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ユメの反論


「その辺の真相も、あの古くさい本に書いてあった。その父親、名前はレージンフィルスというらしいけど、さすがにあの子の父親だけあって、元々彼は人間じゃないのよ。時代が変わり、かつての信者を失ってしまい、滅びかけていた太古の神々の一人。ヴァレンティーヌ生誕以前には、もはや存在そのものが消滅しかかっていたわけ。多神教のあの世界じゃ、信者の数はそのまま神力の元となるという原則があるわ。つまり、人間という信者に忘れられた神は、滅びるしかない」


「そういう話は、地球の神話とかでも聞いたことあるなぁ」


 俺はふと昔読んだ本を思い出す。

「信者がいなくなり、誰からも忘れられた神は、もはや神の座を失う……とか?」

 ただ黙って頷き、サクラは説明を続けた……人の顔をじっと見つめながら。


「フランバール大陸も、そしてまだ歴史の浅いロクストン帝国も、もはや太古の神なんか崇めてない。宗教はあるけど、それはもう完全に近代になって生まれたもので、古き神なんてお呼びじゃないの。当然、太古に存在した多くの神は、今やほとんど滅びている。でも、多神教の一角を占めるレージンフィルスは、黙って消えるのをよしとしなかった。最後に唯一残っていた自分の使徒――つまり人間の女性に、自らの力で女の子を授けた。そうして生まれた娘が、ヴァレンティーヌという名の女の子らしいわ」


 なんだか知らんが、サクラの声がやけに力強くなったぞ。


「自らの神力をその子に注ぎきったレージンフィルスは、そのまま世界から消え去り、後にはダークスフィアと呼ばれる宝石と――それから忘れ形見の娘のみが残った。本の一節には、こうもある。『プリンセスは、自分の父親を忘れて見殺しにした人間達を許せなかったし、そして人間側もまた、レージンフィルスを崇めていた頃の謙虚な生き方を忘れ、傲慢な振る舞いをするようになった……故にヴァレンティーヌ様は立ち上がったのだ』ってね」


「いやー、さっきよりは納得のいく説明だけど、それならもうそのオヤジは死んでるだろ? つまり、今になって取り戻しに来るなんてあり得ないよな――て、なにずっこけてんの、おまえ」

 へたり込みそうになるのを手すりで身を支えてようやく堪えたサクラは、もう本当に間抜けでも見るような目で見てくれたね。


「……ここまで説明して、察しがつかない? というか、レージってもしかして、あの子を知らない父親に獲られる心配ばかりしてるでしょ」

「当たり前だろ、他に何を心配しろっていうんだ。俺は所詮、ただの凡人だからな。それより、俺のさっきの質問はどうした? とうの昔に亡くなった神様なんか、今頃心配する必要あるのか?」


「……言ったでしょ、フランバール世界の多神教の概念では、信者の力こそが神の力の元ととなるって。それに、元々あの世界では死者は再び生まれ変わるのが当然とされている。最強最大の信者を得たかつてのレージンフィルスが、蘇られないはずないじゃない」


「さ、最強最大の信者って誰だよ」

「もちろん、あの子のことよ、にぶちんっ!」

 苛々したサクラが言い放つ。


「いつも言ってるじゃない、あの子。パパが好きだって。さらに今じゃ、自分こそが真のアドマイラー(賛美者)だとも言ってるわよね?」


「え、いやでも、その場合のパパは俺のこと……で」

 そこまで口走り、俺はようやく気付いた……サクラが、何を言わんとしているのか。さすがの俺も、口を半開きにしてマジマジと見返してしまった。

「いや……しかし、そんな馬鹿な。俺はおまえ、ただの――」

 泡を食った俺がモゴモゴ言い返した途端、屋上の鉄扉がバンッとばかりに開け放たれた。


「ここにいたっ。サクラ、パパを勝手に連れ出さないで!」


「お、おぉ……なんてこと!」

 つかつかと歩み寄る、ユメの姿に、俺はたちまち絶句してしまう。

 うわぁ、また成長したよこいつ!

 もはや十五歳くらいに見えるぞ……目つきだけなら、もっと大人っぽい。

 成長したお陰でゴシックドレスがぱっつんぱっつんで、ヤバいことこの上なしだ。また買ってあげないとなぁ。


「見て見て、パパぁ~」


 サクラを怒鳴りつけた後は、ユメはすっかり機嫌を直して、俺の前でバレリーナのように回ってみせた……いや比喩じゃなくて、空中に浮かんで華麗に三回転ほどしてくれたね。

 お陰で下着が見えて、俺はまた焦ったぞ。


「この前いった、最後の成長なの。これでもう、あと五百年はこのままだから」


 ふんわりと降り立つと、軽やかに駆けてきて、気安く俺に抱きつく。

 い、いや……話し方が達者になったのはもちろん、なんか背丈が俺と並んでますが! もはやタッパで並ばれたぁああ。


 まあ、外人さんの標準だと、不思議はないのかもだが。

 胸の膨らみなんか、もうヤバい。これは、抱きつかれて意識するなというのが無理だ。


 一人で石になってる俺に、ユメが耳元で囁く。


「……サクラに何か言われなかった?」


 ひそひそと訊かれ、俺は迷ったが――

 やはり、正直に話すことにした。さすがに気になるしな。

 聞いたばかりのサクラの話を、ほぼそのまま教えてやる……全部話してからそっとユメを引き離し、その反応を見極めようとした。


 ユメは……別にいつもと変わらぬ様子だった。

 見つめていると息苦しくなるようなスカイブルーの瞳で、小首を傾げている。

 少し間を置いた後、さらっと言った。


「ああ、あの本? あれって、ただのおとぎ話だから」


「……はい?」


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