早くも返すことに?
「ユメは良い子だなぁ」
感動して抱き上げたら、なぜかバスタオルが濡れていた。
ニコニコして俺を見る無垢な瞳を前になんだが、思わず脱力した。「早熟でしゃべり出すのはやっ」とか思ったのに、シモの方はまだ面倒がいるのな。
そこが一番、一人で何とかしてほしい部分なんだが!
ぶつぶつ言いながらも、俺はまたユメを浴室に連れて行き、温水でよく洗ってから、今度は紙オムツをあてがってやった。
昨晩のうちに買っておいたんだが、イマイチ付け方がわからなかったのだな。だが、毎回お漏らしされてはたまらんので、やはりまだ必要ってことだろう。
「これでよし」
何とか装着し終わり、また新しいバスタオルを服代わりに巻いてやる。
あと、「みるく、みるくぅ~」とうるさいので、それもまた粉ミルクで適温を作り、哺乳瓶に補充してやった。それにしてもこいつ、どんだけ飲むのかと!
「そういや、この調子で大きくなるなら、洋服もいるよなぁ」
哺乳瓶をちゅーちゅー吸うのに夢中なユメのお陰で、俺はようやく解放され、ユメの隣に座った。
金属製のケースを引き寄せ、開ける方法を探したが……これがホント、全然見つからない! 継ぎ目みたいなのがあるんで、開くはずなんだが、方法がわからん。
ケースの腹に書かれた赤い●が何かの鍵かと思うだが、触ってもぴくりとも反応しやがらない。
「やっぱり、バールでこじ開けるしかないかねぇ」
「ぱぁぱ、みるくぅ~」
「え、もう飲んだのか!」
驚いて横を見ると、なんとユメは、俺が自分用に買って開いておいたカラムーチョの袋から勝手にスナックを引き出し、しこたま自分の口に詰め込んでいた。
「おいひーおいひー……みるくぅ~」
頬をリスみたいに膨らませ、切ない顔で訴える。
美味いけど、辛いからミルクがいる――そう言いたいのかもしれない。
「ば、馬鹿っ。そんな辛いモンを赤ちゃんが食うなよっ」
慌てて水道の水を汲んできて、飲ませてやった。
「んくんくんく……ぷはー……きゃははっ」
口の周りをカラムーチョのカスだらけにして、笑ってやがる。
「そもそも、おまえもう噛めるのか! ちょい口を開けてみ」
心配になった俺が指示すると、「あ~~っ」と可愛い声を出して、ちゃんと開けてくれた。
おお、会話が成立してる――気がするっ。
しかし……歯の方はようやく生えてきた感じ? いや、それでも昨晩の「今生まれました!」的な状態から見りゃ、全然凄い成長ぶりだが。
「いいか、食べてもいいけど、いっぺんに頬張るな。一切れ一切れ、ゆっくり噛んで柔らかくして飲み下せ。いいな?」
「ふぁーい」
真剣に頷いたけど、わかってんのかね、こいつ。
しかし、観察してると、一応言いつけ通り、今度は一切れずつ手に取っている。
言うこと聞くなら、シモの世話から卒業も早いか?
俺は期待しつつ、またケースに戻った。……つっても、もはや打つ手もないな、これ。
「よし、バールを――あ、こらっ」
立とうとした時、ユメがハイハイでケースに近寄り、例によってニコニコしながら、バンバンッとケースを平手で叩き出した。
何か美味いものでも入ってると思ったのかもしれない。
「やめろ、ケースにカラムーチョの油汚れが」
言いかけたその時、唐突にケースが開いた。バクッとか金属音がして。
思わず、後ろに倒れそうになったぞ。
「おおっ、驚いた! え、おまえが鍵だったのか?」
「ユ~メ?」
ユメがきょとんと自分を指差し、それからケースを見下ろした。
「えいっ」
あろうことか、気合い一発、ちっちゃな足でバンッとケースを蹴飛ばし、また閉めてしまう。
「し、閉めてどうする馬鹿! もう一度開けろ、頼む」
俺は焦って、今度は自分からユメの手を取り、ケースのあちこちに触れてみる。そのうち、赤丸の部分に手が当たると、またパカッと開いた。
「なるほど、こういう開け方ね」
無駄に感心しちまった。
原理すらわからんが、ユメしか開けられないわけか。
「いろいろと、やう゛ぁい!」
ユメがびしっと俺に親指を立てて見せる。物凄く嬉しそうである。
妙なこと覚えやがって。
「……いや、ユメはもういいから、カラムーチョと水で楽しくやっててくれ」
俺はユメに背を向け、中身を検討し始めた。
中身は割とぎっしり詰まっていたが、その大半は古臭い書物だった。それと、ヘッドフォンみたいな謎の器具と、分厚い封筒。
まずはその封筒を開き、何気なく中身を見る。
「げっ」
万札の束が見えて、仰け反りそうになった。こんな大金見たことないけど……厚みからして、だいたい百万くらいはあるか? もちろん、異世界の見たことない金じゃなくて、日本のお金である。
それと、汚い字で書かれた地図と手紙が一通。
内容はごく簡単で、「ここへこの子を届けてください」とあり、その下に地図だ。どうもさっき行った駅が起点になってるようで、このアパートからも遠くない。
ということは、この金もそこへ届けろってことだろうか。
「ううむ」
正直言うと、俺はいきなり虚脱感に襲われた。
実はなんだかんだ言って、ユメの世話は嫌じゃなかったのだな、俺。間抜けなことに今気付いたけど。
けど、この手紙の指示に従うなら、もうユメはその見知らぬ誰かに返さなきゃいけないんだろうか。