ端折はしょったけど、本にあった記述は凄く細かかったもの!」


「そりゃ本当っぽく書かないと、みんな信じないじゃなーい。聖典のつもりで書いたものだから、嘘っぽかったら駄目でしょ」

 ユメがあっさり笑う。

「く……なら、もう一度きちんと調べてみるわ」

 地団駄踏みそうな顔でサクラが唇を尖らせる。


「後で調査可能な記述だって、あれには一杯書いてあった――」

「もう無理よ」


 ユメは腰に手を当てて、無情に告げる。

「だってあれ、昨日が燃えるゴミの日だから、捨てちゃったから」


「えぇえええええっ」


 愕然としたサクラがよろめいた。

「なんで捨てるのよっ。大事な記録なのに」

「当然、サクラみたいに勘違いする子が出たら嫌だから!」

 ばしっと告げた後、なぜか超真剣な顔で言い切った。


「いい、ユメとパパは親子関係ではあっても血は繋がってないの! ここ、重要なところだからっ」


 ヤケに後半に力を入れたな、おい。しかも随分と早口だったし。

 まあ、途中からがっくりと屋上に膝をついてしまっていて、サクラは聞いてなかったようだが。





「それよりね、パパ」


 もうどうでもよくなったのか、ユメはまた気安く抱きついてきて、囁く。

 こ、こいつ……もはや体臭まで女の子のかほりがするぞ。なんという成長。


「もうサクラから聞いたかもしれないけど、ユメの配下達は、元の世界へ戻ろうって言ってる。今後、二度と馬鹿な考えを持つハンターが出ないように、徹底的に叩かないとって。……パパがついてきてくれるなら、ユメはそうしようと思うけど……どうする、パパぁ~?」


「ああ、その話か」

 目線の高さが同じというこの状況に未だ戸惑いつつ、俺はコクコク頷く。

「そうだな……いつもの俺なら断るところだが……実際、またあんなのが来たら嫌だしな。あと、あいつらはどう考えても、元の世界でもロクなことしてそうにないし」


 きっと、ナンタラ原理主義の戦争ばっかやってるトコみたいに、一般市民に迷惑かけてるに決まってるわな。

 ああいうヤツらって、自分の言うことが全てで、他の考えなんか受け入れる余地ないだろうし。

 ……まあ、それはほぼ言い訳で、俺が心配する八割以上はユメのことだが。


 あと、ユメ達にだってブレーキは必要だろう……もしその役目が務まるとしたら、多分、俺だけじゃないか。

 今のところ、ユメは俺の言うことだけは聞いてくれるみたいだから。

 とまあ……言い訳がましくいろいろ考えた挙げ句、俺は結論を出した。


「そうだな……俺も行くよ、うん。ユメの元々の故郷だし、見ておきたいし」


「やった! パパと故郷へ凱旋だねっ。嬉しいっ」

 え、凱旋て……俺は関係ないような。

 と思う間もなく、またしても気安くキスされて、そんなの考えてる場合じゃなくなった。


「パパ、愛してるっ」


 ――そ、それよりっ。舌入れるな、馬鹿っ。






 ……家具のほとんどは破棄して、街から消える準備に二日かかった。


 俺には元々、別れを告げる家族はいないんで、立ち去る準備なんて比較的簡単だったな。ほとんどは荷物の始末にかかったようなもんだ。

 持っていくのなんて、当面の着替えくらいでいいだろうし。

 後は僅かばかりの敷金返してもらったら、もう旅立ちの準備は終わりだった。


 最後の夜、俺達……つまり、俺とユメとサクラ、それにヒューネルのガキとレイモンとかいうイケメンの二人組を合わせた五名は、屋上に集合した。

 そこには、午後からずっとかかって二人組が描き終えた、巨大な魔法陣がある。


 チョークで書いたものなんでどうせそのうち消えるが……しばらくは住民の話題になりそうな派手な図柄だったね。


「ユメ様、後は転移の詠唱のみです」

 恐ろしく生真面目そうなレイモンが、厳かに言う。

「そう。ちょっと待って」

 ユメは軽く手を上げ、とことこと魔法陣の端から街を眺める俺のそばに来た。

 恋人みたいに腕を絡めて、そっと尋ねた。


「そろそろ行くわ、パパ。準備いい?」

「そ、そうだな……か、覚悟はできてる」


 偉そうに言う割に心臓バクバクだったが、俺はガクガクと頷く。

 もはや二度と帰らないかもしれないとなると、ろくでもないことばかりだったこの世界も、ひどく懐かしくなったりして……。

 あと、向こうに着いたら着いたで、また戦いの日々だろうし。

「心配しないで……パパがいれば、ユメは無敵なんだから」

 くすくす笑いながら、ユメが囁く。

 瞳なんかきらきらしてて、本当に王女様みたいである。


「それよりね、元の世界に帰還したら、親子兼恋人みたいな関係になろうねっ」


「えっ」

 急に現実的なことを言い出すユメを、俺は呆然と見やる。

「問題ないでしょ、パパとして尊敬しつつ、日常は恋人同士でも? だって、血は繋がってないもーん」

 ふざけた口調の割に真面目な顔で言ってくれたが――いや、俺にも心の準備が。


 ……て、待てよ。

 俺はふと、眉をひそめる。

 まさかとは思うが……ユメがサクラの推理をあっさり否定して、あまつさえ証拠の古い本を捨てちまったのって、血の繋がりを気にして俺がそういう方向の付き合いを断ると思ったからなんじゃ―― 


 そこまで考え、俺は苦笑して首を振った。

 いやいや……俺が昔、知らない異世界で神様だった過去があるとか、あるはずないな、うん。そう思い、とりあえずユメにはたしなめておいた。


「そんな未来があるにしても、だいぶ先だろ。おまえ、実質的にはまだ生後数ヶ月なんだから」

「えーーーっ」

 言葉の割に可愛く腕を引っ張るユメに、背後から低い声がした。


「……どうせ、真実が明らかになるのは時間の問題だと思うんだけど。だって、また似たようなことがあれば、レージの力が発現して――」


「サクラ! 余計なデマを流すと、置いていくもんっ」

 振り向いたユメに激しく言われ、サクラはあっさり降参して両手を上げた。

「はいはい」

 ただ、素早く俺に目配せなんかしやがったが。


「そろそろ、いいですか?」

「後でやりなよ、レージ」


 呆れた顔のレイモンと生意気なヒューネルに促され、俺は肩をすくめた。

 まあ、今は余計なことは考えるまい。

 今のところ、俺はユメを娘として見ているが……確かにユメが望むような未来が来ないとも限らない。


 なんたって、俺は今でもユメの魅力にだいぶ参ってるからな。

 ……レイモンの転移の呪文とやらの詠唱が始まり、さすがにみんな静まりかえった。


 ただ、最初から俺にくっついていたユメは、まるで先程の言葉を実行するように、正面から俺に抱きついてくる。

 ほんの一瞬だけ迷ったが、俺は自分もユメの身体に手を回してやった。


 そんな俺の目の前で、これまで住んでいた世界がどんどんぼやけていく。まるで蜃気楼のように景色が薄れてしまい、元々なかったように儚く消えていく。

 なんだかんだで長年住んだ場所だが、これでさようならだ。



 ――そして次の瞬間、俺の眼前に見知らぬ世界が広がっていった。


2017年01月23日追記


この物語、ご覧になるとわかりますが、普通に続きを書いています。

今年に入ってから、「もしこの後、俺魔の世界へ転移していなかったら」というIF設定で、続編を始めています。

よろしければ、このままおつきあいください。

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