話題のアイテム
特に異議はなかったので、俺は続けた。
「明日だな……今夜は休んで、明日、都内を捜索しよう。今日みたいに派手に空を飛ばなきゃ、そうそうすぐに見つからないだろ。こっちにはハンターを嗅ぎつけるサクラもいるし」
「そんな、犬みたいに言われても」
サクラはむくれた顔で唇を尖らせ、つややかな髪を後ろへ払った。
「だいたい、レージは忘れてるみたいだけど、向こうにだってブレイブハートはいるのよ……しかも、三人も。ブレイブハートは自分が前世で戦った相手を嗅ぎつける。つまり、あちらさんもこっちを見つける可能性があるわけね」
またこいつは、士気が下がるようなことを!
俺は内心で苦々しかったが、しかしサクラが言ったことは、クソガキのヒューネルやユメには今更の事実だったらしい。
特に驚いた様子は見せなかった。
逆にヒューネルなんぞは、「それより、ブレイブハートの本命はどうした? あいつこそ、最もやっかいな敵だろう」とさっさと他の質問をした。
「……心配しなくても、ちゃんと来てるわよ」
サクラは薄い唇を歪めて言った。
「おそらくこの結界を張った張本人が、あいつでしょうよ。ここまで強固で広範囲に作用する結界なんて、他の誰に可能だって言うのよ」
嫌そうなサクラの言葉に、俺はどきっとした。
いや、これまでもたいがい嫌な敵ばかりが現れたのに、まだ残りがいるのかよっ。まあ、そういやブレイブハートの生まれ変わりは四人いるって聞いた気もするけど。
「そ、そいつって強いのか?」
実力は大したことない――的な返事を期待して尋ねたのだが、サクラのセリフは無情だった。
「現存するブレイブハート四人の中でも、あいつは最強の戦士なの。プリンセスにトドメを刺したのも、あの女だし。わたしだって、あいつと正面切って戦うのは避けたいわ」
「マジっすか!?」
思わず素っ頓狂な声を出しちまったじゃないか。
こんな好戦的な中坊まで戦うのを避ける女って、女って!
しかも、昔のユメにトドメを刺しただと。ふてぇ女だな、くそっ。
「パパぁ、心配しないでぇ」
俺の膝の上で、ユメがあどけない声を出した。
見上げる瞳がきらきら光っていて、覇気に溢れている。
「以前は、ブレイブハートが百人もいたから、たまたまゆだんしただけなの。今回は……パパだっているもん」
わざわざ膝の上で立ち上がって、頬と頬をくっつけて囁いてくれた。
ああ、この子は優しい子だよな……なんだかんだいって、俺を気遣ってくれるんだ。
「まあ、レージはプリンセスの世話役にいるとして――」
サクラが醒めた声で口を挟んだ。
「だけど、ダークスフィアはどうするの?」
ふいに危険過ぎるセリフを吐く。
「今のプリンセスは、ダークスフィアとまだ一体化してないわよね? そんな不完全な状態で、あのミカエルと正面対決するつもり?」
「み、ミカエルぅ~?」
俺が目を丸くすると、サクラはまた不機嫌そうに頷いた。
「そう、それがあいつの名前。当時は何とも思わなかったけど、今のわたしなら、レージの気持ちがわかるわ――正直、凄くふざけた名前よね?」
「偶然なんだよな、その名前?」
「もちろんよ。向こうじゃたまにある名前だから」
「そうか」
――ならいいやと思ったが、いや全然良くないなっ。
問題は何も解決してない。
そもそもだ、こいつらは知らないだろうが、実はダークスフィアとかいうヤバそうなブラックアイテムは、俺がとうにガメてんだよ。今も、肌身離さず持ってる。
俺は未だに、これをユメに渡すかどうか、迷っているんだ。
こいつらの言う通り、あのクソアイテムと一体化することで、ユメが本物の邪神になったらどうするよ?
そう簡単に、「おうっ、それなら俺が持ってるぜい!」なんて言えるかぁああ。
「なんか、怪しいな」
いきなり、フューネルのクソガキがぽつんと言った。
ずっと俺の表情を観察していたのか、前髪に隠れていない左目で、俺をじっとりと眺めてやがる。
「レージはなんで、ダークスフィアの名が出る度に、ギクギク身体を強張らせるのさ? ひょっとして、なんか知ってるんじゃないかい?」
「え、本当なのっ、レージ!」
たちまち興味を持ったのか、サクラまで俺に注目した。
「はは……は、ナニヲイッテルノカナ、君達わー」
――い、いかん。
むちゃくちゃ棒読みだった、今のセリフ。
むしろ、二人の目がさらに疑り深くなったぞ。
「ユメのパパを、レージと呼んじゃだめ!」
また俺の膝に座り込んだユメが、二人に割り込んだ。
「とくにフューネル! おまえはユメのパパにもっとけいい(敬意か?)をはらいなさいっ。でないと、ゆるさないからっ」
「……でも」
「でもじゃないのーーっ」
いきなりおっきな声を張り上げ、ユメはヒューネルを睨んだ。
「めっ、ですよ!?」
「わ、わかりました」
た、助かった……渋々追求を諦めたヒューネルに、俺はほっと胸を撫で下ろす。
まあ、サクラはまだしんねりと俺を睨んでいたけどな。




