痛恨のミス
「う~ん……ポケットに引っかかって出にくいな」
俺が座る脇でしゃがみ込み、小僧が文句を言いつつ、人のポケットの中で無造作にダークスフィアを掴む。
「うぇ……気色悪い……なんか生温かいぞ、これ」
文句を言いながらようやく引っ張り出したが、その間、俺はそれこそ頬にダクダク汗をかいていた。
まずいまずいまずいっ。
まさかとは思うが、こいつらにこれがダークスフィアだと気付かれ、あまつさえ破壊でもされたらどうするよ!?
一種の分身だそうだから、場合によってはユメが死んじゃったりするのかも――
そこに思い至った途端、俺は頭をガツンとハンマーで一撃されたような気持ちになった。もしそうなったら、全部俺のせいじゃないかあっ。
ダークスフィアを引っ張り出した小僧は、中心でうっすらと光るそれをしげしげと見ていたが、そのうち「あっ」と声に出した。
「ま、まさかこれって!?」
奴が呻いた瞬間、俺が絶望のあまり絶叫したくなった。もう本気で、トラックにでも撥ねられてすぐさま死にたいほどの、真っ黒な絶望を感じたのだ。
だからこそだろう――なぜか一秒まで指先一つ動くのも苦労していたはずなのに、突如として、何事もなかったように動けるようになった。
「――うわあああああああっ」
お陰で俺は焦燥感そのままに、大声で絶叫しちまった。
「な、なんっ」
当然、小僧は慌てて立ち上がろうとする。
さすがにそこで鈍い俺も危機感を覚え、まだ自分の脇にしゃがんでいた小僧の頭に、思いっきり頭突きをカマす。
これがまた、今までの怨念が籠もった痛烈な一撃になり、小僧は悲鳴も上げずに後ろにぶっ倒れ、そのまま動かなくなった。
あまりに上手くいったので、俺はちょっと呆然としたが……もちろん慌てて小僧に手を伸ばす。
その際、偶然だがラピ○タの再放送を思い出し、あのム○カを真似て「小僧から石を取り戻せえっ」などと、自分で掛け声まで放っていた。
身動きとれずにいたのが一気に動けて、だいぶハイになっていたらしい。
ともあれ、ダークスフィアを奪い返し、なおかつ倒れたこいつから剣も奪った。安堵と自分の掛け声に受けて、ゲラゲラ笑っちまったね。
ここまでは上々だったのだが……遠くから相棒の声が聞こえた。
「おーい、なんか声がしたぞぉ?」
「や、ヤバいっ」
高揚感は消え、相棒の巨漢を思い出し、俺は青ざめた。
性格は知らんが、体格差はお話にならない。あんなの、剣があったって勝てるわけない。
焦って用務員室を出て校舎の一階に上がる。
もちろん、逃げるためだ。
ところが、あの小僧の返事がないのを訝しく思ったんだろう。野郎の声がまた怒鳴った。
「どうした、ジェイド! まさか、なんかあったのか」
そこで俺は、やめとけばいいのに、またろくでもないアニメを思い出し、ルパンみたいな鼻声で「な、なんでもないよっ」と小僧の声音を作って応答しちまった。
実際には慌てていたので、「なんでもないにょっ」になっちまったけどな、くそっ。
「はあああ? だ、誰だっ」
当然、次の瞬間にあっさりバレたらしく、ダダダッと凄い勢いで校舎の階段を駆け下りる足音がした。
「わあっ」
もう足音を忍ばせる余裕すらなく、俺は全力疾走で一階の木造廊下を駆け抜け、ボロい両開きの入り口に体当たりして、外に飛び出す。
すると、入り口の前にはバイクが二台止まっていた。
一台は250CCくらいのバイクで、一台が原付である。幸い、キーはどちらも刺したままだった。
当然、俺はためらわず原付に飛び乗る。
いや、250CCなんか運転できないんで。
自慢じゃないが、俺の免許は原付オンリーだし、たとえ無免だろうと、こんなギア付きのバイクは無理だ。
しょうがないので250CCの方は、蹴飛ばして倒しておいた。これで少しは時間稼ぎができるだろう。
しかしこの原付、セルが回ってるのに、エンジンかからんな……もしかして、バッテリーが駄目になりかけてんのか。
どうせパクったヤツなんだろう、これもっ。
「くぉらあああ、待ちやがれえっ」
「うわっ」
凄い形相の男が、校舎から飛び出してきた! こ、怖すぎるっ。
その瞬間に辛くもエンジンがかかり、俺は慌てて走り出した。野郎は狂気のように走ってきたが、なんとか僅差でスタートできたっ。
が、がんばってくれ、旧型のジョグ!
この際、俺の命がかかってるかもしれん。
いや、今となっては、ユメ達の命もかかってるかも。
「――! て、しまったああああ」
走り出して速攻で思い出した。
蹴倒すんじゃなくて、キーを抜いてしまえばよかったのだ!
焦っていたとはいえ、なんで俺はこの肝心な時に、お約束のボケをっ。
後悔する間もなく、背後から怒鳴り声がした。
「すぐに追いついて、刻んでやるからなあっ」