双方に応援
「お、おいっ。おまえも多少の腕はあるんだろ? 何とかしてくれっ」
藁にもすがる思いで、俺は若造に言い募る。
しかしこのクソガキは、ほんっとうに最後まで役に立たなかった。藁以下だった!
なにせ、急に口元を押さえて咳き込み、ゲボゲボ血を吐き出していたのだ。
つ、都合よく半死半生になるなよなあっ。
さっきまで、割と平気そうだったやん!
「この屈辱、晴らさずにはいられませんっ」
味噌汁女が喚き、俺に腕を振り上げる。掌が不気味に赤く光って、もう絶対絶命のピンチだったが、その前に俺は既に気付いていた。
「き、来ちゃったのか」
「寝言を! とっとと死になさいっ」
アデリーヌが叫ぶのと、増悪に染まった幼い声が叫ぶのが、ほぼ同時だった。
「おまえこそ、しんじゃえっ」
その瞬間、明らかに殺気を感じたのだろう。
アデリーヌは明らかに意表を突かれた顔になり、俺など放置して夢中でその場から飛んだ。
しかし、あいつが俺達から離れた途端、復讐の槍のごとく、天から青光りするぶっとい雷光が降ってきて、まともにアデリーヌに命中した。
「ああっ」
たちまち悲鳴を上げて、アデリーヌが墜落する。
それでも何とかちゃんと足から着地したが、だいぶよろめいていた。俺達に気を取られすぎて、上空から接近していたユメに気付かなかったのが敗因だ。
そう、黒い翼を広げて空に浮くユメが、あいつの上空から狙っていたのだ。
俺が買ってやった漆黒のドレスを着こなし、本物の暗黒の姫君みたいな格好をした、小さなユメが。
しかも、墜落してなおも立ち上がり、体勢を立て直そうしていたアデリーヌを見て、ユメは、俺にちらっと目を向けた。
この時、いつもの俺ならここで止めていただろう。
しかし、今はこの若造のセリフが心に刺さっていて、止める機会を失った。本当に止めることが正しいのか、もはや自分でも自信がなくなったのだ。
当然、ユメは俺が止めそうにないのがわかると、さらに攻撃を仕掛けた。
「いっけぇ、ブラッディブラストぉおおおっ」
幼い声で叫んだその瞬間、ユメの背中を中心に真紅の魔法陣が広がり、毒々しい血の色に輝く。
そして、なんと都合五筋の真っ赤な閃光が走り、その全てがふらふらのアデリーヌに直撃した。
あまりに光量が凄まじく、虚空にくっきり跡が残ったほどだ。
「きゃああっ」
地上に突き刺さった光と、その後に続く大爆発に、俺は慌てて目を閉じる。
一瞬、こっちの目が潰れるかと思う閃光だった。
思わず、「なんで止めなかった! お陰でユメは人殺しになったじゃないかっ」と自分を責めそうになった時、当事者のユメが舌打ちした。
「あ~……おーえんが来ちゃった」
「な、なにっ」
「増援か!」
俺と、そして今頃になって復活した若造が、二人して下を覗き込む。
確かに、爆発の余波で白く煙る大地に、うっすらと半円系のドームみたいなのが見える。おそらく、シールドだろうか?
でもって、へろへろのアデリーヌに駆け寄る長身の男が見えた。
「無事か、アデリーヌ!」
「え、ええ……」
つか、あの赤いロングコートに見覚えがあるっ。
新宿で俺を追いかけ回した野郎だ!
「ざ、ザグレムとかいうブレイブハートだっ」
アデリーヌに肩を貸し、憎々しげにこちらを見上げる野郎を見て、俺はぞっとした。
しかもそいつだけならまだしも、工場の敷地内に続々とファンタジー風の軍装をした奴が入り込み、こちらへ走ってくる。
「それと、ハンターの大軍だね」
ぼそっと若造が言いやがったが、他人事みたいに言うなよぉお。
「よ、よぉし! それでもユメはがんばってみんなやっつけちゃうっ」
「いや、もういい、ユメっ。これ以上は危険だ、こっちへ」
「いいのかい、それで?」
若造がこっそり呟いた。
「さっき言ったことを、忘れないでほしいな」
「わかってる! だが、何も大勢と消耗戦なんかする必要ないだろっ。どうせ戦うにしても、自分達に有利な状況を作ってからにすべきだっ」
半分は言い訳だが、今のは完璧な本音でもある。
多少は納得してくれたのか、それ以上は若造も何も言わなかった。
「パパ~、おばかなこいつがめーわくかけて、ごめんなさぁい」
喜んで俺の胸に飛び込んできたユメが、しっかり抱きついてきて囁く。
あまりに親密なところを見たせいか、若造がたまげた顔で仰け反っていたほどだ。
「いいんだ、そんなの。それよりユメ、とにかくここは飛んで逃げよう。俺を連れて頼めるか?」
「うんっ、もちろん!」
ユメはむしろ大喜びで俺を抱いたまま飛び上がってくれた。
ちょうどそこへ、非常階段を駆け上がってきたザグレムが顔を見せていたが、俺達が飛び上がる方が早い。
若造も今度こそ自分の意思で空に舞い、俺達はその場から離脱した。




