図星を指されました
「ど、どういうつもりですのっ」
金髪を振り乱して喚いたが、しかし近寄ってくる様子はない。
それよりも、ハンカチでみみっちい染みを擦るのに忙しいらしい。今にも卒倒しそうな様子である。
よしよしっ。
内心でガッツポーズを取った俺だが……しかし、周りを囲む野次馬までどん引きの顔でずざざっと後退したのは、ちょっと傷ついたな、くそっ。
俺だって、こんな手は使いたくないんだよっ。
不満たらたらながら、俺はこの隙にさっとエレベーターのボタンを押し、ケージのドアを開けた。
「あ、まさか貴方っ――」
さすがにびびてたアデリーヌが、慌てて駆けよろうとする。
しかし、俺は素早くまた残飯容器を持ち上げ、振り回した。
「食らええっ、残飯クラッシュ!」
あらん限りの声で喚くと、女の方へ中身を全力でぶちまけた。
いやぁ、中身はほとんど液体化した残飯なんで、これがまた思いのほかよく飛び、躍り込もうとしたアデリーヌはおろか、野次馬どもにまで飛沫がかかったね!
「ひ、ひいっ。いやああああああああああっ」
「きゃあーーーっ」
「うわっ、汚ねえっ」
「死ねよっ」
アデリーヌを筆頭に、悲鳴と怒声の大合唱である。
しかもあの女、素早く逃げたはずなのに、後ろの野次馬が鈍くさかったせいで逃げ切れず、だいぶ頭から浴びたし!
あまりに気の毒だったんで、若造をエレベーターに引きずり込む際に、ちゃんと叫んでおいた。
「あ、ションベンの話は嘘だからなっ。ただの残飯だし、死なないって」
叫んだ後、すぐさまケージを閉めた。
あいにく女は床で喚きながら転げ回ってて、俺の声が聞こえてなかったようだが。
あんなことしたら、余計に体中が残飯だらけになるのに。
最上階の五階のボタンを押し、俺はようやく息を吐く。
「おい、生きてるか、あんた?」
ケージの床にへたり込んだ若造に、話しかけた。
「なあ、あんたはユメの仲間なんだよな」
答えてくれないかと思ったが、ちゃんと返事はあった。
訝しそうな、いかにも「こいつ馬鹿?」と言わんばかりの顔で俺を見上げて。
「仲間じゃないよ……僕は臣下だ」
「なんでもいいよ、関係者なら。最上階まで連れていってやるから、あとは自分で飛んで逃げてくれ。確か、空を飛べるはずだろ?」
「なんで助ける?」
人の質問を無視して、若造が逆に問い返す。
しかし俺は相手にせず、若造に手を貸して無理やり引き起こした。
「時間ないんだから、世話を焼かせるな。ただでさえ、俺の生存率がこれで下がったんだからな。逃げ遅れたら、化けて出てやる」
ぶつぶつボヤきつつ、そいつを引きずるようにして廊下奥の非常口まで急行する。ドアを開け、二人して非常階段まで出た。
「俺がしてやれるのは、ここまでだ。飛べるなら、後は自分で逃げてくれ」
俺は無情に告げる。
自慢じゃないが、俺だってとっとと逃げないとヤバいのだ。
しかも、こいつと違って飛べるわけでもないし。ユメのためなら最後までがんばるのもやぶさかじゃないが、こいつのためにするのはここまでっ。
きっぱりと階段を下りようとしたのに、この若造は人の足首を掴んで止めやがった。
「なんだよっ。俺は逃げたいんだって! ユメも気になるしっ」
「いいから、質問に答えてくれ。どうして僕を助ける!」
驚いたことに、既にかなり回復していた若造は、手すりにもたれてゆっくりと立ち上がりながら俺を睨んだ。
……このクソガキ、人に助けてもらっといて態度がでかいな、くそっ。
「俺個人としちゃ、醒めた目で人を殺すおまえみたいなヤツは、見殺しにしたかったね」
むかついたんで、俺は正直に吐き出した。
「だが、ユメの関係者なら、見捨てられないだろっ。理由はそれだけだ、満足か!」
じゃあなっ、と今度こそ背を向けて非常階段を駆け下りようとしたが、若造は俺の背中にぼそっと言った。
「……あんたのやり方じゃ、あのお方はいつか死ぬよ」
俺はつんのめるように足を止めてしまった。
息を詰めて振り返った俺の顔は、多分、血の気が引いていたはずだ。
「その顔だと、自分でも多少は考えてたみたいだね」
若造はユメと似た、しかしユメよりは薄い色の瞳で、冷静に告げた。
「それなら、理由は言わずともわかるだろ? あのお方はあんたの言うことを聞いて、あくまで戦いを避けようとしているみたいだ。だけど、それで無事に済むはずない。逃げてばかりじゃ、最後には追い詰められるに決まってるじゃん。なのに、このままでいいのかい?」
くっ……こいつ、俺が普段から気にしてることをずばり指摘しやがって。
振り向きかけた姿勢で絶句していると、俺達の頭上に陰が差した。途端に、若造が舌打ちをする。
「しまった! あいつはまだ立ち直れないと思ったんだけど」
嫌な予感がした俺が頭上を仰ぐと、予想通りのものが見えた。
つまり、染みだらけになったきちゃない戦闘スーツ姿のアデリーヌが空中に静止し、ぎらぎらした目で俺達――というより俺を睨んでいた。
前髪から、味噌汁らしき液体が滴っていた。
「よくも、このわたくしにいいっ。今度は、おまえを先に殺してやりますわあっ」
あ、ヤバい……この人、切れてる。




