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最後の月夜

 

 綱渡りのような状態だったが、とにかく明日の方針も決まった。

 最後にもう一度ニュースを確認したところ、相変わらずハンター共は関係ない人を殺してまくってるようだ。


 一度など、「余計な情報を流すなっ」と理不尽なことを喚き、リポーターが中継してた現場にまで斬り込んできたらしい。


 これで奴らのキチガイっぷりが容易に拡散し、今や車やバイクはもちろん、自転車や徒歩でも、続々と都内から人がいなくなりつつあるようだ。

 もちろん、一度結界内から出たら最後、もう二度と内部に戻ることはできない。見えない境界に弾かれるからだ。




 こりゃアカン――と俺は思わず関西弁で思ったね! 


 ただでさえ、奴らは鼻が効くのに、がらんとした都内じゃ、逃げるったって限りがあるわな。

 俺も覚悟を決め、明日に備えてユメと最後の入浴としゃれ込んだ。






 ……しかし、俺も成長したものだとしみじみ思う。

 なにせ、今やユメのまっ裸を目前に見ても、動じないぜ。

 あたかも「縁側で娘が遊ぶのを、目を細めて眺めるとーちゃん」のごとしだ。


 非モテをこじらせすぎた俺は、これまでに散々ユメの美貌によろめきかけたが、養父としての自制心が勝利を収めたぜ、はっは!




「きゃはっ。これ、何度ひっぱってもおもしろーい」


「――!? いーーったたたっ」

 無駄に浴槽でニヤニヤしてた俺は、膝の上でユメが悪さしやがって、思わず悶絶しかけた。


「ひ、ひっぱんなって、馬鹿!」

「ごめんなさぁーい」


 くるっとこちらを向いたユメが、真っ白な歯を見せて笑う。

 ついでに立ち上がって腰を屈め、また頬ずりしてくれたが……あ、あれ。

 俺は目前に見える危険な膨らみに、口が半開きになった。

「……どうかした、パパぁ?」

 ユメが無邪気に首を傾げる。


「いや……おまえ、もしかしてまた成長した?」

「うんっ。すこぉーしね、大きくなったの」

 嬉しそうにユメが笑う。

 言われて今気付いたが、そういや昼間より二つくらい上……に見えないこともない。


 なにより、腰屈める姿勢になった今、ユメの胸に谷間ができてるっ。

 今まで、さすがにそこまでは無理だったのに!

 こうなるともう、手で掴んで揉めたりするな――とうっかり考えてしまい、俺はたちまち三秒前の余裕が吹っ飛んだ。


 や、ヤバいっ。今腰にずきっときた。



「でもね、あと一度くらい一気におっきくなったら、もう当分、ずーっとそのままだよ。たぶん、十五さいていどの見た目でさいご?」


「そ、それ以後成長するって、何年くらい後?」

「う~ん……最低でも、五百年くらいあとなのー」

「ながっ」


 そんな頃、俺はもういないっつーんだ。

 しかし……そうか、あと一回くらいの成長で最後か。

 というか、今だって下手すりゃもう中一くらいに見えるぞ……この子、それでなくても表情は大人っぽいからな。


 などと考えた途端、「北欧系の女子中学生と一緒に、マッパで風呂に入ってる俺」という図式が音速で脳裏を駆け巡り、俺はたちまち余裕の欠片もなくなった。



「うふふふ」

 ユメがまた、俺がまた焦り出した途端、待ってましたとばかりに抱きついてくるのだな。こっちは自分の顔を胸に埋めるとんでもない格好になり、俺はたちまちのぼせたようになってくる。

 焦って顔を上げると、スカイブルーの瞳が真っ正面から俺を覗き込んでいた。


「ねえねえ、がまんしないでぇ……ユメもがまんしないから」

「ば、ばばば、馬鹿っ。そんなわけにいくかーー!」


 俺は理性の糸がぷっつりいかないうちに、慌てて風呂を飛び出した。





 着替えた後、何となくまだ汗ばんでいたので、俺は地下の階段を上がって、校舎の一階に出た。靴箱が列を作っている校舎の入り口までぶらりと歩いていく。


 すると、そこの両開きのガラス扉越しに、誰かの背中が見えた。

 敵が来たのかと一瞬、ぎょっとしたが……こっそり近づくと、ガラス越しに、サクラのヘアバンドが見えた。


 ほっとして、俺も扉を開けて外に出る……ただし、あまり音を立てないように。

 サクラは俺を横目で見たが、特に何も言わず、またグラウンドの方へ目を向けた。


「何をしてんだよ、こんなところで」


 迷った末に俺が訊くと、サクラはぼそっと言った。

「見張り――ここは高台にあるし、見晴らしいいから、警戒はしないとね」

「そ、そうか、それはご苦労さん。なら俺が代わってやるから、風呂へ入ったらどうだ?」

 気を遣って言うと、なぜかため息をつかれた。


「そうね……今晩が最後かもしれないし、ちゃんと入っておかないと」


「えっ。そりゃどういう意味だ?」

「意味なんかないわ」

 目を剥く俺に、サクラはゆっくりと首を振った。


「ブレイブハートとしての、わたしの予感。なぜかしら、ひどく胸騒ぎがするの。明日の今頃、もうわたしは今と同じようにあの月を見ていない――そんな気がするわ」


 空にかかる、欠けた月を見て、ぼんやりと言う。

 こいつらしくなかった。

 つーか、なんだかひどく遠回りした言い方だったが、見方を変えれば、それは死の予感だろっ。


「おいおい、覇気に溢れたおまえらしくないじゃないか。まだ明日は偵察だろ? そうそうすぐに見つからないって。むしろ、俺達の方が奴らを見つけるんだろ?」

「そうね、そういうつもりだけど」

 サクラは俯き、しばらくしてひどく無理したような笑顔を見せた。


「まあ、そう気にしないでよ。何事もなく外れるかもしれないし」


「あ、ああ……そう願うさ、もちろん」

「じゃあ、わたしはお風呂入ってくるわね」

 ポツンと言うと、サクラは俺を置いて中へ入ろうとした。

 しかし……木枠のガラス戸を開ける途中で、ふと動きを止めた。


「ねえ、レージ」

「おう?」


 振り向かず、サクラはそのままの姿勢で呟く。



「もしもレージがダークスフィアを持っているなら、決断する時間は、本当にあと少ししかないかもしれないわよ」


「うっ」

 呆然とした俺はサクラを見たが……彼女はもう、扉を開けて校舎の中へ戻るところだった。

 あいつにとっちゃ、もう俺の返事はどうでもよかったんだろう……多分。


 考えるまでもなく、今のは最後の警告だったんだ。


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